第69話 暗雲 その5





「巷には、王位の座を脅かす王子殿下憎しと、王女殿下が暗殺の機会を伺っているという悪評すら流れている。酷い話だと思わないか? 王女殿下はまだ、従兄弟であるリカルド王子殿下の、顔すら見たことが無いって言うのに。良好だったはずの王妃様同士の仲も、今じゃズタズタだ」

 エーリックは俯き、金の前髪を垂らしながら言う。

「両殿下ともども、暗殺を警戒して、離宮で半ば軟禁状態。私のような、王女殿下の息のかかった者は、王子殿下のあらせられる離宮には、立ち寄ることさえ許されていない……。理解に苦しむよ。掌をサッと返しただけで、今まで散々頭を下げて来た人間を、こうも邪険にすることが出来るっていう……その神経がね……」

「どいつも、こいつも……。王家への忠誠や畏敬の念ってのは、何処に置いてきたのやらだ。聖武王が草葉の陰で泣いてるぜ」

 自身の著作「与え姫奇譚」の作内で、散々描いてきた存在だ。悲しげな貌をする聖武王エドワードの姿がすぐに想起される。

「各辺境伯が鉄壁の防御でもって成す、国防の『鎧』がいかに頑丈でも、その『中身』が病気持ちじゃあ、話にならねぇなあ!!」

 アルフレッドは乱暴にグラスを置いた。

「ああ……恥ずかしながらね。だが、これだけなら、まだ良い。蛮族が侵攻してくるのは、今に始まった話じゃないからね。問題は、それだけじゃない。先王が、政局が安定する前に崩御されたことによる―――外交の大幅な乱れ。これが、想像以上に大きな膿になっている」

「そうか、それがさっき言ってた、ルテアニアの……」

「そういうことさ……」

 両肘を膝の上に置き、指を組みながら口元を隠すエーリック。

「蛮族ダチャ・カーン国に国境を脅かされているのはルテアニアも同じ。お前なら知っていると思うが、国境を攻められた際は両国は援軍を出し合い、事にあたるという古い盟約がある。だが、長年の年月で、お互い何かと理由を付けてそれを守らないようになり、協定自体が最早形骸化していた。ほか、セレスティア煌鉄鋼などをはじめとした、産出資源の格差から生じる貿易摩擦等々、様々な要因で両国の関係は、悪化の一途にあった。まるで、互いに冷め切った、仮面夫婦に喩える者もいるくらいにはね……」

 仮面―――。

 晩年のエドワード聖武王の姿を顧みるに、笑うに笑えない喩えだ。

「それを是正しようと立ち上がったのが先々代のエドガー王陛下だったわけだ。そして先王・リカルド王陛下の政策は、それを受け継ぐものだった。あれほど、戦好きの政治嫌いだった方がだぞ。誰もが、蛮族への拡張政策に転じるものだと信じて疑わなかったのに―――」

 ただ、国を安んじる為。その一心で、内なる戦士の本心を圧しとどめ、慣れない政務を黙々と行う。先王・リカルド王の内心は、いかなるものだっただろうか。

「だが、先々代、先代の想いや努力も空しく―――両国の友好度は、最早瀬戸際だ。昨年の夏、リカルド王陛下の崩御にたて続いて起こった、隣国ルテアニアでの疫病。あれが致命的だった。最悪のタイミングだった。話ぐらいは知ってるだろう?」

「……ああ。かなりの数の死人も出てたって話だ。確か、現ルテアニア国王も罹患したんだとか何とか」

 そういえば、そのルテアニア国王の第六王子であるサーノス王子は当時、まだ正式にはアークライト領校に入校していないが、その時どこに居たのか。

 当時は疫病の感染拡大を防ぐため、ルテアニアへの出入国に関しては大幅な規制がかかっており、それが解かれたのは、11の月になってからだ。もし、疫病発生の際に、入校試験の為にアルマー王国に既に逗留していたなら、それまで、ルテアニア本国には帰れていないのではないのか。

「この大事に際し、アルマー王国からも救援をと、医術師と薬剤の提供が要請されたんだが―――」

「王宮は……それを拒んだ、と」

 エーリックは力なく首を縦に振る。

「あの時は、国王の急死ということで、宮廷じゅうが混乱の極みにあった。それに加えて王子殿下の件が発覚して、混乱は最高潮に達した。言い方は乱暴だけど、官僚の貴族達は『それどころじゃなかった』。結局、救援要請の返答は有耶無耶に。半ば、黙殺にも近い形となった。王女殿下は、『先王なら、朋国の危機には必ず救援を向かわせたはず』としきりに仰られ、医術師と薬剤の提供を訴えたが、聞き入れられることはなかったよ」

 ぐっ、と不甲斐なさそうにエーリックは拳を握る。

「……最悪だ。そんな重大な事柄が秘匿されているなんて」

「王都では、知らない人間が居ないってくらい、周知の事実さ。未だにルテアニアから譴責の使者が来ないのが、不気味なくらいだよ」

「ふん。蛮族共だの後継者争いだのより、ある意味、そっちのほうがよっぽど不安を覚えるぜ。なあ、お前はどう思う? 最悪、同盟の瓦解、破棄すら有り得ると?」

「そんなこと、考えたくもないけど―――決して在り得ない話でもないよ。形はどうあれ、アルマー王国は『同盟国としての責務』を果たさなかった―――所謂この『落とし前』は、相当高くつくだろう。同盟を維持していく上では、補償の限度を交渉するための外交カードとなる。それに、あちらが同盟を破棄する気なら、絶好の口実ともなるだろう。―――とまあ、国内外ともに、問題の山ならぬ、問題の山脈ってわけさ。景気の悪いことにね……」

 エーリックの言うところの「景気の悪い話」が一通り済むと、両者は沈黙し、溜息とともに酒気を吐いた。

「机仕事が増えた分、知りたくもなかった事情に、やたら詳しくなってしまったよ。だが―――それらを知ってなお、結局、何も出来ないでいる。それだけに、私は、自身が不甲斐なく、逆に、お前を羨ましく思うんだ。アルフレッド」

「また、それか……」 

 怪訝な表情をアルフレッドは浮かべるも、エーリックは構わず続けた。



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