第166話 それはもはや工房ではない
どうやって自分が手を離した状態で品質検査の品質を保つか。
まず体制は2人体制を組むことにした。
1人が品質を検査し、もう1人が品質検査の洩れをチェックする。
この業務は一定の時間ごとに交代する。
いわゆる交代制の2重チェック体制だ。
各製品には、誰が品質検査を担当していたのかを記録することで責任を持たせる。
ここまでの体制と業務のローテーションを組んだ上で、マニュアルを製作し、出来上がりの製品見本を置いた。
品質検査に絶対はないが、とりあえず大丈夫だろう。
数日間は、付きっ切りでラインを動かしてみる。
問題がなければ、この体制でいく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日間の奮闘の結果、多少のトラブルはあったが、一応、俺は現場業務から手を離すことができたので、先のことを考えることにした。
先のこととは、事業の戦略と方針についてである。
普通なら経営会議というものを行うのだが、話し相手は、例によってサラだけである。経営陣の薄さがツラい。
会社の方針を考える、といった抽象的な問題になると職人気質のゴルゴゴは逃げてしまうので仕方がない。
広報宣伝担当のアンヌは、枢機卿への訪問の折りに肩透かしをくらったせいか、あれからお冠(かんむり)で工房の事務所に寄りつかない。それと、彼女の意見はいささか短期の現金だけを見過ぎているせいで、長期の戦略を考えるのに向いていないのだ。
それに、サラとは2人で話し合っておきたいこともある。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「会社を、大きくしたいんだ」
そう今後の方針について俺が打ち明けると、サラは目を丸くして驚いていた。
「こんなに大きいじゃない!工房を始めて1年も経たないのに、こんな20人以上も人を雇ってる工房なんて、他に、あたし見たことないよ!」
まあ、靴屋としては破格の大きさだろう。どこの有名工房だって、基本は受注生産のフルカスタマイズ品が中心である。そこで20人ものベテラン職人を、まともな給与で雇っていたら破産してしまう。
うちは半人前の職人を多数雇い入れて高級品を速いペースで製造し、作る傍から市場に流し込んでいるからこそ可能な体制なのだ。
要するに、職人工房と会社の違いだ。
「だけど、まだまだ大きくしたい」と続けると、
「そう言えば、教会の靴も作るっていってたもんね。どのくらい?30人ぐらいに増やすの?」
と聞いてきたので
「200人ぐらい」
と控え目に答える。200人と言ったら中小企業だ。
俺としては充分に控えめな数字を言ったつもりだったのだが、サラはそう思わなかったようだ。
「200人!それって、今の10倍ぐらいってことでしょ!?そんな工房って、もう工房じゃないでしょ?」
彼女は悲鳴のように大きな声をあげた。
「そう。工房じゃない」と応じてから、言い足した。
「工場っていうんだ」
「こうじょう・・・」
この世界で初めて発された単語には、奇妙に硬質な響きがあった。
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