第325話 絵描き見習い

「これと、これ、それに、これか」


冒険者達が生まれて始めて描いたと思しき絵から、3枚の絵を抜き出す。

一応、1人1枚の依頼なので、3名の冒険者が、素人の俺の目から見て一定以上の水準をクリアしているように見えた。


「この3人の名前を、教えてくれないか」


最近ではすっかり気心の知れた冒険者ギルドの受付担当者に尋ねると、3名の名前が返ってきた。


「その3人と、直接話せるか?」


と聞けば3人とも冒険者ギルドに毎日のように出入りしているので、すぐに会えるという。

冒険者といえば、大抵は街の外でゴブリンの討伐などに従事するものだが、3人は最近増えてきた街中のスライムを退治して小遣いを稼いで暮らしている口だという。


「寝床にしている宿も、すぐそこですからね。ケンジさんが呼んでいるとあれば、飛んできますよ」


と受付担当者はお世辞でもなく、当然のことのように言う。


冒険者ギルドに来ると、最近はどうも居心地が悪い。

少し前までは、俺が冒険者ギルドに来ると畏怖すると共に「うまくやりやがって」という類の陰口を叩く連中もいたのだが、今日などはもう、遠巻きにされるだけである。

何気ない一挙手一投足が、怖れられているようで気分が落ち着かない。


「まあ、小団長も今ではちょっとした顔ですからね。慣れてもらわないと」


と護衛にあたっているキリクが言う。

俺からすれば、こいつのせいで周囲に要らぬ重圧を撒き散らしている気もするのだが、安全のためには仕方ない。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


冒険者ギルドで少しばかり待っていると、絵を描いたと思しき冒険者が2名、息を切らせ走って入ってきた。

そこまで急かしたつもりはなかったのだが、誰かから連絡がいったものらしい。


1人は背も低く痩せ型で、身なりは冒険者というよりも商家の下男のような風体であり、もう1人はいかにも駆け出し冒険者な簡素な鎧と棍棒を身につけ、サンダルを履いていた。


ギルドの方で応接室を貸してくれるというので、そちらに2人を先導すると、ひどく恐縮していた。


椅子に座らせたところで、挨拶もそこそこに自己紹介と用件を伝える。


「私はケンジという。この街で冒険者のための靴を作っている。そして今、絵の描ける人間を探している。この絵を描いたのは君達で間違いないか?」


2人とも頷いたので、自己紹介を求める。

ギルドの資料からでは、どういう人間なのか、あまりよく判らなかったからだ。


1人目の背の低い商家の下男風の男は、エランといった。

驚くべきことに、つい先日まで本当に商家の下男であったという。

商家の主人と揉めて店を飛び出してしまい、他に行き場がなくて冒険者としてスライムの核を獲って、その日暮らしをしているのだそうだ。

昔から絵が好きで好きでたまらず、帳簿つけのためのインクや羊皮紙こっそりと使って絵を書いていたところを主人に見つかったのが、店を飛び出した原因だという。


もう1人の新人冒険者風の男は、フランツと名乗った。

農村を出て2年目の冒険者だそうで、そういえば駆け出しツアーの支援をしていた頃に、見かけたことがあった。

しかし、足元はサンダルか。こういう連中のためにこそ、守護の靴を売りたいところだが、まだまだ流通するまでには程遠い。


「報酬の銅貨は、2人ともに払おう。それで、続きを聞く気はあるか?」


俺が尋ねると、気圧されたように2人は同時に首を縦に振った。

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