第5話 私の叔父さんは王様でした!

 異世界エリュセード到着一日目、驚愕の事実が判明した。

 私の大好きな心優しいお父さんは……、


 元・王族様でした!!(ドーン!)


 ついでに、お父さんの弟さんにあたるレイフィード叔父さんは、


 現役・国王様でした!!(ドドーン!!)


 異世界人と地球人の間に生まれたハーフと告げられた時と同じように、どうして次々と衝撃の事実が発覚していくのでしょうか?

 言葉を交わす麗しき王族兄弟の姿を眺めながら、徐々に戻ってくる私の意識。

 あぁ、現実逃避から還ってきても、やっぱり目の前の光景は現実だった。


「兄上がお帰りになると知らせを頂いてから、もう居ても立ってもいられなくて、この数日、出迎えの準備に大慌てでしたよ~!!」


「そ、そうか。それは済まなかったね。私達が帰ってくる事で、お前達に負担があるかと思ったのだが」


「負担なんてあるわけありませんとも!! 兄上一家がこの王宮に帰ってくる!! しかも、前みたいに数日の滞在ではなく、これからずっと……、ずーっと、一緒に暮らせると思ったら、もう、頬が緩んで緩んで……ふふふっ」


 登場時から変わらず、お父さんと話をしている実の叔父のテンションは高い。

 国王様って……、こう、渋い感じの、貫禄のあるおじいちゃんとかを想像していたのだけど、こういう個性的な王様もいるんだなぁ。

 飽きずに見ていられそうなテンションの高さに、私は表情を和ませる。

 すると、私の隣にいたお母さんが、レイフィード叔父さんの前に出た。


「相変わらず、ユーディスの事が大好きなのね、レイちゃんは」


「あぁっ、お帰り~!! 勿論、ナーちゃんの事も大好きだよ~!!」


「ふふ、有難う」


 お父さんに対してだけでなく、お母さんに対しても嬉しそうに笑顔を向け、抱擁を交わすレイフィード叔父さん。ナーちゃんというのは、お母さんの本名、夏葉(なつは)から付けた愛称なのだろう。


「あぁ、本当に何年ぶりかな~!! ユーディス兄上はたまに来てくれるけど、ナーちゃんはご無沙汰だったもんね~。元気にしていたかい?」


「ええ、レイちゃんも変わりなさそうで安心したわ」


 笑い合う二人の間には、友人関係のような親しさが垣間見えている。

 外国では、頬へのキスや抱擁は当たり前だけど、どうやらこの異世界でもそれは同じようだ。

 お父さんの弟、ウォルヴァンシア王国の王様。レイフィード叔父さん……。

 多分、私の中に封じられているという記憶の中には、この人との想い出もあるのだろう。

 でも、私にはそれを思い出す事が出来ない。私だけ、何も、覚えていない。

 少しだけ寂しさを感じながらも、私は目の前に現れた実の叔父に挨拶をしようと、一歩前に出た。

 ――すると。


「ユキちゃん!! ユキちゃんだよね!?」


 お母さんから外したその視線が、ついに私の姿を捉えた。

 レイフィード叔父さんの全身から、さらにぶわりと満開の花が咲き誇ったかのように、喜びのオーラが何倍にも膨れ上がった、ような気がする。

 

「きゃああっ!!」


 さらに驚いたのは、傍へと歩み寄ったレイフィード叔父さんが、子供を相手にするかのように両脇へと力強い温もりを差し入れ、軽々と私の身体を持ち上げた事だ。

 まるで、子供を高いたか~い、するかのような状況。

 

(えぇえええええええ!? こ、これは……!!)


 小柄な方ではあっても、私は成人した一人の女性だ。

 それを軽々と抱き上げ、嬉しそうにくるくるとその場で回り続ける実の叔父。

 その力の強さにも吃驚だけど、それよりも重要な問題がひとつある。

 子供でもないのに、この扱いはちょっと……、いや、かなり恥ずかしい!!


「あ、あのっ、れ、レイフィード叔父さんっ!! お、下ろしてくださっ、きゃあ!!」


 お願いだから今すぐに下ろしてほしい!!

 そう真っ赤にながら訴えると、レイフィード叔父さんが一瞬だけ私から手を離し、今度はお姫様抱っこの体勢で私を受け止めてしまった。

 さ、さっきのよりは、まぁ、マシ……、かもしれないけれど、美形の叔父さんにお姫様抱っこをされながら微笑まれている今の状況は、また別の意味で心臓に悪い。


「久しぶりだね、僕の可愛いユキちゃん。君は覚えていないだろうけれど……、ずっと会いたかったよ」


「れ、レイフィード叔父さん……」


 酷く懐かしそうに両目を細めながら微笑んだレイフィード叔父さんが、ちゅっと小さな音を立てて私の額にキスを落としてきた。

 柔らかな感触と温もりに、びくりと私の身体が震える。主に、恥ずかしさのせいでっ。


(家族に対する愛情が深い人なんだろうなぁ……。でも、やっぱり恥ずかしいっ!!)


