第123話 ギルドの景色
「ねえケンジ、これでいいのかなあ?」
「予定通りだな。ちょっとうまく行きすぎてる感じはあるが」
冒険者ギルドからの帰り道、職員のウルバノに満面の笑みで見送られ、俺とサラは工房への道を歩いていた。
護衛のキリクは、少し後ろから続く。最近は剣牙の兵団の身内だと思われているので、ちょっかいをかけて来る人間もほとんどおらず、暇そうにしている。
たしかに、冒険者ギルドでのウルバノの態度は奇妙だった。
以前の、薄ボンヤリとした表情なく、精力的で自信に満ち、声に張りもあった。
心なしか、あの二重顎もスッキリしてきた気がする。
「ようやく、冒険者ギルドと信頼関係が結べるようになってきたわけだ」
「まあ、それはそうだけどさあ・・・なんか納得いかない!」
サラが口を尖らせる。
「何が納得いかないんだ?」
「だって、あの報告書を書いてるのケンジじゃない!お金を出して調査したのはケンジだし、人に聞いて回ったのは私だし!あの二重顎のウルバノって奴、何もしてないじゃない!なんであいつが全部やったことになってんの!おかしいじゃない!」
俺は苦笑いして答える。
「それはいいんだよ。俺が欲しいのは、結果だ。俺の名前で出しても、何も変わらない。ウルバノの名前で出せば冒険者ギルドと俺の関係は良くなり、国の冒険者ギルド事情に新しい基準を持ち込めて、長い目で見て冒険者の処遇は良くなるかもしれない」
「でも、それで冒険者の待遇が良くなるのって、すごく先の話でしょ?」
俺はニヤリと笑う。
「そこで、短期で冒険者事業が改善する方法を、俺が切れ者の文官様に教えて差し上げるのさ。今のアイツなら、嬉々として自分の手柄として報告をあげるだろう?」
「それで、その報告書を書くのもケンジなのね?」
「そうさ。別に問題ないだろ?そうして王国中の冒険者ギルドに、冒険者の駆け出し連中に役立つ方法が行き渡るんだ。それを思えば、報告書を代わりに書くぐらい小さな投資じゃないか」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
守護の靴の事業はようやく軌道に乗り、現在は高級靴限定ではあるが、一流クランだけでなく戦いを生業とする者たちに行き渡りつつある。他の街への輸出も伸びている。
剣牙の兵団の後ろ盾もあり、ちょっかいを出して来た貴族を逆に叩きのめしたという噂も手伝って、手を出してくる人間もいない。
金銭のことだけを考えるなら、全ては順調、このまま事業を売り払って引退してもいいぐらいだ。
だが、元々は、俺はこの靴を駆け出し冒険者の連中の冒険の成功率と生存率をあげるために企画したのだ。
いろいろと事情があって、事業は自分だけのものではなくなってしまったが、初志は忘れていない。
俺が冒険者のための靴を作っても、それが駆け出し冒険者に届かなければ意味はない。
そして、駆け出し冒険者と最も多くのコンタクトを持っているのは、やはり冒険者ギルドである。
冒険者ギルドとの関係を改善することで、今は高価な守護の靴を、駆け出し冒険者に安価に提供する手段を考えなければならない。
冒険者ギルドの報告書を代わりに作成するのには金も手間もかかっているが、それ以上に貴重なものを俺にもたらしている。
それは、冒険者に関する様々な統計情報だ。
現在、冒険者何人が活動しているのか。1年以上のキャリアを持つ冒険者は何人いるのか。1件あたりの報酬はどの程度か。1人あたりの報酬は。1パーティーあたりの報酬は。平均の依頼達成率は。等々。
冒険者ギルドの内側に食いこまなければ、決して手に入らない内部情報だ。
最初の報告書を作成した時は、ウルバノも非協力的というか無関心だったので、仕方なく賄賂を贈って窓口担当者から情報を仕入れていたが、今は報告書作成はギルド内でも重要と認められた仕事となったので、担当者も協力して情報を出してくれるようになっている。
他の文官も、ウルバノが報告書の作成で手柄を挙げたのが妬ましいのか、俺がしている情報の聞き取りや、書き方について耳をそばだて、意欲のあるものは質問をしてくる。
俺は、それに対しできるだけ親切に意図を説明し、書き方についてもアドバイスをするようにしている。
冒険者ギルドの文官や窓口担当者の意欲が高いのは良いことだし、文官たちのスキルが底上げされて良い意味で出世競争が激しくなって欲しい。
そうやって、冒険者ギルドの職員達に、何か困ったことがあったり、出世するためにスキルアップしたいならケンジに聞け、という風潮を作る。
その俺の試みは、これ以上なくうまく行っているように見えた。
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