第147話 学び方を変えよう

結局、その日は3人の助祭は帰らせることにした。

下を向いたままでは講義にならないからだ。


工房に帰ってから、俺は今後の進め方について悩んでいた。


ニコロ司祭の思惑はイマイチ読めないが、あの3人が更迭されたとしても代わりが送り込まれてくるだろう。

俺にも反省すべき点はあった。今回は叱り飛ばしてしまったが、彼らの常識と自分の常識は違うのだ。

それに、俺が毎回矢面に立って、生徒からつまらない恨みを買う羽目になるのは避けたい。


助祭達のように、自分の頭脳に自信があり、自尊心が高い連中には講義形式は向いていない。

講師よりも自分の方が頭が良いと思っているうちは、話を真剣に聞かないからだ。

それに連中が学んできたであろう、神書を記憶し、その記述で以って議論を戦わせるという形式は、法学に近い。数学や統計の素養については、あまり学ぶ機会がなかったのであろう。その差異(ギャップ)を、これから埋めていかなくてはならない。

とは言え、彼らにも自尊心(プライド)がある。

自分に足りないところは自覚してもらいたいが、全部を否定してしまっては、意固地になり受け入れがたいだろう。


だから、こちらも学習方法については頭を使って工夫し歩みよる必要がある。


どのような学習方式を取るべきか、要件を整理してみる。


助祭達は、法学の素養と議論を基盤にした教育を受けてきた。だから議論を中心とした講義にする。

助祭達は、対立し、相手を論破する訓練を受けてきたが、これを排し協力的な関係を学ばせる。

物価や人件費など、実務の価格感を学ばせる。


列挙してみるとわかりやすい。これは、事例(ケース)学習と相性が良い。

そう思いつけば話は早い。サラに農村の実例などを聞きつつ、俺はテキストを書き上げた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


数日後、ニコロ司祭の使いが来て、第2回の講義が2等街区の同じ教会で行われることになった。

参加者である3人の助祭の顔ぶれは、前回と同じだが緊張しているようだった。

ニコロ司祭に叱責されたのか、また俺に叱責されることを怖れているのか。

どちらにしろ、俺は敬意を払って欲しいが、無暗に怖れて欲しいわけではない。

俺の方から、歩みよることにした。


「皆さん、また会えたことを嬉しく思います。前回は私の方でも至らないところがあったようです」


俺がそのように切り出すと、彼らは戸惑った様子を見せる。

まずは椅子に座らせ、俺は資料を示して彼らに語りかける。


「今回からは、やり方を変えましょう。私の方で資料を用意しました。これらの資料を元に、農村を開拓するための計画を皆さんで練っていただきます。誰に何を聞いても構いません。皆さんの足を動かし、手を動かし、人に聞いて、図書館で調べて、議論をして答えを出してください。期間は、これから一週間です」


それだけを言って黙ると、彼らは当惑し、沈黙した。

俺に全て教えてもらうつもりでいたのだろう。アデルモという助祭が、手をあげておずおずと訪ねてきた。


「ケンジよ、お前が・・「あなたが、と言い直してください」と注意する。


「あなたが、私達に知識を伝授すると聞いてきたのだが」


「はい、さようです。私の方でも色々と考えまして、この方法が最適であると判断した次第です。他に何か質問のある方はいませんか?」


「し、しかし、我々はこういった市井のことに経験がない。そのために、あなたが雇われたのではないのか」


「いいえ、違います。私は皆さんが市井のことをこなせるよう、教育するために雇われたのです。代理で働くために雇われたのではありません。そこは、心得違いをなさいませんように」


とにかく、俺に一歩も引く気がないことを悟ったのだろう。

助祭の3人組は、不承不承、俺が用意した事例(ケース)の資料を読み込み始めた。


「なになに、140人の村を開拓するのか?ふうむ。どの程度開拓するのが良いのか」


「ふうむ?最近は豊作が続いているという役所の記録はあるが、備蓄の量と辻褄があわないのではないか?」


「なんだ、若者の人数が随分と少ないな。一体、どこにいったのだ?」


さすがに資料を読むのは早い。問題は、彼らは個別に資料を読んで疑問を発しているが、それを共有したり、手分けして資料を効率的に読み合わせたり、資料の間で異なる数字の意味を議論しようとしたり、というチームワークを一切行っていない、ということだ。


サラが小さい声で俺にささやく。


「ねえねえ、あの助祭さん達、どうして相談しないの?それに麦の値段を知りたかったら、市場まで聞きに行かないといけないんじゃないの?」


全くだよ。俺もなぜそうしないのか聞きたいよ。

だが、彼らには学ぶだけでなく、迂遠に見えたとしても、気づいてもらわなければならない。


教えるということは、忍耐を試されることでもある。

俺は溜息を吐きたくなるのを我慢して、3人が座り込んだまま、資料を読んでいるのを眺めていた。

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