 相手は自分の叔父さんだとわかっていても、その優しげな眼差しには、不覚にも胸がときめいてしまう。お父さんも町内、どころか、町を歩けばスカウトされてしまうくらいの綺麗な人だけど、まさか実の叔父まで見惚れる程の美しさを抱いているとは……。

 遺伝子上有り得る事とはいえ、レイフィード叔父さんのスキンシップの乱舞には戸惑ってしまう。

 頬の熱を強め、ぷるぷると震えながら恥ずかしがっていると、レイフィード叔父さんがその頬を私の頭に撫で付けてきた。


「ははっ、可愛いな~。赤くなっちゃった! 次は頬に親愛のキスをしてもいいかな~?」


「え、えっ、ちょっ!!」


 楽しげな声音と次にキスされる場所を告げられた私は、これ以上されてしまったら心臓が止まってしまう!! と、激しく暴れ出した。

 けれど、レイフィード叔父さんの腕の中から出る事は中々出来ず、お父さんに助けを求めようとした、――その時。


「「陛下ー!!」」


 回廊の方から、今度は若い男女の声が重なって聞こえてきた。

 駆け足で近付いてくる、二つの影。一人は、陽光に照らされて、緩やかに波打つ金の髪の女性。

もう一人は、それと背中合わせのような、静かな月を思わせる銀の髪を纏う男性。

 二十代前半程、だろうか……。私よりも年上と思われるその男女は、白衣を風に靡かせながらこちらへと近付いてくる。


「陛下、急に玉座の間を飛び出して行かれたので驚きました。こちらにいらっしゃったのですね」


 レイフィード叔父さんの前で立ち止まると、金の髪に深緑の双眸を備えた美しい女性が、困ったように苦笑しながら一礼した。

 その少し後ろでは、理知的で、やはりこちらもとても麗しい美形顔の眼鏡をかけた男性が同じように一礼し、軽く溜息をひとつ。

 白衣を着ている、という事は……、お医者さん、か、研究職の人、かな?

 私はレイフィード叔父さんの腕の中に収まったまま、現れた二人の男女をまじまじと見つめた。


「ごめんね~。兄上達がこっちに転移してきたもんだったから、つい、ね」


「それは私達も把握しておりましたが、突然玉座の間を飛び出されたものですから、メイド達や騎士達が何事かと心配してしまっております」


「や~、ごめんごめん。次からは気を付けるよ~。それよりも!! セレスフィーナ、ルイヴェル、ごらん。ユキちゃんが帰って来たんだよ!!」


 ほらっ!! と、腕の中から下ろされ前に差し出されてしまった私は、美しい二人の男女とすぐ間近で向き合わされる形になった。

 正面から、同じ深緑の瞳が私へと向けられてくる……。

 

「ユキ姫様……っ」


 黄金色の髪に縁取られた綺麗なその顔に、女性が感極まったように涙を浮かべるのが見えた。

 多分、この人が、セレスフィーナさん……、で、いいのかな?

 出会ってすぐに泣かれるとは思わなくて、戸惑いながらも言葉を紡ごうとしていると、今度は銀髪の男性と視線が合った。


「……」


 小さく、音にならない声が漏れたような気がしたけれど、何かを堪えるようにその瞼がきつく閉じられ、銀髪の男性、ルイヴェルさんは私の前で膝を折った。

 その動きに倣い、セレスフィーナさんも同じように片膝を芝生の上に着けていく。

 まるで、身分の高い人にそうするように……、白衣の二人が私をその深緑の双眸で見上げてくる。


「我がウォルヴァンシア王国、王兄、ユーディス・ウォルヴァンシア殿下のご息女、王兄姫、ユキ・ウォルヴァンシア殿下。貴女様のご帰還を、我らフェリデロード姉弟、心よりお待ち申し上げておりました」


 厳かな凛とした響きをもったセレスフィーナさんの言葉を引き継ぎ、ルイヴェルさんもまた、同じように真剣な声音で私を王兄姫殿下と呼びながら言葉を紡ぐ。


「父、そして祖父からも、ユキ姫様のご帰還に際し、このウォルヴァンシアでの生活の助けになれるよう尽力せよと命を受けております。これより、いかなる時も、ユキ姫様のお力になれるよう添わせて頂く所存です」


 どうしよう、お二人とも、どこからどう見ても真剣そのものだ。

 一瞬言葉を忘れ、その様子に釘付けとなっていたけれど……、ちょっと待って!!

 我に返った私は、胸の前で両手を全力で左右に振りながら、美しい姉弟に頼み込んだ。


「あ、あの!! か、顔を上げてください!! というか、立ってください!! 私、そんな大層な存在じゃないんですから!! というか、ついさっきまで庶民でしたから!!」


 お父さんが元王族であろうと、叔父さんは国王様であろうと、私は一般市民!!

