第88話 秋夜の下で その3





「アリシアさんは」

 宙を見上げながら、サーノスが唐突に問いかけてくる。

「この国の王にふさわしいのは、どちらだと思う? 先王・リカルド王が議会を通してまで正式に継承権を与えた、先々代の王エドガー王の娘―――姪のジェシカ王女か。それとも、先王・リカルド王の忘れ形見であり、本来なら本命中の本命―――先王の直系の男子という正統な血筋の、しかし未だ一歳にも満たない幼王子のリカルド二世か」

 アリシアは口を噤むしかなかった。

 それは、現在の王宮を二分してまで議論されながらも、いまだに着地点を見ない、しかし事態の早急なる収束が求められている、国王の後継者をめぐる争い。このアルマー王国の誰もが関心を寄せ、しかし迂闊には口に出せないせいで、もはや焦燥の限界にも来ている事柄でもある。

 報道規制や、かん口令等の情報統制で、表向きは何事もないかのように国民に取り繕ってはいるが、次期王位の座をめぐる一連の政争のせいで国の中枢部はズタズタであり、最早、国政の舵取りどころではなくなっている。政には疎い性分のアリシアだったが、それくらいは周囲の貴族の子息女達から流れてくる風聞を便りに、把握はしていた。これに加え、蛮族たちが再び国境を脅かそうとしているというのだから、まさに弱り目に祟り目である。

 自家、アークライト侯爵家は未だに、王女派、王子派のいずれの派閥にも属さず、中立の立場という名の、静観を貫いている。たとえ誰が国王となろうとも、護国のための剣となり盾となるというアークライト侯爵家の役割は変わらないからだ。そう、父は言う。「古くは王家の血筋を汲む高位の貴族にありながら、無関心が過ぎる」との批判もあると聞くが、どこ吹く風とまるで歯牙にもかけていない様子だ。

 何となく、父の胸の内は、アリシアには見えていた。

 ジェシカ王女が戴冠し王位に就くことは、先王が崩御した時点で、確定していた。本人が望もうと望むまいと。

 それなのに。

 エルザ先王妃の懐妊が発覚した際、ジェシカ王女の戴冠に強引に待ったをかけ、男子が生まれたら生まれたで、直系の男子という正統性を金科玉条に、既に陵墓に入り、口も利けない先王の「たられば」―――先王がもし生きていたなら―――までをも持ち出して王子の王位継承権を強引に主張してきた者達がいる。リカルド王の妻・エルザ先王妃の親族達をはじめとする貴族集団だ。王太子を産んだ王妃の一族―――つまり外戚としての座と権力を何としても手に入れたいと躍起になっているのは、誰の目にも明らかだった。この調子では、王妃から産まれたのが女児だったとしても、駄目で元々と、厚顔にも継承権を主張してきたかもしれない。王の遺言状や、いまわの際の議事録でもあれば話は違うのだが、先王・リカルド王、ひいてはアルマー王国の不運は、それすら遺すことが出来なかったということに尽きる。

 王室の「正統性」とやらを図々しくも標榜する彼らに、王家への畏敬や忠誠の心がどれだけあるというのか。父はそんな、臣民の分際を弁えない貴族達の態度に、怒りが心頭に来ているのだ。

「迂闊には言えない、か。やっぱり」

「ごめん。言えない、じゃなくて……わからない、だよ。最初は姫姉さま……ジェシカ王女様が、って話だったのに。そのあとに男の子が生まれて、それに『正当性』なんて言葉を持ち込まれたら、私じゃもう何も言えない。……でも、それならそれで、先王リカルド様の意思って、一体なんだったのって。何で一度決まったことを、それも、王族でもない人達が余計な茶々を入れてくるんだろうって。権力争いや政争って、人の醜いところがむき出しになってて、本当に嫌。物語の中だけでお腹いっぱいだよ」

 アリシアは俯く。実のところ「わからない」というのは半ば嘘だ。正確には「考えたくない」が正しかった。

「姫姉様……? あなたは、アルマー王国第一王女・ジェシカ王女殿下とも、旧知の仲なのかい?」

 サーノスは驚きを抑えながら聞く。

「旧知の仲っていうか……小さい頃、王都にお出かけしたときに、よく一緒に遊んだり、お話したりしてくれたんだよ。王女殿下は兄弟姉妹が居なかったから、私のことを、妹みたいに可愛がってくれた。その頃は父王のエドガー様も御存命だったし、いずれは男の子が生まれるだろうってみんなそう思っていたから、王位がどうとかなんて話になるとは、誰も思ってもみなかったんだよ。本人でさえね」

 雑草を指でいじりながら、アリシアが言う。

「なるほど……。姫姉様っていうのはそういう意味か。……となると、あなたはやはり王女殿下の方を……」

「ううん。そういうワケでもないよ。王様なんて、私だったら、絶対にやりたいとは思わない。あのリカルド様がお酒に頼らなきゃ、やってられないくらいだもの。どれだけ大変な仕事か、想像するだにぞっとするよ。でも、王族という名のもとにある以上、万が一の時には、やらなければならない。もし、その日が来たなら、陰ながら応援するつもりではいたけど、永遠にその日が来なければいいのにとも思ってた……こう言っちゃアレだけど、いい貧乏くじだよ。姫姉様は。王様なんて、やりたい人が選挙でも何でもやって、勝手にやればいいのにって、そう思うくらいだよ」

