第77話 大綱引き

「ルールについてだが、俺から提案がある。」


そう言って、懐から黄金の靴型飾りを10個、取り出した。


「なんでえ、これは?」


グールジンが怪訝そうに問う。


「これは、靴の権利だ。1つが100足。1つ1つに1から10まで番号がふってある。まず、最初の100足はジルボア、あんたの権利だ」


そう言って、ジルボアに1の番号がついた靴型の飾りを渡す。


「残りは900足ある。この権利を、俺達で分ける」


早速、主張しようとする2人向かって言う。


「ただし!俺は靴を作る職人達に給与を払うし、材料の仕入れや工房の維持に金がかかる。1足につき、大銅貨3枚を要求する」


これは、ジルボアにも話を通してあることだ。ジルボアは頷いた。

グールジンには意外だったようで、大声で吠えたてた。


「大銅貨3枚だと!おいおい高すぎやしねえか?」


「お前は銀貨2枚で売る算段があるんじゃないのか?」


俺は先にグールジンが言ったセリフを繰り返す。


ぐっ、とグールジンは黙る。ジルボアが納得している以上、それより上の主張は難しいのだろう。

一応、原始的ではあるが抑止力(ガバナンス)は機能している。

狙い通りだ。


「もう1つ!俺は利益を公平に配分するために、俺が権利を持つ靴販売については、売値と相手を靴の権利を持つ者たちに公開する」


これについては、二人とも驚いた顔をした。

この世界では、基本的にどちらも秘密の情報だからだ。客先は地縁(コネ)の力で自分達一族のために隠し続けるものだし、売値は商売人の秘密だ。普通は、殺されても公開するものではない。


だが、売価と取引相手の公開とともに、俺が言った「靴の権利を持つ者たちに」という言葉に、二人は気がついたようだった。


「権利を持つ者たち?俺達以外にいるってのか?」


「そうだ。どういうつもりだ、ケンジ」


2人は気色ばむ。2人とも街では強力な組織のリーダーだ。

それでも事業のために、敢えて同じ席についてやっているのだ。


それなのに、今さらにチームを割るような俺の言葉。


2人には、俺のような一般人に虚仮にされるような真似は許されないだろう。

だが、俺もここで引くわけにはいかなかった。


「俺は、この事業を成功させたいし、継続させたい。だから、靴を販売する権利を2人に譲るのは構わない。

 だが、剣牙の兵団はどうやって靴を売る?自分たちの使用市場の靴を抱えても仕方ないだろう。グールジンは捌ける以上の靴を抱えてどうするんだ?そこまで資金の余裕があるのか?

 グールジンが売った価格を、剣牙の兵団は信用できるのか?調べられる奴はいるのか?」


精一杯の気迫を籠めて訴える。


「俺は、靴を作る。剣牙の兵団は事業を守る。グールジンは靴を売る。売った金額は俺が精査して公平に分ける。権利は、100足ずつ更新する。もし義務を違えたら、権利は余所に売る」


「もし、お前が約束を守らなかったら?」


ジルボアが言う。理屈上は、それも起こり得る。

相変わらず、ジルボア本質を飲み込むのが早い。仕組(ルール)みというものがよくわかってる。


「その時は、お前が俺を斬るだろう。グールジンなら、俺を潰すのも簡単な筈だ」


「なるほど。確かに、適正な利益の配分に、ケンジは必要なようだ」


とジルボアは言う。


「ちっ・・・。お前を攫って吐かせりゃ面倒はないが、ジルボアが邪魔するわけだな」


まあ、街間商人は乱暴者揃いだし、それぐらいやるよな。

それに実際、この中で商売上の立場が一番弱いのはグールジンなのだ。

上流は俺が抑えている。そして、俺を抑えようとするとジルボアが邪魔をする。


「ああ。ついでに、それを企んだことがわかったら権利はお前から余所の街間商人に移る」


そして、強気の交渉をしようとすると、取引相手を代えるという。

大きな利益が見えているだけに、グールジンは歯がゆいに違いない。


「くそっ、よく考えたじゃねーか、小僧」


おっさんに小僧呼ばわりされる年でもないが、肩書が軽いのは事実だ。


「靴の帳簿は、きちんとつけてくれよ。ジルボアも見るからな」


俺がしれっと付け加えると、グールジンは嫌な顔をした。


こうして、俺達の「冒険者靴製造販売チーム」は、よたよたと船出することになった。

船長は一般人、乗組員は素人ばかり。だが、製品だけはピカイチ。


前途は悠々としているのか、それともあっさり嵐で沈むのか。

何とも不安な出だしであった。

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