第63話 1人ではやりきれない

冒険者用の靴を販売する事業のチームを結成する。


そのチーム決定の肝は抑止力(ガバナンス)だと考えると、スッキリする。

これはベンチャー企業の株主構成をどうするか、という問題と同じだ。


この世界に株はない。ギルドに親方株的なものがあるかもしれないが、

俺は見たこともないし、商法のない世界では法的な裏付けがない。


だが、俺には冒険者用の靴の製造技術と、それをどこに優先的に卸すかを

決める権利(じゆう)がある。


所謂(いわゆる)優先的販売権だ。


あなたのところに、最初に1000足卸(おろ)しますよ、という約束だ。

受け取った相手は、それを手元で使ってもいいし、転売してもいい。


転売が面倒だ、という理由で販売を委託されれば、それは事業利益の配分と

同じ意味になる。


現代世界風に言うと、株主優待で靴が貰(もら)えて、お金も配当されるという

状態を作り出すことができる。


この権利を上手くコントロールすることで、株のような働きを持たせることが

できるのではないか。


将来的には、優先販売権を純粋な株式に転嫁できるかもしれない。

すると転換社債のハシリとして歴史に名を残すことになるのだろうか?


つまり、剣牙の兵団は、言ってみれば主要株主だ。

ただ、彼らの影響力が強くなりすぎないよう、権利をバランスよく配布する。


それにより、事業への干渉を排除しつつ、安全に事業を軌道に乗せることが

できるかもしれない。


よし、行ける!と思ったが、俺はすぐに頭を抱え込むことになった。


なぜなら、少し実務を数えただけで考えるべきことが無数にあり、

しかも参考事例や相談する相手もいないのだ。


とりあえず、思いつくところを挙げてみよう。


株主構成をバランスよく保つために、街の政治的状況を考えて株主候補選ぶ。

・・・街の政治状況ってなんだ?貴族の名前も知らんぞ。


配布するための株式の総数を算出する。

・・・これは、靴の製造数から逆算できそうだ。


事業利益を圧迫しすぎないよう配当率を調整

・・・ただの計算問題だから、これはできる。


妙な株主が介入しないよう譲渡制限をかける。

・・・多分、できる。


株式を手放す際の手続きを決定する。

・・・多分、できる。穴がありそうで怖い。


つまり、株式関連の手続きと法規を1人で考えろってことじゃねーか!!


できるのか?


しかも、これを脳筋の戦士達、強欲な商人、頑固な職人、名も知らぬ貴族に

納得させないといけない。


半分の連中は字も数字も読めず、半分の連中は冒険者なぞ屁と思っていない。


とびきりの難題だ。


だが、この問題を避けて通ると、この事業が死んでしまうという確信があった。

その時には、たぶん、俺も物理的に死んでいる。


眉間の皺(しわ)を深くして、腕組みをしたまま唸り続ける俺の正面には

帳面の数字を、同じように眉間に皺を寄せて、むーん、と睨んでいるサラがいて

その絵面(えづら)に、ふと、笑ってしまった。 


悩んでも仕方ないが、考え続ければ、なんとかなる。

とりあえず、2人でエールを頼み、飲んでから寝た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る