第175話 グールジンの疑念
グールジンに連れて来られたのは、以前に靴の話をした窓のない部屋だった。
この宿では商売で秘密の話をする連中が多いせいか、この手の部屋が幾つかある。
その部屋の扉を閉めて、椅子に座るなり、グールジンは大声で吠えた。
「それで、儲け話ってのは、なんだ!」
「おい落ち着いてくれ。あんたは酒も入ってるし、少し話が込み入ってるんだ。それに、あんたはしばらく街から離れていたせいで、最近の事情に疎いだろう?まずは、情報を共有したい」
そう説くと、腰を浮かせていたグールジンは、椅子の軋む音をさせて、大柄な体を背もたれに預ける姿勢をとった。
「ふん、まあそうだな。まずは俺の方でも土産話はたっぷりあるんだ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから小1時間に渡って、俺はグールジンの靴販売の自慢話を聞いた後で、俺からは冒険者ギルドの王国向け報告書を代筆し、組織改革をしたこと、教会に紹介されて冒険者の処遇について交渉し、協力体制の提携が結ばれたこと、教会の枢機卿づきの司祭に頼まれて若手聖職者の指導をしたこと、それを元に教会の開拓事業の指導団の指導過程を作ったこと、などを掻い摘んで説明した。
最初、グールジンは酒も入っていたのか陽気な声で笑いながら相槌を打っていたが、話が進むにつれて笑みは消えて、言葉も少なくなっていった。
奇妙に緊張を孕んだ空気の中、俺が説明を終えて口を噤(つぐ)むと、グールジンは口を開いてまくしたてた。
「・・・終わりか。俺も頭の出来がいい方じゃねえから、どう言っていいんだかわからねえが、お前の説明はさっぱりわからねえ。何が何だか、言ってることはわかるが、意味がわからねえ。
冒険者ギルドの報告書を代わりに書いた?それがお貴族様に届いて、それで教会の司祭様と話して、それで先生になった?なんだそりゃ?なんで、お前がそんなことしてるんだ?
おい、教えてくれよ?俺が頭が悪いのからわからねえのか?」
俺の答えは決まっている。
「冒険者の支援をするためだよ。靴を作ったのも、ギルドや教会と関わってるのも、全部そのためだ」
その言葉はグールジンの大声に遮られた。
「そんなこと言ってんじゃねえんだよ!・・・なんていうか、お前、なんなんだ。気持ちわりいな。ジルボアの奴だって得体の知れねえところがあるが、お前はもっと得体が知れねえ。お前、元冒険者なんだろ?お貴族様なのか?だが、そうでもねえか。お貴族様ってのは、もうちっと別の品があるもんだ。なんなんだ、お前は?」
そこには酒に酔った無頼漢はおらず、長年の冒険者生活を生き抜いて、現在は100人からの隊商を率いる男が、その過酷な人生を支えてきた本能と勘を鋭く働かせる姿があった。
傍らに立ったままのスイベリーが、腰に帯びた魔剣の柄にかけた手に、ほんの僅かに力を入れた様子が視界に入る。
束の間、何かを見通そうとするグールジンと、俺の視線が空中でぶつかり合った。
だが、その緊張は長くは続かなかった。
グールジンは、視線をそらすと、元の明るい声で吠えた。
「だが、まあいい。お前が儲けさせてくれてるのは事実だ。あの靴は、確かに売れまくってるし、隊商(うち)に金貨や銀貨の恵みの雨を降らせてくれてる。剣牙の兵団のジルボアとうまくやれてるのも事実のようだ。とても信じられねえが、教会ともうまくやってるらしい。そうできてるなら、それに越したことはねえ。・・・ついこないだまで、奇妙な靴を持ち込んできた冒険者崩れだったってのによう、全く、うまくやったもんだぜ」
そうして両足をテーブルの上にどかりと行儀悪く投げ出して言った。
「それで?話を聞こうじゃねえか。まあ、今よりもっと奇妙な話でも、もう驚かねえがな」
ようやく、まともに交渉のできる準備が整ったようだ。
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