第217話 狂想曲

この街で、にわかに巻き起こった開拓者の靴をめぐるバブル騒ぎを速やかに鎮めるため、ニコロ司祭に会おうとしたのだが・・・。


「ニコロ司祭は、お会いになれません。面会でお忙しいそうです」


というのが、ようやくに面会を取り付けたミケリーノ助祭の答えだった。

ミケリーノ助祭も、目にギラギラとした活力は感じられるものの、うっすらと目の下に隈が浮いている。いわゆる徹夜明けの人によく見られるテンションだ。


「ええと・・・随分と、お忙しそうですね」


思わず、そう声をかけると


「ええ、ええ!まあ、忙しくないと言えば嘘になりますがね!なかなか順調ですよ!印を管理する仕組みは、かなりいいですよ!他の製品にも印をつけたい、という申し出が殺到していますから!」


と、想定していた中でも、かなり不味い答えが返ってきた。


「ミケリーノ様、改めて言うまでもありませんが、新しい製品へ印を与えることなど、絶対に、まだできませんからね?管理の仕組みも現場の仕組みも、まったく機能していないんですから」


そう釘を刺したのだが、ミケリーノ助祭の答えは煮え切らない。


「ええ、まあ、そうなんですが・・・。その、申し出ている筋もかなり有力な方からの話でして・・・」


そう答えを濁す。ニコロ司祭やミケリーノ助祭に商売の話が根本的には理解できないように、教会やこの街の政治の話は、俺にはわからない。

この場で禁止するとの言質をとるのは容易いが、それでは隠れて実行されて、炎上するだけだろう。

俺と教会の力関係では、この勢いを止めるのは不可能だ。

どうせ炎上するのであれば、せめて方向性だけでもコントロールしなければならない。


「わかりました。ミケリーノ様、それではスケジュールと手続きを発表することにしませんか?」


ミケリーノ助祭は、疑問符を浮かべた表情でこちらを見たので、続けて説明する。


「私も腹をくくりました。教会の皆様の勢いを押し留めることは難しそうです。ですから、その向かう方向をこちらで正しく与えてやらねばなりません。

そのために必要なのは、印の管理部門が何を目指していて、どのような手続きが必要で、それにどれだけの時間がかかるのか、正しい情報の発信と共有です。教会の皆さまの、敢えて表現するならば、暴走、を食い止めるには、それしかないと思います」


ミケリーノ助祭は思案顔になって腕を組んだ。

ニコロ司祭とミケリーノ助祭は、本当ならば情報を自分達だけで管理して、自分達の派閥を強化したかったのだろう。特別に、あなただけにお教えしますよ、という、アレである。そうして恩を着せて自派の影響力を拡大するという目論見は理解できる。だが、目の前のミケリーノ助祭の疲労を見る限り、そうしたことができる事態を超えているように見える。


「ミケリーノ様、ご懸念はわかります。けれども、今の状態は噂だけが先走り、教会の方達は冷静ではおられない状態ではないでしょうか?そのような熱狂の中で取り付けた約束など、後で反故にされるのではありませんか?正しい情報を提供し、準備する時間を与えた上での冷静な交渉を通じてこそ、長く頼りになる仲間を得られるのではありませんか?」


そのように懸念を伝えると、


「ううむ。そうですね。しかし、惜しい・・・」


と、まだ未練がある様子だったので、付け加える。


「大丈夫ですよ。相手が冷静になったとしても、結局のところ許認可を握っているのはニコロ司祭とミケリーノ助祭様ではありませんか。立場は、相変わらず強いままななのですから。それよりも、今は徒に先走り、ミスをしないことの方が重要ではありませんか」


そう囁くと、ミケリーノ助祭はようやく頷き、目の光も少し落ち着いたように見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る