第259話 ちいさな耳
その日も、俺がサラと靴の製造を見守っていると、護衛のキリクが
「ちょっと、いいですか」
と声をかけてきた。
キリクが声をかけて来る時は、安全に関わる話だ。
俺は作業の指導を中断すると、頷いてキリクに向き直った。
キリクの方を見ると、小さな子供を連れている。
最近、よく作業の手伝いに来ている、職人の息子だ。
キリクに背中を軽く押されて、子供が進み出る。
「ほら、聞いたことを、そのまま言うんだ」
「あ、あの、ぼく・・・」
と、何か言いたことがあるのだが、うまく言葉が出てこないようだ。
まあ、キリクのような厳つい男に連れてこられては緊張しても仕方ないだろう。
どうしたものか、と思っていると、サラがしゃがみ込んで、目を合わせながら
「大丈夫、誰も怒ったりしないから、見たことを、そのまま言ってくれればいいのよ?」
そういえば、小さい子供を大人で囲むような態勢になっていた。
これでは、怖くて話しにくいだろう。
手近な椅子を引き寄せて、全員が座って視線の高さをなるべく合わせるようにする。
「ほら、トマ君、話してごらん?」
サラに優しく促されて、ようやく少年は話し出した。
「ぼく、通りのいろんな職人さんのところに、ご飯を取りに行ったり、靴の材料とか、革を洗う薬があるか、とかを聞きにいったりしてるんです。それで、通りの人は大体、顔と名前をおぼえました。だって、そうしないと届け物とか困りますからね」
「うん、エライわね。それで?」
とサラが合いの手を入れてあげる。
それに力を得たのか、少年が続きを話す。
「それで、今朝も仕事を終えて帰るとき、革通りの入口のバーンズさんのとこの前で、知らないおじさんたちと、ぶつかりそうになったんです。走ってたら、腕にぶつかりそうになって。だけど、その、顔を知らないのもそうだけど、そのおじさんたち、手がすごくきれいで、へんだな、って思ったんです。だって、職人さんの格好してるし、結構おじさんなのに、手の爪とか全然色がついてないし、傷とかもなかったし」
確かに怪しいが、それだけでは根拠が不足している。
「商人ってことはなかったのか?もしくは、教会関係の人とか」
そう聞いてみたのだが、少年は大きく首を左右に振った。
「しょ、商人の人なら服は汚れていないものを着ます。そうしないと、お金がないと思われるから・・・。それと教会なら毎週連れて行かれてるから、どんな服を着てるかわかります」
「ふむ」
確かに、理屈は合ってる。
「そ、それで変だな、って思ったから、バーンズさんに、あの人たち、よく来るんですか?って聞いたんです。そうしたら、会社(うち)の人じゃなかったの?っておどろかれて・・・」
少年の言葉をまとめると、今朝、革通りの入口の店に、会社(うち)の職人の振りをした、少なくとも2人組の男が来ていたわけだ。
怪しいなんてものじゃない。
「よくやったな。お手柄だぞ。だけど危ないから、怪しい奴を見かけたら絶対に声をかけたらだめだぞ。この怖いおじさんに言うんだ。わかるな?」
褒めた後に注意してから、通報の手柄として賤貨を数枚と干した果物を入れた袋をやった。
すると、少年は椅子から勢いよく飛び降りて、つんのめりながら背筋を伸ばすという器用なマネをしつつ、
「あ、ありがとうございます!」
と大きな声で返事をしたので、緊張をもたらす情報を聞いた直後ではあったが、周囲は小さな笑いに包まれた。
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