第134話 打算のアンヌ

紹介状を貰ったからといって、そのままノコノコと無防備に会いにいくわけにはいかない。

ジルボアのやつが、どんな面倒事を押し付けてきたのか、その片鱗もわからないからだ。


そもそも、俺は枢機卿の居る場所さえ知らない。

ジルボアが紹介状を書いたということは、この街にはいるのだろうが、街の1等街区にある大聖堂にいるのか、それともどこかの貴族の屋敷に滞在しているのか、はたまた大司教の別宅にでもいるのか。


一度は伯爵に奏上するため、ジルボアと一緒に行ったことはあるのだが、あの時は暗殺者に対する警戒をしていたので、周囲をのんびりと見回す余裕は全くなかった。ただ、建物が低く、道が綺麗で静かなのが印象に残っているだけだ。

要するに、俺は、1等街区の土地勘すら全くない。こんな状態で行くのは自殺しに行くようなものだ。


とにかく情報を集めなければ、と考えたところで、俺は、はたと困ることになった。

俺の貴族に関する情報収集は、その多くが剣牙の兵団を通してのものだったので、ジルボアに情報封鎖をされると、途端に何もわからなくなるのだ。


今はジルボアがいるから、いざとなれば頭を下げて教えてもらえばいいが、奴が別の街を拠点に移すと、今の状態が普通になるわけか。

まさか、そのリスクを教えるために、情報をわざと教えなかったのか。

英雄の企むことは、俺のような一般人には理解しがたい。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ばっかじゃないの!」と思い切り俺を罵倒し、アンヌは、キャハハハッ、と笑い転げた。

工房(うち)で、最も貴族階級に詳しいのは彼女なので、枢機卿に会うにはどうしたらいいのか、と相談したら、腹を抱えて笑われたのだ。


「あんたが、枢機卿様に会えるわけないじゃん!あんた、身分を考えなさいよ!」


相変わらずアンヌは口が悪い。この女は、その口の悪さが祟って劇団のスポンサーと生命を失いかけたのだが、それは全く治っていないようだ。

俺は、多少の悪口はサラで慣れっこなので、ジルボアから貰った紹介状を見せる。


「いや、紹介状はある。ただ、それだけの貴人にどうやって会いに行ったらいいのか、手順がまるでわからないんだ。もし知ってたら、教えてほしい」


「うそ!紹介状持ってるの!うそ、ちょっと見せてよ!」


うそ、と2回も言って、ひったくるように、俺がジルボアから貰った紹介状を手に取る。

紹介状は筒状になっていて外からは文面が見えないようになっているが、文書の封蝋の模様で差出人はわかるようになっているし、文書を結ぶリボンに相手の名前が書かれている。


アンヌは、それを手に取り、ひっくり返したり透かしたりしていたが、やがて静かに俺の手に文書を戻した。


「本物ね・・・」そう言って、椅子に座り込んで何かを猛烈に考え込み始めた。

何だろう、この女が考える様子からは、計算しているというより、打算を働かせている気配しかしない。


「よし!わたしに任せなさい!」と、手を叩いて、アンヌは満面の笑みで立ち上がった。


「なんでよ!あんたに、枢機卿様の相手ができるっていうの?」


サラが珍しく、アンヌに声をあげる。だが、上機嫌のアンヌは、まるで堪えないようだった。


「任せて!伊達に、お貴族様宅に突撃訪問して、劇団のスポンサー料を踏んだくってないわよ!貴族宅への訪問手配なら大の得意なんだから!それに、今回は、ちゃんとした紹介状があるのよ!これなら簡単よ!」


「お前、なんかすごい乗り気だな。何か、条件でもあるのか?給料を上げて欲しいとか?」


「お給料はいいのよ!それより、枢機卿様のところには、あたしも一緒に行くのが条件よ!」


「まあ、別にいいが・・・」


アンヌの思惑はわかる。わかりすぎるほどだ。

枢機卿と言えば、伯爵クラスの財産持ちだ。周辺の聖職者や貴族達も、それに劣らぬ財産持ちばかりだろう。そいつらと顔を繋ぎ、次の劇団スポンサーを獲得しよう、というのだろうが。

これだけ表情と態度に打算が溢れているれば、俺でもわかる。


まあ、実際は財産(かね)持ちの貴族どころか、実務の担当者に会うだけのことになるだろうが・・・。

サラが何か言いかけるのを、視線で合図を送ってとめる。

せっかく上がったアンヌのやる気を下げる必要はない。


彼女が張り切るようなので、枢機卿の場所を探るのと日程調整は、アンヌに任せることにした。

当日連れて行ったときに、何か言うかもしれないが、それは俺のせいではない。


「さあ!頑張るわよ!」そう言って、アンヌは長いスカートを両手でつまんで、速足で事務所を出て行った。


俺とサラは、その後ろ姿を、生温かい目で見送ったのだった。

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