13・王宮騎士団団長

「ルーン公殿下、ご機嫌麗しゅう」

 アランはにこにこと愛想笑いを浮かべながら言った。騎士団長の正装を纏っているが、武人と言う印象を持つのが難しい。アルフォンスがよく思わない、胸に一物秘め、それを隠しているつもりで見え透いている、世辞ばかりが上手い典型的な宮廷人の物腰とそっくり同じである。しかし勿論、そんな不快感を露わにする程にアルフォンスも世慣れていない訳はない。普段通りにそつのない笑みを浮かべて騎士団長に椅子を勧め、自分も対面に座った。

「昨夜は御職務でお疲れでしたろう」

 先程ウルミスから聞いた事が気に障っていたので、かれにしては珍しく嫌みを口にした。勿論、王宮騎士団の管轄内で大貴族が暗殺された警護の不備を皮肉ったのだ。王宮騎士団にはどうしようもなかった事と判ってはいるが、自分がエーリクの暗殺に関わっていたなどと邪推されれば、それくらいは言ってやりたいというものだ。それに、このように切り出したのは、さっさと本題に入る為でもあった。黙っておけばこの男は、まず世辞や他人の悪口から話に入り、無益な話を延々と聞かされる羽目になる事がしばしばなのである。予想通りアランは、鳶色の切れ長の目にやや怯んだようないろを浮かべ、

「はあ、何しろ非常に盛大で、人の出入りも多うございましたからな。見習いも含めた団員全員が寝ずの警戒を行っておりましたのですが……」

 と、歯切れが悪くなった。

「そうでしょう。全ての招待客から下働きの者たちまでを洩らさず把握するのは不可能に近い事でしょう」

 とアルフォンスが何食わぬ顔で言うと、騎士団長の顔は明るくなり、

「そうです。特に建物の外となると、尚更」

 と強調した。彼は、ウルミスによれば、アルフォンスがエーリク殺害に関与していると推理し、それを見逃す事でかれに恩を売ろうとしているらしい。その話をどのように切り出すか思案していた所、アルフォンスの方から暗にそれを持ちかけてきたのだ、と考えた様子に見えた。

「ふむ。宰相閣下から、わたしとグリンサム公が襲撃を受けた件を聞かれたんでしょう。それで事情聴取に来られた訳と」

「公爵殿下に対して事情聴取なんてとんでもありません。あのような怖ろしい目にお遭いになって、さぞご心痛であろうとお見舞いに参ったまでで」

 アルフォンスにとっては、庭園での出来事など、図書館で起こった事に比べれば恐怖という言葉にも値しない。

「わたしはどうという事はない……ただ、親友の死が辛く哀しいだけで」

 アルフォンスが、これは本心からそう呟くと、アランは顔を伏せ、

「誠に……まだお若く、誠実で優秀なお方であられたのに、グリンサム公殿下のご不在は、国王陛下にもヴェルサリアにも、大変な痛手でございます!」

 と額に指を当て、涙声で同意した。芝居がかった様子にアルフォンスはまた不愉快になる。この男にとって、エーリクの死など、自分の管理不行き届きが責任問題になっては、という心配以外の打撃は全くないのだという事くらい解っている。王宮騎士団の責任を問うつもりは全くなかったが、彼を前にしていると、それを言ってやりたい気持ちにさせられる。しかし、その事で争う姿勢を見せれば、細かく事情を聞かれる羽目に陥る危険が高いので、苛立ちを抑え、

「とにかく、わたしに見舞いなど必要ありません。話はさっさと済ませましょう……国賓を交えた午餐会が予定されているのでその支度をしなければならないのでね」

「おお、そうでしたな。昨夜のお召し物も目を見張るような立派なものでしたが、今日はまたどのような装いでいらっしゃるのか、全く、男ながらいつも目の保養をさせて頂いております」

 武人の言葉とも思えない追従に一層苛立ちは募るが、アランはこうした細かい気配りが相手を喜ばせると信じているらしい。

「それはどうも。とにかくわたしが言いたいのは、曲者が誰でどういう目的で襲ってきたのか、さっぱり見当もつかぬ、という事だけです。生かして捕らえられれば良かったのだが、目の前で自害されてしまったのは、全くわたしの不手際と言う他はない」

「不手際などとんでもない。ルーン公殿下がご無事だった事が、不幸中の一番の幸いでございます。飛び道具を使う敵を、礼装のまま一度は完全に打ち負かされたなど、殿下以外の者にはとても出来ない事でしたでしょう」

 ようやくアランは本題に入る糸口を掴んだようだった。アルフォンス以外に出来ない、という言葉は、曲者が元々かれの支配下にあったからだろうという憶測を、その表情が語っている。だがアルフォンスは全く気付かないふりをして、

「あれは大した使い手ではありませんでした。卑怯な不意打ちの一手でしか相手に傷を負わせられない程度の腕ならば、病み衰えていたエーリクはともかく、普通に騎士の称号を持つ者なら誰にでも倒せただろう」

 実際には曲者もそこまで弱かった訳ではなく、弓矢の腕も闇に気配を潜らせる術も大したものではあったが、アルフォンスはそうやって曲者を貶める事で自分とは一切無関係なのだという態を示す。しかし無論アランとて、すぐにアルフォンスが真実を打ち明けるとは思っていないので、そんな言葉には惑わされず、

「いいえ、普段から戦闘に慣れた我々騎士団とは違い、実戦などご経験なさる機会もない公爵殿下が咄嗟の時にそうそう対処しうるものではありますまい。ルーン公殿下だからこそのことと存じます」

