第83話 跋扈する者たち




「おら、ウシオマル!! てめぇで呑みに誘っておきながら、勝手にどこにでも行くんじゃねぇ」

 唐突に、酒焼けした怒号が雷鳴のごとく轟いた。人込みでも隠せないまるで小山のような体躯が、人々をかき分けるというより無理矢理乱暴に押しのけていく。

「おっと。ボンズの兄ぃじゃ。いやあスマンスマン」

 そして、その怒号の主が全貌を見せた。

 ウシオマルが頭を掻きながら軽く詫びる。相手のその圧倒的巨躯の前には、長身であるはずのウシオマルやエーリックでさえ、まるで子供のようだ。サーノスやアリシア達には、同じ人間という種族かどうかさえ疑わしく見える。

 剃りあげた禿頭を一閃する傷跡。脂肪が入る隙間がないほどの密度の筋肉を惜しげもなく晒し、肩で風を切って歩く様に、近場に居た者は誰もがたじろぎ、後ずさる。近くで見ると、横にもデカいぶん、同じく巨漢のディエゴ神父より更に大きく見える。

 ボンズと呼ばれたその巨漢は、エーリックの姿を認めると、眉根を捻り、まるで因縁をつけるような喧嘩腰の視線を投げつけてきた。ウシオマルのような一涼の爽やかさは一切ない、むせ返るほどの暴威の臭いがする。

「……これはこれは、将軍閣下じゃあありゃぁせんか。何だ? 妹さんと見なれねぇボンボン連れてこんな所をブラブラと……王女さんの騎士様サボって自領で護衛のアルバイトですかい?」

 表情通りの慇懃無礼な口調で続ける。

「何でこんな時に、帰ってこられたんですかね? 蛮族どもとのドンパチの支度の最中だと聞やしたが?」

 思う付くままに吐き出される嫌味。思わずボンズに威嚇するような視線を向けるアリシア。対して、エーリックはそれらの因縁を全て、笑顔で躱しつづけていた。サーノスはというと、蛇睨みにされた蛙のように、その場に硬直するほかなかった。

「自領での療養を王女殿下に命じられ、心ならずも戻ってきたまでですよ、ボンズの兄さん。心配かけて申し訳ない」

「……あんたに兄さんと呼ばれる筋合いはねぇし、心配もしてねぇよ。療養っつっても、どうせヘマでもやらかしたか、御役御免になってノコノコ戻ってきただけなんじゃねぇのか?」

「はは、似たような物ですよ。面目ない」

 尚も笑って受け流すエーリック。

「……ミス、いや、アリシアさん、あの男は?」

 サーノスがようやく名前で呼んでくれたことに少し顔をほころばせた後、アリシアは小声で説明しだす。

「王国の各地に支部を持つギャング一味の、アークライト領支部の幹部で、ボンズの兄さん。なんでも、もと居た北方の支部じゃ相当名の売れてた荒くれ者だったらしいけど、数年前にこのアークライト領に『飛ばされてきた』んだ」

「『飛ばされた』? 左遷ってことかい?」

「名目上は幹部への昇格だから、栄転ってことになってるらしいけど、実質は王子の言うとおり、左遷だろうねぇ」

「……何があったんだろう」

「知らないし、知りたくもないよ、そんな事。何かあっちで、ヘマでもやらかしたんじゃないのー?」

 聞こえたのか、ボンズがギロリと睨んでくる。うっ、と声を上げるサーノス。対してアリシアは平然と、してやったりの表情でボンズを見返す。

「ま、いずれにせよ、このガッチガチの治安のアークライト領で出来るウラのお仕事なんて、そうないだろうからね。ほかの領地でなら、お役人さんに賄賂渡してお目こぼしさせてもらえるようなワルい仕事シノギも、このアークライト領ではまず行えない。イケナイお仕事に手を染めようものなら、すぐにウチの実家の騎士団がコラッってお仕置きに飛んでくるからね。大きなお金が稼げないから、組織の幹部の間でも大きな顔ができない。ギャングややくざ組織にとっては、このアークライト領行きは一種の流刑しまながしみたいなものね」

その力関係を可能にするのは、まさしく厳正極まりない治安維持の能力、すなわち、領主であるアークライト一族と彼らに忠誠を誓う家臣一同の圧倒的な能力の賜物に他ならない。サーノスは心の中で、流石だと唸った。

「で、どうです? 最近は。トラブルなどは?」

「ふん、隣に連れているのは領主代理殿だろう? あんたの妹にでも聞きな。もっとも、あの忌々しいくらい出来たお袋さんと違い、下々の些事まで把握しているかどうかは怪しいがな」

