第350話 代官の方針

宴席では、当然ながら食事をしていただけではない。


サラは白パンと肉に夢中になっていたが、俺は剣牙の兵団という靴事業の株主に対し断ることができない状況であったとはいえ、代官を引き受けた理由について説明を求められていた。


「それで、どういう思惑があって代官をうけたんだ?」


ジルボアの言葉は柔らかかったが、視線は鋭い。

友人との祝宴でありつつも、ただの会話に政治的な何かが含まれてしまうように感じられるのは、お互いに出世して立場ができつつあるからか。

だが、幸いな事に立場は変わっても、お互いの利益は一致している。

今のところは、だが。


「ジルボアも知っての通り、俺は冒険者の駆け出し連中を何とかしてやりたい、と思って今までの事業を手がけてきた。冒険者の相談、駆け出し連中の買い物同行、靴事業・・・」


俺が冒険者支援のために手がけてきた事柄を列挙すると、ジルボアは頷いた。


「そうだな。ただ、それだけのためにしては、少しばかり世の中への影響は大きかったようだが。」


「それは、仕方ない。世の中を少しだけ変えないと、彼らの待遇は良くならなかった」


「少しだけ、か?」


ジルボアの指摘に対しては、肩をすくめるしかない。


「結局のところ、問題は構造なんだ。個別の課題を潰しても、問題は解決しない。冒険者事業が儲からなければ、冒険者の賃金は安いままだ。だから、冒険者の処遇を改善しようと思ったら、冒険者事業を儲かる構造にする必要がある。そのためには、農村と道路を効率的に守り、農地を効果的に広げる必要がある」


それが、冒険者ギルドへの報告書を通じて行っている、土地開発の基準作りだ。

それは一定の成果を上げ、土地開発への投資が活発になった。


「そうだな。確かに、最近の依頼は景気がいい。貴族や教会からの依頼も以前とは比較にならないほど増えた。だが、それと代官になることに、どんな関係があるんだ?」


ジルボアの疑問に対し、背筋を伸ばして答える。


「俺は、不作の時に食い詰めた農民が冒険者になる、という構造そのものに手をつけたい」


「というと?」


ジルボアが心なしか、体を乗り出す。


「冒険者になる人間そのものを減らす。それで、冒険者不足の状態を作り出して、冒険者に支払われる賃金を上げる。冒険者事業を、素人(のうみん)を使い捨てる事業から、金が取れる専門家(プロ)の事業に変えるんだ」


「すると、代官になって何をする?」


「治める村から冒険者になる奴を出さない。素人の冒険者を村に戻す。この2つだ」


俺が断言すると、ジルボアは俺の顔をジッと見つめて口を開いた。


「ケンジ、お前は不思議な奴だ。冒険者のために、冒険者を減らすという。いったい、お前は冒険者の味方なのか?敵なのか?」


これまでになく厳しさを増したジルボアの視線に抗しつつも、横目で肉に齧りつくサラを見ながら答える。


「俺はいつだって、腹を減らした若い連中の味方だよ。それで十分だろう?」


ジルボアは強い。あまりにも強すぎる。


だが、世の中のほとんどの連中は、そうじゃない。

冒険者のような、ヤクザな仕事につく人間は減るべきだ。


それが、ジルボアに理解できるだろうか。


それ以降は仕事の話はせず、料理の味や磁器の解説などを聞いて楽しい時間を過ごしたのだが、時折、ジルボアは何かを考え込む様子を見せていた。

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