第282話 領地の境界

「20人に1人」


バスケス司祭の言う負担の大きさに、俺は絶句した。


「あまりに負担が大きくないですか。そもそも村を防衛する義務が貴族には課されているはずでは」


俺の疑問に対し、バスケス司祭は首を左右に振った。


「少し説明が必要かもしれませんね」


そう前置きをしてから、説明を始めた。


「ケンジさんの仰ることは正しいと思います。実際、貴族のお膝元の領地には私兵もおりますし、防衛がされています」


「ならは、なぜ村では防衛に費用が・・・」


「土地の防衛を行う貴族と所有者が異なるからです」


バスケス司祭は、その理由を断言した。


「貴族の土地は、全てが1つながりとなっているわけではなりません。婚姻や世代交代、相互取引など複雑な経緯を経た結果、モザイク状に点在していることが多いのです。私が赴任してきたのも、多くはそういった飛び地となった村なのです。そこでは所有者である貴族の庇護は期待できません。ですから、すぐ近くにあって兵力を持っている貴族に依頼することになり、その費用が発生するわけです」


それでも納得出来ない部分はある。


「しかし、その費用は所有者の貴族が支払うべきではありませんか?」


「筋から言えば、そうですな。ただ、現実はそうなっておりません。それを正すには貴族たちの数百年に渡った土地所有の捻れに関する法規を正さねばなりません。それは一介の聖職者や農民たちには、どうしようもないことです。ですから、冒険者に依頼するのです」


「冒険者の価値はそこにある、ということですね」


バスケス司祭の説明に頷きつつ、俺は、以前、助祭の教育のために訪れた農村の土地所有調査の結果を思い出していた。

あの村でも畑の所有者は複雑なモザイク状になっており、村の建屋や農道に支障がある場所もあった。

あれの大規模なことが領地でも起きているのだろう。


元の世界でもイスラエルのガザ入植地などでは国境付近の土地は飛び地が多くて整理がつかなくなっていたし、怪物の多いこの世界では、なおさら理屈通りに線引をすることが難しいだろう。


逆に言えば、領地の境界を整理することで土地の防衛費を削減することができるはずであり、以前、冒険者ギルドの内部で検討した冒険者の依頼を土地の価値上昇もしくはコスト削減への貢献に応じて並び替える手法の正しさを確信させることにもなった。


とにかく、農村の状況は理解できた。

あとは、この情報を元に計画を練らなければならない。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


教会を辞して、会社に戻りつつ課題を整理してみる。


まず、農村の状況は一様でない、という当たり前のことを認識しなければならない。

農村を所有する貴族の権利状況は複雑にからみ合っており、それを整理することは俺には不可能だ。


また、冒険者に対する聖職者の意識も様々だ。肯定的な聖職者もいれば、否定的な聖職者もいる。


実行にあたっては農村での受け入れと聖職者の協力の双方が必要となる以上、両方の条件が満たされた農村から始めるべきだろう。そこで成功事例を積み重ねることができれば、残りの農村も受け入れに協力的になるに違いない。


非協力的な人々を説得するために労力を割くよりも、協力的な人々を成功させるために全力を注ぐべきだろう。

非協力的な人々も、別に定見があって反対しているのではなく、不安であったり、知識の不足から反対しているに過ぎない。

成功し、利益があると見れば、多くの人はついてくるものだ。


あとは教会に配布するべき冊子の制作と、冒険者ギルドへの支払い方法についてだが。

これらの問題については、教会の上の方と話合う必要があるだろう。

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