第351話 代官と金貸し
翌日は食い過ぎで腹が重かった。
俺よりも沢山の肉を食ったはずのサラはケロッとしているので、年だろうか。
朝食は抜いて、茶を啜りながら、今後について計画を立てる。
職人の家族達は相変わらず賑やかに朝食を食べているが、周囲に多少の賑わいがあった方が頭が働く性質(たち)なので問題ない。
結局、代官を引き受ける羽目になったのだが、自分の立ち位置を忘れるべきではない。
代官は社会的信用のある仕事だが、結局は与えられた地位であり、政治的状況によって簡単に剥奪されるものだ。
だから、任期制の代官は次の任地を得るため、普通は上役に訴えるに実績として農村に多額の税を課すし、それが手腕であるとも見なされている。
だが、俺はそれをやりたくない。
代官の仕事をするならば、いつ首になっても構わない覚悟で臨みたい。そのためには、靴の事業も代官と平行して運営したい。もっと言えば、相互効果(シナジー)がある仕掛けを作りたい。
「金貸しをやってなくて良かった、ってところだな」
「どういうこと?」
サラが、俺の呟きをとらえて聞いてきた。
朝から麦粥をタップリと皿に盛り、スプーンで嬉しそうに口に運んでいる。
「よく食うな・・・」
「昨日はお肉ばっかりだったでしょ?それに最近はニンニクとか塩とかが入ってて、味も毎日違うの!」
朝の賄いの費用を少し増やしたからか、メニューにも工夫が凝らされているらしい。
中華粥みたいなものか。
「固くなったパンとかを、細かくして散らしても美味いかもな」
「それ!明日は、それにしてもらわないとね」
話をしつつも、朝食を採る職人と家族達を見守る。
小さな体で、皿に目一杯盛っている少年、それをたしなめつつ世間話に姦しい母親達、それを見守る寡黙な若い職人達。靴の事業は、こうした人達の暮らしも支えている。
たかが代官に祭り上げられたぐらいで、この人達を捨てて行けるわけもない。
「それで、さっきの金貸しじゃなくて良かった、ってどういうこと?」
「うん?ちょっとだけ、ややこしい話になるが・・・」
と前置きしてから説明する。
「金貸しで儲ける秘訣は、沢山の資金を手間賃をかけずに回すことだ。だから、こんな風に大勢の人を雇うことはできない。むしろ、雇ったらダメなんだ」
「それは、ちょっと寂しいわね」
「だから、沢山の資金を引き受けられる貴族やエライさんが相手になる。代官と金貸しは、事業の相性もいい」
「相性がいいなら、いいんじゃないの?」
「良すぎるんだよ。代官で金貸しなんていうのが、農村に赴任してきてみろよ。領地の農民に重税を課す。払えないから、金を貸す。借金を返せなかったら畑を取り上げる。もし払えたら翌年、もっと重税を課す。こんなことがやりたい放題だ。任期が終わる頃には、農民は全て借金持ち、農村の土地は全て代官のものになってるさ。そして、その財産と手柄を抱えて、代官は次の任地に腕利きの代官として移るわけだ。最悪なのは、俺が金貸しだったら、合理的に考えて同じことをやりかねない、と思うからだ」
「ケンジは、そんなことしないよ!」
ビックリした。大声を出すなよ。周囲(まわり)が驚くじゃないか。
「ああ、やらない。なぜなら、俺は金貸しじゃなくて靴を作る、モノづくりの人間だからな」
「そういうことじゃなくて・・・」
サラは他にも何かを言いたそうだったが、それはうまく言葉にならないようだった。
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