第287話 冊子の機能
冊子が小さければ、余計なことを書かなくて済む。
冗談めかせて説明したが、結構本気だ。
人間、大きな空白を与えれれば、それに合わせて余計な情報を書き込みたくなるものだ。
逆に、書き込むスペースが小さければ、それに合わせて最小限の情報を書き込むように工夫するようになる。
「書き込む情報を最小限に抑えれば、小さくても平気なはずだ。極端な話、ゴブリン討伐は1匹銅貨2枚、交通費は依頼者が持つ、って書いてあるだけでもいいんだ」
「ちょっと無理があるんじゃないの?だって村の人って、ほとんど字も読めないし、冒険者に依頼したことなんてないから、どうやって依頼するかもわからないのよ?怪物に村が襲われてたって、足跡とか被害からゴブリンかもしれない、とか3匹いるかもしれない、って想像するだけだし」
冒険者ギルドへの依頼に、農民が積極的になれない理由の一つに、依頼の条件が確定しない、ということがある。
冒険者にとっては日常茶飯事の怪物の襲撃も、ほとんどの村人にとっては、滅多に起こらない数年から10年に一度の出来事である。そのうち、冒険者に依頼しなければならない規模の災害となると、余程の辺境の開拓地でない限り、初めての依頼であることも多い。
そのため、依頼を出す側が依頼を出し慣れていないため、依頼内容を過大に見積もったり、逆に過小に見積もったりといった契約関係のトラブルが後を絶たないのだ。そして、大抵は無学で怪物に襲撃をされているという農民側が泣き寝入りをすることになる。そして、その手の噂を聞いた近隣の村々も、ますます冒険者への依頼を躊躇するようになる。
要するに、怪物対策の素人に仕事の見積もりをさせるから、費用の算定がうまくいかないのだ。
そこまで考えを進めると、冊子のイメージが固まってきた。
これまでは、どちらかと言えば依頼の事例集のようなカタログ的なイメージで冊子の内容を考えていたのだが、冊子は見積もりフォームになるべきだと考える。
Webページなどで入力フォームに聞かれたことや数字を入力すると、最終的な金額がでてくるものをイメージすると良い。
例えば、以下のような設問項目が続くのである。
設問1:怪物に襲われたのは、昼ですか、夜ですか(夜間の場合は、設問6へ)
設問2:怪物の姿を見ましたか。(見ていない場合は、設問6へ)
設問3:それは二本足でしたか。4本足でしたか。
設問4:体の大きさは人より大きいですか。小さいですか。
設問5:怪物は何匹いましたか。お互いに会話していましたか。
設問6:怪物の足跡を確認しましたか。それは人の足より大きいですか。小さいですか。
設問7:・・・
見開きの冊子で、左側に設問項目。右側に計算式を掲載する。
付属資料としてゴブリンなどの主要な怪物の足型や姿があると、なお良い。
そうして、教会の字が読める聖職者に農民にヒアリングしてもらい、冒険者へ依頼するための見積もりを代行してもらうのだ。
費用の根拠が明確になるし、冒険者ギルド側も依頼を受付けやすくなる。
正確な見積もりに基づく依頼であれば、冒険者も依頼を請けやすい。
冒険者からすると、怪物退治の依頼には命がかかっている。経験を積んだ冒険者ほど、情報の重要さが身にしみている。正確な情報のある依頼を歓迎するのは当然のことだ。
というアイディアをサラに話したところ、
「理屈はわかるけど、そんなことできるの?」
と聞かれたので、胸を張って答える。
「できるさ。よく考えたら冒険者時代に、俺もそうやって情報収集して依頼を選別してたろ?何しろ冒険者ギルドにくる情報はいい加減な内容ばっかりだったからな」
「あー・・・言われてみれば、ケンジが何かしつこく食い下がっていろいろ話してたわね。それやってたんだ?」
「しつこくはないだろ・・・」
と俺は苦笑した。
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