第192話 流通の現状は
事業の秘密が漏れた場合の対応はどうするか。
言い換えれば、事業の危機管理体制を、どのように構築するか。
事業を立ち上げたばかりの俺には、選択肢は少なかった。
自分より強い人間に金を払って守ってもらうか、事業の秘密を抱えて逃げるかの二択だった。
今はあの時とは違う。事業を通じて利益を得る力のある人間を増やすことによって、抑止力を高め、手を出してくる人間を減らしてきた。ロロのような嫌われ者の貴族に親切な営業をかけて代金を頂いたことで、損得計算のできる人間は俺達に手を出さないようになった。
少なくとも、これまではそうだった。
問題は、今回のように中途半端な力と損得計算のできな連中の抑止を、どのように行うかだ。
街間商人や、街へ来たばかりのお上りさんのように、損得の合理的計算ができず短絡的な行動を止めることは簡単ではない。
そういった連中を抑止する役割を街間商人については、グールジンの粗暴さというリーダーシップに期待していたのだが、上手くやれなかったようだ。
声をかける人間を間違え、秘密を漏らす範囲を誤り、その結果が俺達の足元に転がっている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうだ?こいつらに見覚えは?」
「・・・ねえな。いや、ちょっと待て」
グールジンは腰をかがめて縛りあげられて転がっている物盗りの男達1人1人の顔を確認していたが、ある1人の男の前で立ち止まった。
「こいつは、ガロンのところで見たことがある」
確か、最初に俺達に声をかけて名前を確認してきた奴だ。言われてみれば、他の6人と比較するとマシな服を着ているし、足元のサンダルも上等なものに見える。
「ガロンってのは誰だ?」
「俺と同じ街間商人だよ。もう10年以上は隊商(キャラバン)をやってる筈だ。最近、怪物に馬車を襲われて失ってから、あんまり商売が上手くいってねえ、とは聞いてるな」
「何でそんな奴に話したんだ」
「話してねえ。話してねえが・・・まあ、酒場で聞かれていたかもしれねえ。酒が入ると、ちっとは声がデカくなるじゃねえか。なあ?」
なあ?じゃねえよ。酒場で秘密をペラペラと大声で話す奴、それを聞いて金に困ったから短絡的に誘拐を企む奴、どっちもどっちだ。
街間流通の業界が、もう少しまともな職業人のものになってくれないと、おちおち増産もしていられない。
街間商人達の行動様式が、良く言えば冒険的、悪く言えば刹那的なのは、事業者の寿命が少ないの原因なのかもしれない。
街間流通に乗り出すのは、街中で商売を起こせない引退冒険者達が中心だ。
彼らが30前後で事業に参入するとして、歩けなくなれば引退だから遅くとも50才には引退することになる。
一番長く続けられて20年、平均で7、8年ぐらいしか続けられないのではないだろうか。
それだけしか商売が続けられないのであれば、従事する人間達の荒れ具合も理解できるし、地道に信用を稼ぐよりも一発逆転ができる取引に手を出す人間が多くなるのもうなずける。
引退冒険者の道行(みちゆき)がこの体たらくでは、先が思いやられる。
とは言え、靴の製造以上の事業を抱え込む経営資源の余裕はない。
だが、流通の現状を放置しておくと、この先、必ず祟られるのは目に見えている。
どうしたものか、と腕を組んで考え込まざるを得ない。
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