第255話 麦の粒

冒険者達に依頼した足型は、200枚の板に引かれた線という形で戻って来た。


各板は左右の足型で対となっており、教会の名称、司祭の名前、担当した冒険者の名前が記入されており、それに加えて工房の方で職人が管理番号をせっせと彫り込んでいる。


そうやって積み上げられた足型の木を、今度は大きさ別に並べ替える。

冒険者相手の守護の靴は3通りのサイズしか用意していなかったのだが、オーダーメイドに近い履き心地を求める聖職者のために、6つのサイズに細かく分けて積み上げる。そうやって、生産するべき基本の足型サイズを決定するのだ。


サイズを小さい方から順に振り分けて積み上げていくと、6つの足型に分類された板の山は、最小サイズと最大サイズが低く、真ん中のサイズが高い綺麗なカーブの山を描くようになった。


実際の開拓者の靴の生産数は、このサイズ別の山の高さを3倍した数だけ生産することになる。

正確には、納期の途中で余所の街から来る聖職者分の足のサイズについて資料を受け取ることになるから、生産数の微妙な修正は入るかもしれないが、大きく外すことはないはずだ。そして見込み生産ができる分、スケジュールは楽になる。


「なんか、こうして見ると不思議な感じね。どうして真ん中の山が高くなるの?」


と、その山を見詰めながら、サラが言う。


それが正規分布ってものだよ。と、統計の言葉を使って教えたいところだが、それではサラは納得できないだろう。

農村出身の彼女が理解できるよう、別の例え話で答える。


「サラは、麦の粒を眺めたことはあるか?」


「そりゃあ、あるわよ。農家(うち)は裕福じゃなかったし、麦の皮を剥がしたりするのとか、お手伝いを結構させられたもの。お腹がすくと、つい麦の粒をかじったりとかして、お母さんに怒られたわね」


「そうすると、麦の粒は、結構バラつきがあったのに気がつかなかったか?」


そう聞くと、サラは昔を思い出すように懐かしむ声で答えた。


「そうね。麦も1つ1つを見ると、結構大きさが違うのよね。最初の方にできた麦は大きかったり、ちょっと欠けちゃったりするのもあったし」


「だけど、税を納める秤だと一緒にするだろう?1回目に測るときと、2回目に測るときに中身の麦は違うはずだけど」


「そりゃあ、1つ1つの麦は違うかもしれないけど、秤に入れるぐらい沢山あつめたら一緒だもの・・・って、そういうこと?」


サラは、麦の例えで俺が何を言いたいかわかったようだ。


「そう。神書にあるように、人間は1粒の麦、ってことさ。人間には偉大な人間もいれば、愚かな人間もいる。だけど、一番多いのは普通の人間だ。足のサイズも同じこと。大きな人もいれば、小さな人もいる。それでも、一番多いのは普通のサイズの人だ。その違いが形になって見えているのが、あのなだらかな山ってことだよ」


そう言ってサイズ別の靴の山を指す。


「スープの例えはよくわからなかったけど、今度は解った気がする!ケンジは、別に誤魔化そうとしてたわけじゃないのね!」


「サラを誤魔化して、どんな得があるんだよ・・・」


と苦笑いをすると、サラが悪戯っぽく付け加える。


「そりゃあ、綺麗な人とか、胸の大きい人に見とれているのを誤魔化したりとか・・・」


「いやいや」


いつも一緒に行動して、どこにそんな余裕があるものか。

冗談だとわかっているので、俺も笑って否定する。


「それにしても不思議ねえ・・・」


サラは飽きることなく、職人達が積み上げる足型の山を見詰めていた。

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