 アランは、『ルーン公殿下だからこそ』という言葉にアルフォンスがどういう反応を示すか様子を窺っている。事前に襲撃を知っていたルーン公殿下だからこそ、という意味を含んだ言葉に。だがアルフォンスはそれよりも、『普段から戦闘に慣れた我々と違い』という台詞の方に失笑しそうになるのを堪えなければならなかった。ウルミスが言うのならば分かるが、アランでは……。彼も元々の武の素質は決して悪くはなく、副団長時代までは、その熱心な稽古の励みようは前団長や国王のみならず、アルフォンスの目にもとまっていた。だが、その努力は全て、現在の地位を手に入れる為のものに過ぎず、団長に就任した途端、アランは碌に鍛錬場にも行かず、部下の面倒を見る事にも積極的ではないと、以前からウルミスに聞いていた。本来ならその地位を得たからこそ尚更、王国の盾として一層励まねばならぬ筈であるのに、それまで剣の稽古に費やしていた力を彼は宮廷で人脈を築く事に使い始めたのだ。

『やつは出来るならば私を追い落として、自分が金獅子の頭になりたいと望んでいるんだ』

 以前に、少し酔ったウルミスが愚痴混じりにそうこぼしていたのを思い出す。そう思うと、笑い事でもなかった。

「エーリクを守らねば、という思いから、本当に咄嗟に身体が動いた……だが結局、彼を守りきれなかった。結局、わたしもたいした腕前でもなかった、という事だな」

 自嘲気味に言い、

「とにかく、これ以上わたしには提供できる話はない。曲者がアルマヴィラ人の身体的特徴を持っていたと言っても、わたしの一行の者ではないと、荷運びの者まで含めて、断言できます。しかし、一行の者でなくとも、わたしの知らぬところでこっそり紛れて入り込んでいたかどうかまでは証明出来ない。だから、そのように宰相閣下に報告されても、わたしとしてはそれは違うとは言えない。そういう事でよろしいか」

 そう締めくくって、かれは席を立とうとした。これ以上話すのが不愉快なのもあるし、本当に午餐会の時間が迫っているということもある。アランは驚いて腰を浮かし、

「お待ち下さい!」

 と請うた。アルフォンスにしてみれば、今の話は最大の譲歩である。本当は、曲者など紛れ込んでいなかった、として争う事も出来るのだが、アランと争って敵に回すのも面倒と思ったのだ。ウルミスと敵対している気に入らない相手とは言っても、このように出世に執着する相手とはなるべく穏便に、距離を置いて付き合っていった方がいい、と、これまでの経験からアルフォンスもよく知っている。

「まだ、なにか?」

「その……そういう風な報告でよろしいのですか?」

 アランとしては、アルフォンスがやっきになって『曲者と自分は関係ない』と主張し、そこで自分が、『そうでしょうとも。では、私がこのように宰相閣下にご報告しておきましょう』と提案し、更に、自分はもっと先まで知っているのだと揺さぶりをかけてそこでアルフォンスが動揺したならば、黒と断定して、弱みを握る、という筋書きを頭に描いていたのかも知れない。ウルミスが先に話しておいてくれて本当に良かった、とアルフォンスは思う。アランの推論はあまりに飛びすぎていて、そんな疑いを持たれているなどとすぐには気づけなかっただろう。

「それで構わないが、何故わざわざ? 小者が一人王宮に紛れ込んだ事で、宰相閣下がわたしを咎められるとご心配下さるのか?」

「いや、宰相閣下はそのような事は……」

「一応、昨夜付いて来ていた者達には、見慣れない人間がいなかったか調べをとるつもりでいます。その結果はまた報告させますが、恐らく何も出ないでしょう。そんなに易々と姿を見られるような迂闊な奴ならば、王宮の庭園深くまで忍び込むなど不可能でしょうからな。では、申し訳ないが急ぐのでこれで失礼する」

 そう言うと、ぽかんとしているアランを残し、アルフォンスはさっさと部屋を出た。扉の影にエクリティスが密やかに立っていた。

「おいおい、騎士団長ともあろう者が盗み聞きとは良くないな」

 アルフォンスは微笑してからかった。エクリティスには、常に己の目となり耳となれ、と言っているので、特に離れているように命じている時以外は、客との対話は彼に対して開かれたものと両者の間で認識されているからこその冗談だった。

「去れと仰らなかったので控えていただけです。盗み聞きなどと、人聞きの悪い……しかし、あれで納得されたでしょうか?」

「ああいう類いの人間は、自分の信じたい事にしか納得しないさ。だが宰相閣下が彼の言う事をいちいち真に受けられるとも思えない。放っておいていいだろう」

「そうですね……」

 エクリティスはアルフォンス程には楽観的にはなれなかった。いくら人間的に劣っていても、王国の騎士団長の中でナンバー2の立場にいる者に、悪事の片棒を担いだなどと思われていては、将来の禍根にならないだろうか、という不安が胸をよぎる。アルフォンスは自身があまりに公平な考え方をする人間である為に、偏った考えの人間を軽視する傾向がある。だが確かに、何の証拠も出せない以上、放っておくのが一番害のない事にも思えて、エクリティスは不安を消して主の後を追った。


「……折角足を運んだが、やはり大した話は聞けないか。まぁ、そう簡単にいく訳がないか」

 取り残された室内で、ひとりごちてアラン・リュームはゆっくりと立ち上がった。

「筋書き通りに行けばそれはそれで面白かったんだが、これも想定内……あの方はがっかりなさるかも知れないが」

 そう呟いた彼の鳶色の瞳からは、先程までの媚びは消え失せていた。

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