第113話 冒険者は歌をきいて

若者よ 冒険にいでよ


暗黒の森を切り開き、力で世界を切り取るのだ


鍬を持つ腕に剣を持ち、麦を踏む足で世界を踏みしめる


雄々しく戦い 世界に名を残すのだ


若者よ 冒険にいでよ


俺がまだ冒険者として剣を振るっていた頃、同じ剣士をしていた男が、焚火を囲むときに、よく歌っていた。

歌の中で、繰り返される歌詞が、今でも耳に残っている。


農村には収穫祭の時期に吟遊詩人がやってきて、冒険を称える歌を歌うのだという。

収穫の後には、長く厳しい冬が来る。徴税が終わると、その年の収穫で養える人数がハッキリする。

豊作ならばいい。だが、不作になれば養えない人数がハッキリするということだ。

そうして、誰かが村から出ていかないと、家族の誰かが飢え死にする。


飢えは全員に訪れるが、死の訪れには順番がある。

まず、老人が死ぬ。次に赤ん坊が死ぬ。子供が死ぬ。女が死んで、男が死ぬ。


そうならないために、男は街へ出る。冒険者になって、農村での生活に別れを告げて。


冒険者を称える歌は、そんな若者たちの心を支える、ささやかな柱だ。


家族たちも、彼らのほとんどが帰らないことを知っている。

だが、自分達のために、ただ犠牲になったと思えるほど、人は強くない。

せめて勇ましく戦い、名を残すために奮闘する充実した生を願う。


冒険者を称える歌には、若者たちを送り出す家族の願いも込められている。


そうして若者たちは、冒険者になるべく街に出て来る。


街に出てきて、文字が読めないので依頼が読めずに先輩冒険者に騙されたり、ようやっとこなせた依頼も金勘定ができないので商人に足元を見られて赤字になって装備を整えることができなかったり、無理をした依頼でサンダルで岩場のゴツゴツした洞窟に踏み込んで足を痛めたり、泥だらけの山道でゴブリンと戦っている際に足を取られたり、本当につまらない理由で怪我をし、病気になり、不具になったり、死んでいく。


怖ろしいことだ。感情的にも許せないし、社会的にも大変な消耗だ。


だが、もっと怖ろしいことに、今、俺の前に座っている二重顎の冒険者ギルドの管理職達は、それが問題だとは、そもそも思っていないようなのだ。


俺とサラが、駆け出し冒険者の現状について、簡単に説明したのだが、奴らはきょとん、とした顔で困惑していた。


まるで食事のときに「あなたの食べてるお肉は、元は動物なのにかわいそうじゃないの?」と聞かれたときのような、こいつは何を言っているのだろう、という顔をしたのだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


俺は、冒険者をしていた頃は、ギルドの管理職層と接触をしたことがなかったから、今回の訪問に際しては、相手の能力や関心に応じて幾つかの営業シナリオを考えていた。


その中には、ジルボア並に有能な官吏が出て来る場合(ケース)や、グールジンのように私欲が強く暴力的なタイプが出て来る場合(ケース)、ロロのような曲者が出て来る場合(ケース)まで想定していた。


彼らは方向性の違いはあっても、基本的に有能だった。

だから、先方の意図を察することはできたし、こちらの意図も伝わった。

利益の配分を巡って駆け引きもできた。


だが、こいつらはダメだ。話にならない。


俺は、挨拶のついでに、二言三言、冒険者ギルドの管理職達と会話して、確信した。


一応、表向きの理由は剣牙の兵団の人員補充の参考にするため、となっている。

有能な人員が確保できれば、謝礼も払うと言ってある。


それなのに、事前にリストも用意されていなければ、ろくな返答も帰ってこない。

何か窓口の人間に言いつけているようであるが、彼らも経験が浅いようでアリバイのように何もない名簿をひっくり返すばかりだ。


話のついでに、本当の関心事である駆け出し冒険者の現状について話を振ってみたときの反応が、冒頭のとおりである。問題意識そのものがない。


あまりにも予想外の反応だったので、他にも、幾つか質問をしてみた。


「駆け出し冒険者の現状は、想像以上に厳しいようですね」


「そうですな」


「現在、ギルドでは冒険者の人数や怪我などを数えていますか?」


「いえ」


「人数の記録は取られていますよね」


「ええ、まあ」


「それを数えたりはされていますか」


「あの手の連中は、出入りも激しいですからな。とくに何も」


一時が万事、この調子である。

俺達に用心してサボタージュしている、というのなら、まだいい。


彼らに、そんな意図はない。単に、面倒くさいから働いていないのだ。

俺の横では、サラが怒りのあまり顔が赤くなり、膝に置いた拳が強く握りしめられている。


俺はサラが爆発する前に、一旦、冒険者ギルドを辞去することにした。

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