「でも、どこの馬の骨とも分からない者が王位につけば、今度は臣民を納得させることができない。王位につく人物にはやはり、『謂れ』や『神聖さ』がないといけないのも、事実だ。たとえば始祖の血筋や、中興の祖の血筋という、赫々たる偉業に基づく『神聖さ』だ」

「それなんだよね……」

 指でいじっていた雑草をちぎり、無造作に放り投げるアリシア。

 複雑だった。ジェシカ王女に、若き王、しかも女王の重責という苦しみを味わってほしくないという願いは大いにあった。だが、彼女以外の候補の肩を持つことが、彼女が王族として相応しくないと暗に言ってしまっているようで、これも抵抗があった。

 煮え切らないアリシア。サーノスはそれを見届けた後、毅然として言う。

「それでも、僕が思うに、今のアルマー王国の国王に相応しい人物は、他にいる」

 アリシアは察しがついた。なぜ彼がこの話題を持ち出し、ここまで展開してきたのか、その意図も。

「王子のお義兄さん……ルーイ=アルマー公爵家の嫡男、アスレイ様と。そう言いたいわけだね」

「ああ」

 サーノスは澱みなく肯定した。

「義兄アスレイはエドワード聖武王の腹違いの弟の家系であり、かつ同盟国である我が国ルテアニアの王族とも婚姻関係にある。その上、国家魔術騎士としての実力も才覚も持ち併せている。これ以上無い最高の候補だと、僕は思う」

「……王子の言いたいことは分かるよ。でも」

「ああ、あなたが言いたい事も僕はわかってる。ルーイ=アルマー公爵家が、アルマー王国国内において、どういう家柄であり、どのように扱われているかもね」

 一言でいうなら、500年を経た今でも許されず、かつての臣民達に陰で嘲られ爪弾きにされる、愚王の末孫―――。

 今より約500年前。ルーイ王は、エドワード聖武王の異母弟として生を受けた。だが、彼の母である側室の陰謀により、正室であったアークライト王妃(エリオット=アークライト伯爵の実妹。エーリックやアリシア達の直系の先祖にあたる)が讒言を受け国王の勘気を被り(国王の自作自演との説もある)、死を賜るという事件が起こる。この一連の政争により、アークライト王妃の嫡男であり王太子でもあったエドワード王子は廃嫡。彼にかわり、弟のルーイは王太子に担ぎ上げられ、国王が崩御ののちに、王位を継いだ。齢にして九歳。摂政でもある宰相一派の言いなりになるしかない、紛うことなき傀儡の王の誕生だった。

 その政権が聖武王に打倒された後、ルーイ王は諸侯の列に格下げされ(古い創作物によっては聖武王に殺害される、民衆に八つ裂きにされるという、史実を無視した結末も存在する。それだけ、当時の民衆の恨みが大きかったという証左でもある)―――悪逆非道の限りを尽くした宰相と一蓮托生となり、悪政の恨みつらみの巻き添えを食う形で、後世に、無能、愚王の悪名を残してしまった、悲運の王である。

「―――愚王の末孫の王など、誰も認めるわけがない。そう言いたいわけだろう?」

 アリシアは答えない。答えることができない。

「でも、そう思っているのって、ぶっちゃけた話、アルマー王国の人達だけなんじゃないかな」

「えっ?」

「結局は、聖武王=《イコール》正義で、ルーイ王=悪っていう、この上なくわかりやすく脚色された『神話』が史実だったと遍く国民に広がり過ぎて、最早覆りようのない事実と化してしまっている。ルーイ王の血筋に、代を重ねても消せない『穢れ』を付与せずにはいられない土壌が、すでに出来上がってしまっているんだよ。だから『現状』にすら目を向けられない」

「……王子たちルテアニア王国の人達にとって、聖武王の武勇伝も所詮はただの他国の歴史。ルーイ王の政権の悪政も、これもまた、ただの過ぎ去った歴史。神話に毒されていない、第三者の視点だからこそ、冷静に、人を見ることができる。……アスレイ様は、国王にふさわしい聡明さを、お持ちの方なんだね」

「無論だ。少なくとも僕にとってのエドワード聖武王は、魅力にあふれる英雄ではあるけれど、所詮は500年も昔の史上の人物。アルマー王国の人達がその英雄の神聖なる血統を重んじ庇護しようとする心は分からなくもないけど、いざ国難を前にしてまで、頑強に主張すべきことかどうか。他国の人間の僕は首をかしげざるを得ないけどね。だって、王女と王子、どちらがが王位についたとしても、結局は家臣達のいいなりになるだけの、いわゆる傀儡政権だ」