「な。なにをー!?」

「お前さんもお前さんで、昨日のクソでけぇ爆発の件で、現場に行ってるもんだと勝手に思っていたんだがなぁ。それが兄貴と彼氏連れで呑気にデートときた」

 うぐっ。アリシアは返す言葉が無い。一度行って、やんわりと追い返されてきたなどとは、口が裂けても言えないだろう。

「別に貶めてるんじゃねぇぜ? 年頃の子供(ガキ)らしくて結構じゃねぇかって言ってんだ」

 不敵に笑うボンズ。何も言い返せず、歯痒さに唸るアリシアだったが、そこへため息をつきながらエーリックが仲裁に入る。顔からは一切の笑顔が消え失せていた。

「まあまあ二人とも。……それで? 結論から言うと?」

「ケッ。言っとくがな、俺らのクランは領主連中や騎士団の一部が留守なのをいいことに阿呆な真似をするようなケチなことはしてねぇぞ。牢屋ブタバコにブチ込まれた子分も、誰一人としていねぇ。子分一同、ちゃんーと、日の当たる場所で、商売させていただいておりやすよ」

「結構。さすがはアークライト支部の幹部殿だ。部下の教育や管理も行き届いているとみえる」

「……言い繕わずに『しつけ』とでも言えばいいのによ」

 無視してエーリックは続ける。

「領主である父は、良民であればどのような者にも寛容です。あなた方が良民であれば……ね」

「……チッ。気にくわねぇ。優男の癖に、涼しい顔して脅しまでかけてきやがる。どっちがギャングだかわからんぜ、ったく」

 苦々しく、唾を吐き捨てるボンズ。再び笑顔を見せるエーリック。猛将アークライト侯と騎士団の後ろ盾があるにしても、それに頼るまでも無いかのような毅然とした態度だ。

 このやり取りを見ても実感できる。このアークライト領は良民にとっては安息の地であり、無法者アウトローにとってはまさに牢獄のような場所なのだ。

「相変わらず若君はカッコええのう……あのボンズの兄ぃに対して一歩も退いとらん」

「『あの』ってことはやはり彼も相当の強者……?」

 サーノスがウシオマルに訊く。

「おう。あの厳つい見た目の通り怪力無双の、ワシと肩を並べるほどの猛者よ。北にいた頃は相当のイケイケドンドンで、抗争ドンパチではいつも特攻隊長をつとめとったらしい」

「おらウシオマル、聞こえてんぞ。昔の話なんざするんじゃねぇ。さっさと呑みに行くぞ」

 エーリックに背を向け、不機嫌そうな足取りで歩きだすボンズ。のしのしと早足で、酒場の方に歩いていくボンズの後を、ウシオマルはあわてて追った。

「おお、そうだそうだ」

「ぶっ!」

 思い出したように唐突にボンズが立ち止まる。ウシオマルがボンズ背中に顔からぶつかり、尻餅をつく。

「あんたらがいないのをいいことに、面倒な奴らが出張ってきているってことを教えておくぜ。王国の中央のゴタゴタや蛮族どもの不穏な動き、最近立て続けに起きる領内の事件の始末のせいで、官憲どもや騎士団の人員が手薄になってきているのを見て、海路からやってきた奴らだ」

 エーリックが顔をこわばらせる。

 ここ最近アークライト領内で起こった事件といえば、サーノスが知るだけでも―――収穫祭での刃傷沙汰、刺客たちの暗殺事件、シラマでの魔物騒動とギルドの壊滅、自作自演の不正沙汰、そして昨日の大爆発だ。普段は、事件になる前の芽のうちに、領内の官憲や騎士団が片づけているのだろう。それだけに、昨今のアークライト領内での事件の連続は、異常だった。

「海路から……タオロ国のギャング達か」

「へっ。察しが良いじゃねぇか。実態はつかみかねているが、裏でコソコソと、後ろめたい仕事シノギをやってるらしく、俺らの商売の縄張シマも、いつの間にか随分と荒らされてる。店の用心棒ケツモチの仕事が、いつの間にか解約させられ別のモンにすげ変わってたりするなんてのはしょっちゅうだ。様子見る限りアレは保安ギルドを介さない上に、店の人間脅して、みかじめを取ってるに違いねぇ。この領内での流儀を理解しやがらねぇアホ共だ。言いがかりなり何なり付けてさっさとぶっ殺すか、追い出すかしてくれねぇと、みんなの迷惑だ」

「……わかった、覚えておく」

 再び背を向けて去るボンズ達の背中を、三人は無言で見つめていた。

 


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