第352話 代官の準備
食後は、代官を引き受けるための準備である。
最初の事なので何を準備すればいいのか、全くわからない。
まずは、思いつくところから仕事(タスク)を板切れに書いて並べていく。
「これ、前に使ったやつね。やっぱり書くって便利よね」
それを覗き込んだサラが言う。前の、とは枢機卿の靴を短期で納品した時のことだ。
自分がどんな仕事を抱えているか、他人に見えるように管理することには大きな意味がある。
サラが、その板切れの中の1つをヒョイ、と取り上げて宣言した。
「この代官用の衣装を仕立てるって、あたしやる!」
仕事には向き不向きがあるし、忙しい時は手伝ってもらった方がいい。
仕事が他人にも見えるしていると、手伝う方も仕事の全体観を掴んだ上で手伝いたいものを手伝ってくれる。
「だって、ケンジに任せておくと服が胡散臭くなっちゃうもの」
という一言は余計だと思うが、サラの評価に異を唱えるつもりもない。
この世界の偉い人達の服のセンスは、正直なところよくわからない。
いい年してタイツを履くのはゴメンだ。
まあ、エライ人達も自分で選ばず専門家に任せた結果なのだろうが。
服を選ぶという、俺がやっても効率が上がらないことは、どしどし人に任せたいところだ。
そして、俺がしなければならない仕事(タスク)で、最も優先すべきこと。
「領地の管理方法を考える、か」
靴の事業に責任を持ちながら、代官をやるためには何をすればいいか。
「サラは、もし靴の工房と農村の代官の両方を任されたら、どうする?」
「うーん・・・ケンジを雇う!」
「まあ、そうだよな」
一番簡単なのは、代官の代官を雇うことである。
多くの貴族はそうしている。自分は街や屋敷に居て、領地には有能な人間を派遣するのである。
そもそも、俺が代官になったのも、その仕組みに則ってのことである。
だが、この案はダメだ。そもそも、俺に有能な代官のあてがないし、仮に紹介されたとしても、世間の言う有能な代官とは、農村から重税を絞りとってくる手腕に定評がある、ということである。
そんな人間を雇うわけにはいかない。だから、代わりの人間を雇う案は駄目だ。
よって、靴の事業と代官の両方を行うために、経営を管理する方式を新しく考えなければいけない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
以前、教会の依頼で若手の助祭たちと共に農村で実地教育を行ったことがあった。
それで、いくつかわかったことがある。
一つは、現地の情報として中央で把握している数値や情報が、いかにあてにならないものであるか、ということである。
租税関係の数値は、毎年徴税している関係で比較的、まともな数値が揃っているのだが、それでも現地では小麦の質の管理が不十分であったし、村や畑に関するまともな地図も測量されていなかったりもした。
まともな地図がないということは畑の面積が確定できないということであるから、適正な税が計算できないということである。
だから徴税官は、できるだけ税を取ろうとするし、農民は収穫を隠そうとして両者で綱引きが起きる。
それに、農村によっては、他の村から働きに来て住み着いた生誕名簿に登録されていない住人もいる。
そういった住人は土地を持っておらず収入が不安定なので、容易に厳しい貧困に追い込まれる。
あの時の農村にも、子供を売ろうか、というところまで困り果てた若い夫婦がいた。
あとは、隠し畑の問題だ。あの時は手を付けることができなかった。
今度こそは、という思いもある。
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