 地球の日本で生まれ育ってきた、庶民の中の庶民!!

 間違っても、こんな美麗姉弟に膝を着かれ、敬われるような立場ではない。

 むしろ、お願いですから普通にしてください、普通に!! 

 涙目になりながらそうお願いしていると、ようやくお二人は立ち上がってくれた。


「ほっ……、良かった」


 顔を見合わせた後、また私へと向けられるお二人の視線。

 何か言いたそうに見えたけれど、それよりも先に、私はぺこりと頭を下げた。


「ゆ、ユキ姫様……?」


「……」


 二人が注いでくる困惑気味の視線を感じながらも、一息に遅ればせながらの挨拶を口にする。


「初めまして!! 今日からお世話になります、幸希です!! 色々ご迷惑をおかけするかと思いますが、どうぞよろしくお願いします!!」


 もう少し落ち着いた挨拶にならないものか、自分でもそう思ったけれど、緊張気味のせいで若干、声が上擦ったような気がした。でも、ちゃんと最後まで言えた。

 今日から見知らぬこの異世界エリュセードで暮らしていかなくてはならない。

 それに際して、きっとレイフィード叔父さんを始めとした現地の皆さんには、多大なご迷惑をおかけしてしまう事だろう。

 言葉は通じるようだけど、文字や文化、生活習慣などなど、知っていくべき事は沢山ある。

 だから、最初が肝心! と、頑張って挨拶をしてみたのだけど……。

 顔を上げてみると、何故か、少しだけ複雑そうな顔をしているお二人の表情があった。

 私、何か悪い事でも……、言った、かな?

 その様子に微かな不安を覚えながら立ち尽くしていると、ルイヴェルさんが私の前に距離を詰めてきた。


「……ユキ姫様、初めまして。俺はルイヴェル・フェリデロードと申します……。何か困った事があれば、遠慮なさらずにご相談ください」


 すっと差し出されたルイヴェルさんの手に、私はそっと手を重ねてぎゅっと握手を交わした。

 大きくて硬い、だけど、とっても綺麗な……、頼もしい手。

 ぎゅっと、お互いの温もりを握り締めたけれど、ルイヴェルさんの手が中々離れない。

 

「あの……」


「……」


 さらに籠められた、ルイヴェルさんの手の力。

 痛い、わけではないけれど……、じーっと静かに注がれてくる視線が、なんだか気まずい。

 手を引っ込めようとしても上手くいかないし、なんだか、手の内側が汗ばんできたような……。

 私、どうしたらいいの? この人は何で、手を離してくれないの?

 完璧に困った状態に追い込まれていると、苦笑を零しながらセレスフィーナさんがルイヴェルさんに手を離すように促してくれた。

 名残惜しそうに……、ルイヴェルさんが手を離していく。


「申し訳ありません、ユキ姫様。貴女様は覚えておられないとは思いますが、私、セレスフィーナ・フェリデロードと弟はこのウォルヴァンシア王宮にて王宮医師を拝命しており、ユキ姫様が幼き頃に、交流を持たせて頂いておりました」


「そうだったんですか。すみません……、覚えてなくて」


「いえ、ユキ姫様のせいではありません。記憶を封じる儀式は、私共の父が行わせて頂きましたので」


「セレスフィーナさん達のお父さんが……」


「はい。私達姉弟も、その儀式では手伝いをさせて頂きました。生憎と、今は父が国を留守にしておりまして、すぐにユキ姫様の記憶を戻す事は出来ませんが、いずれ必ず」


にっこりと、慈愛に満ちた微笑みを浮かべているセレスフィーナさんに、「その時は、よろしくお願いします」と、私も同じように笑顔で返していると、状況を見守っていたレイフィード叔父さんが口を開いた。


「さーて、ユキちゃんへの再会の挨拶は終わったね! じゃあ、今度は叔父さんの番だ。ユキちゃん、一緒においで!!」


「え? きゃ、きゃああ!!」


 再びお姫様抱っこ仕様に抱き上げられた私は、猛ダッシュで回廊の方へと爆走し始めたレイフィード叔父さんに攫われることになってしまった。

 手を伸ばし、「お父さん! お母さん!!」と助けを求めたけれど、お母さんは手をひらひらと振って「行ってらっしゃ~い」と暢気に見送りのてい

 じゃあ、お父さんは!! と視線を向けると、苦笑を浮かべてやっぱり娘を見捨てる姿勢。

 セレスフィーナさんとルイヴェルさんもまた、そこから動く事はなかった。

 ただ、その時気になったのは……、ルイヴェルさんが一瞬の逃さないように私へと注いでくる、感情の読めない深緑の視線。

 何を言いたかったのか、何を内に隠しているのか、それを掴む事が出来ないまま、私はレイフィード叔父さんによって、別の場所へと運ばれて行く事になった。

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