第216話 聖職者達の熱気
「なんとかしないと、仕事にならんな」
俺がそうぼやくと、サラが聞いてきた。
「ねえ、なんでこんなことになってるの?守護の靴を売り出した時は、こんなことはなかったじゃない?」
守護の靴を売り出した時には、会社(うち)まで来る人間はいなかったのに、なぜ今回は、こんなことになっているのか。サラには不思議でならないらしい。
「そうだなあ、今回は俺のミスなんだが・・・」
と前置きをしてから説明を始める。
「開拓者の靴の販売から起きている混乱の原因は、大きく分けると2つあると思う。
1つ目の原因は商流に販売、小売り機能がないことだ。
正確には、教会に任せたつもりだったんだが、うまく機能していないんだ。多分、ニコロ司祭やミケリーノ助祭の方で派閥やら何やらで優先順位をつけてるんだろう。そのせいで手に入れられなかった聖職者達が、こちらに流れてきてるんだ」
「そうね、何かそういう使い方する、って言ってたもんね」
「それに守護の靴の時は剣牙の兵団、という肩書が盾になってくれるしな。直接来る連中は、キリクが追い返してる」
「聖職者様は、追い返すわけにもいかないもんね」
サラの言葉に、俺は頷いた。
「2つ目の原因は、それだ。彼らが冒険者でなく聖職者だ、ということだ。冒険者ってのは学はないが、合理的な消費者なんだ。守護の靴は稼ぎに必要な道具、という位置づけだから、金がなければ諦める。高ければ買わない。売ってなければ、売りに出るまで待つ。冒険者ってのは、そういう行動をとる」
「普通は、そうするでしょ?」
「ところが、聖職者という人達は普通じゃない。金は腐るほど持っている。それに開拓に従事しない聖職者が購入するのは、見栄と信徒へのアピールのためだ。だから、価格が合理的な範囲におさまらない。
聖職者という人達は、尊重されることに慣れているから、商品がなければ直接行って自分が口を利けば商人如きなら言うことを聞くと思ってる。まして冒険者あがりの商人だ。金を積むのに躊躇はないさ」
「・・・なんか、腹立つわね」
俺は近くにあった開拓者の靴を掴んで、目の前に掲げる。
「おかげで、この靴1足に銀貨5枚、なんて値段がついている」
今では製造原価は、およそ大銅貨1枚程度まで落ち着いているというのに。
銀貨5枚は、原価の50倍の価格である。
「もう、売っちゃったら?」
「ダメだ。今、勝手に売ったりしたら教会で印を管理する仕組みが根底から崩れる。銀貨5枚じゃわりに合わない」
ブランド管理の肝は、集中管理と偽物を許さない点にある。
だから、靴にはユニークな番号をいれてあるし、管理外の偽物の存在を許さない。
とは言え、このまま問題を放置しておくと、開拓者の靴の値段がどこまであがるのか想像もつかない。
それにニコロ司祭やミケリーノ助祭がプレミアム価格の熱気に当てられて妙なことを言いだすのも困る。
彼らは商売の専門家ではないし、俺は開拓者の靴を実務者に行き渡らせたいのであって、この世界で高級ブランドを立ち上げたり、チューリップバブルを起こしたいわけではないのだ。
教会と協議して、何かの対策をうつ必要がある。
「やっぱり、テストってのはしておくもんだな・・・」
開拓者の靴を王国中の教会で一斉に販売していたら、どんな惨事を引き起こすことになっていたのか。
その情景を少し想像しただけで、背筋が震えた。
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