第94話 用途と意図

「・・・どうも、イマイチ用途がわからんな」


俺は、最近の貴族向けに納品される靴の設計図を見つつ悩んでいた。


「なんじゃ、何か不満なのか」


と、ゴルゴゴが腕を組んで唸っている俺を見て言う。


別にゴルゴゴの腕に不満なわけではない。

ゴルゴゴは、注文の設計図通りに、守護の靴を作り、カスタマイズしてくれている。


ただ、靴についているヒラヒラの革リボンや無意味な銀製の飾り金具、踵の後ろにつけられた尖った出っ張りなどの意図や用途が理解できないことが不満なのだ。


基本的に、貴族からの注文は説明などない。

従者が来て、設計図を渡す。それを押戴いて設計図の通りに作る。違ったら作り直す。

かかった費用に利益を上乗せして請求する。それだけである。

手間はかかるが、利潤は大きい。その点については不満はない。

ただ、情報が降りてこない状況に危機感を持つのだ。


ゴルゴゴは職人肌なので、あまり不満はないようだ。

言われたことを言われたように作る。その中で工夫する。

それが奴の信条だし、強みでもあるので俺も要求するつもりはない。


むしろ、情報を取ってくるのは俺の仕事だ。

とは言え、上流階級への伝手は少ない。とりあえず先日購入した商人風の格好をしてクワン工房の営業担当アノールに会いに行く。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「おはようございます。今日はどんな御用でしょうか」


相変わらずソツがない笑顔だ。おそらく、まともに聞いても答えてもらえないだろうから、職人に用がある振りをして、ついでの雑談に聞いてみる。


「ちょっと確認と打ち合わせがあってな。職人のガラハドはいるか?」


「生憎、ガラハドは出ておりまして・・・」


今日、ガラハドがいないのは、実は知っていた。事前に本人から聞いていたからだ。

今は、工具の注文に行っているハズだ。


「そうか。もしアノールが知っていたら教えて欲しいんだが・・・」


と話を持ち掛ける。アノールからしてみると、自分の工房の失態に見えるので話に応じざるをえない。

小さな駆け引きだが、この種のやり取りをしないと、この男から情報を引き出すのは難しいのだ。


案の定、アノールからは「私でわかることならば」との返事がかえってきた。


俺は設計図を見せつつ、各種装飾品の意味や突起の持つ機能などについて聞いていく。


それらの情報を総合してわかったのは、今回注文されている靴は、上級貴族の夜会用ではなく、おそらくは下級貴族もしくは騎士の儀礼用ではないか、ということだった。


ヒラヒラで無駄な革は階級を表し、無駄に見える銀の飾り金具は儀礼用として意味があるらしい。

踵の突起は、とっさの乗馬用なのではないか、とのことだった。


貴族向け商品は、どうにも、ややこしい市場だな、と思わざるを得ない。

これが上級貴族になると、季節を表す飾りが、とか、領地の特徴を表す文様を、とか、紋章を意匠化して、等とお抱えの儀式官や紋章官が注文を山ほどつけてくるらしい。


アノールは、元貴族の出自を生かして、そのあたりの貴族の注文をうまく捌くことに長けた営業である、ということだ。

本人が胸を張って教えてくれた。


上級貴族になると、靴に機能性は求められない。求められるのは、社会的地位を表す象徴である。

夜会で流行りモノとしての面白さはあるのだろうが、一過性の現象だろう。

この需要に乗るのは危ないな、との思いを強くする。

利益が大きくても、貴族というのは飽きっぽいものだ。


やはり、守護の靴は、実用のための靴だ。外を歩き、戦う人間のために作りたい。

その意味で、下級貴族や騎士は、継続的な需要が見込める範囲内の潜在顧客と言っても良いだろう。


市場を標的(ターゲット)を定めるときに、これ以下の顧客は相手にしない、という下限のラインを引くことはよくあるが、これ以上の顧客は相手にしない、という上限のラインを引くことも、また重要なのだ。


下級貴族や騎士ならば、まだ現場の人間だ。小さな領地を持ってはいるが、城に籠ったままでは領地の監督も治安維持もままならない。馬に乗って領地の係争を仲裁して廻り、怪物を退治して治安を維持しなければならないだろう。


それ以上の階級になると、現場に出てくることがない。基本的に書類仕事が主になる。つまり、市場の上限ラインはそこになる。


注文票を出して来た貴族の領地の規模や、大商人の贈り物でも送り先の情報収集を強くする必要があるな、との思いを強くする。


情報の記録は作業だが、活用と管理には意図が必要だ。

今、山となっている注文票の精査を進めることで、継続的な顧客と一過性の顧客を分離できるかもしれない。

そうすれば、市場ドメイン毎の利益率なども正確に出せるだろう。


アノールに礼をして事務所に戻る俺の頭は、注文票の記憶を掘り起こすのに夢中になっていた。

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