「それは……」

 反論を待つまでもなく、矢継ぎ早にサーノスが言う。

「その点、繰り返すようだけど、義兄アスレイは才覚に溢れ、ルテアニア王国第一王女の夫にふさわしい、厳然とした風格を纏っている。彼がアルマー王国の王位継承を表明するなら、僕は諸手を挙げてアスレイ義兄上を支持するだろう」

 躊躇うことなく言い切った後。

「アリシアさん、シラマで言っていただろう。『歴史は歴史だ。私達は、今を生きている。過去は振り返らないし、拘らない』。素晴らしい考え方だと思うよ。悪しき風評や慣習、歴史にとらわれない未来志向。爵位にも肩書きにもとらわれない、あくまで、人を見て判断する姿勢。口で言うは易し、行うは難し、だけどね」

 アリシアははっとして、立ち上がろうとするサーノスの顔を見遣る。

「―――さて、そろそろ修練を再開するよ。長いうえにあまり面白い話ができなくて、申し訳ない、アリシアさん。あと、お茶美味しかったって、エルフィオーネさんに」

 サーノスが投げかけてくる問いに明確な答えを何一つ返せず、会話をつまらない物にしたのは、結局のところ、こっちの方だ。時流に敏感な後輩サーノスに舌を巻くと同時に、アリシアは自分を無性に気恥ずかしく思った。

「それと―――」

 そう思っていると、サーノスは軽く咳払う。

「あの時、嘘でも僕のことを『好敵手ライバル』って呼んでくれて、その……ありがとう。いつか、本当にそういう関係になれるくらいに、強くなるよ。必ず。―――必ずだ」

 最初は少し不本意を残し、照れを帯びた表情で。だが最後は、決意を秘めた、男の表情で締めた。

 答え難い問いに、色々な感情や心情の変動はあったが―――些か可愛げに欠ける、この可愛らしい表情に対してくらいは、真摯な返答を返してやりたい。

 少し間をおいてから、アリシアは微笑を浮かべ、サーノスに続いて立ち上がる。

「嘘で言ったつもりはないんだけどなぁ……」

「……えっ?」

 そして予期すらしなかった発言に、サーノスはきょとんと、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。せいぜいが、「よし、頑張れ」と軽くエールを送られる程度かと思っていた。そんな矢先のことだった。

「さて、と。じゃあ、早速だけど、始めるとしよっか」

 尻に付着した草を払うと、アリシアは今まで隠していた「それ」をサーノスに投げ渡す。慌てて差し出されたサーノスの両の掌の中に、鞘に収まった片手剣が、吸い込まれるように着地する。重量は、自身の得物と大差なかった。

「これは……」

「訓練用の片手剣。切れ味は無し。低レベルではあるけど『防護』の魔術式を刻印してあるから、よっぽどのことが無い限り、直撃しても怪我をすることはないわ」

「ということは、アリシアさん、あなたは最初から……」

「修練なら、一人でやるより、相手がいたほうがいいでしょ?」

 アリシアは鞘から模造剣を抜剣する。

「ね?」

 片目を瞑り―――ウィンクをサーノスに飛ばしながら、少し腰を落とし、剣を構える。

 少し戸惑いはしたが、サーノスは直後に、ふっ、と不敵に笑うと、同じく腰を落として、剣を構えた。

「それじゃあ、胸を借りるつもりで、挑ませてもらうよ。先輩!」

そこはまだ成長中だけどね!」

 その冗句を合図に、修練という名の、二人の斬り合いが始まった。

 秋夜の下、どこか軽快な剣戟の音を乗せた風が吹き抜けていく。


 

 ◆◇◆◇◆


 

「……青春だな。暗闇の下でも、まぶしい位に」

 開け放たれた窓から秋の夜風を受けながら、エルフィオーネは二人のやりとりの一部始終を、そこで眺めていた。まるで、我が子を見守るような視線で。

その隣には、校正がつけられた原稿を手にした、アルフレッドが立つ。騎士学校時代を懐古しながら、しみじみと。深甚と。

「いいもんだなあ。こういうのを、見るってのも」

「おや? 可愛い妹分を若い男子に取られて、心穏やかではないと思いきや」

 はは、アルフレッドは何をバカなと笑いながら一蹴する。

「それどころか、あいつらをモデルに、もう一回作品書きなおしたいくらいだ。もっとイキイキしたのを作れる自信があるぜ」

「書きなおしたい? ……『与え姫奇譚』の一巻をか、アルフレッド」

「ああ。だが一巻だけじゃねぇ。二巻もだ。あんたの歴史・魔術考察をトコトン盛り込んだ―――今までの作品としての目下のじゃくてんを全部、対策つぶした新装版だ。―――ま、今となっちゃもう叶わねぇ願いなんだけどな」

 アルフレッドはやれやれと肩をすくめ、笑んでみたあと、再び、アリシアとサーノスの乱取りに熱い視線を向けなおす。

 だがそんなアルフレッドの態度をよそに。エルフィオーネは心の中でこう呟く。

(―――そんなことはない。そんなことはないさ、アルフレッド。―――我が主よ)

 そして、優しくも、決意を秘めた微笑を浮かべるのだった。




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