第125話 地味な革新こそ真の革新

さて、と。ケンジは無意識に肩を回した。


ここまで大層な理屈を並べてたわけだが、そこまでなら学者だってできる。

自分の本領はここからだ。


戦略は単純明快、戦術は精緻に、運用は単純に。が、俺のモットーである。


現場で使われない理屈は、幾ら高尚でも価値がない。

運用が複雑だと、誰にも使われない。最初は使われていたとしても、段々と無視される。

前の世界で、掛け声倒れの経営改革を何度見たことか。

今は、冒険者達の命がかかっている。失敗はさせない。


いろいろと考えた末に、俺は大きな地図を用意した。

測量をしている人間などいないから、ザックリとした概略図だ。

そこに、1から5までの数字が、区域をわけて書きこまれている。

それが土地の価値を示す数字であることは、俺しか知らない。

ひょっとすると、貴族出身の文官は気がつくかもしれないが、これは窓口担当者用に用意したものだ。


窓口担当者が依頼を受けつけると、そのままは貼りださずに依頼を点数化する作業をする。

報酬が標準より多ければ+1、貴族など有力者からの依頼なら+1、それに加えて地図を見て+1から+5まで点数をつける。そうして点数の高い順、日付の順に依頼を処理していく。


それだけである。


地図は大きなものを担当者の後ろに貼りだしており、依頼の地理を確認して、場所に応じた点数をつける。

4点の土地か2点の土地か、どちらからわからない場所の依頼なら、3点とつけても良いという緩い運用だ。

もともと、正確な地図などないのだから、拘っても運用の邪魔になる。

現段階では、担当者が自然に手を動かせるようになることが重要だ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


そうして1週間ほど仕事の合間に見守っていると、窓口担当者は俺と賄賂や仕事を通じて良い関係を築いていたこともあり、スムーズに仕事が運ぶようになった。

依頼の順位付けシステムは、そこそこ好評なようだ。


明確な基準があることは、これまでの有力者や大商人などの横車で依頼を無理に通されるよりも、よほどに楽、だという。

「規則でそうなっております」というやつだ。言われる方にすると頭にくるが、組織の運用を整理するには現場が楽で、業務効率のあがる規則を定めていくことが必要になる。

人情のある運用、というものは、地位と権力がモノをいうこの世界では、強いもののやりたい放題を意味する。

それを保護してくれる規則、というものに現場は概ね歓迎ムードのようで、俺はホッとした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


そうして、窓口担当者の業務を見守りつつ、よしよし、俺の仕掛けは意図が気づかれずにうまくいっているな、と心中でほくそ笑んでいたとき、横にいた二重顎のウルバノが言った。


「ケンジよ、なんか地味だのう」


「!!」


意図を気づかれないよう、説明を最小限に、現場の運用を単純にして、ほとんどトラブルなく業務が運んでいるのを見て、こいつは退屈に感じたらしい。


そもそも仕事ってのは地味なものであるし、本当に革新的なことは目立たず自然に行われるからこそ革新的なのだが、それがわからんとは!


俺は、目の前の二重顎を引っ張って伸ばしてやろうか、という衝動に駆られたが、目に見える成果がわかりにくい、というのは確かに問題だろう、と思い直した。


成果があがっていない、とウルバノが攻撃されると奴の政治力が衰える。

ウルバノの政治力が衰えることは、冒険者の命を軽く見ている連中の勢力が増す、ということだ。それはうまくない。


そういうことなら、一つ、わかりやすく成果をあげてやろう。


俺は前から考えていた、冒険者ギルドの業績をあげるもう一つの方式を、実行することにした。

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