第68話 暗雲 その4(王位をめぐる政争の背景。その説明回)




「お前の言うとおり、今の王宮はメチャクチャだ。最早、政の場としての機能を完全に失っている。王宮は不在の国王の後継者争いで、王女殿下派と王子殿下派に分かれて真っ二つ。陰湿な陰謀と貶めあいが日常茶飯事っていう有様さ。今の蛮族達の不穏な動向も、その情勢の乱れを察知してのことなんだろう」

「それは俺みたいな末端の人間でも知るところだ。王宮内のゴタゴタに関しては最早、誰にも隠しようはねぇ」

 盃を飲み干し、「フゥゥー……」と、腹の底から出すような溜息をエーリックは吐いた。

「上京した時は、まさかこんな事になるなんて、夢にも思ってなかったよ。誰が悪いってわけでもないのに……どうして、こうなってしまったんだろうな」



            ◆◇◆◇◆



 建国より千数百年。第二次討魔大戦という大嵐を耐え抜いて600年。暗黒期とよばれる王国最大の危機を英雄・エドワード聖武王が食い止めて500年弱。アルマー王国という古大樹は、ふたたび、大きく揺らごうとしている。

 きっかけは四年前、先々代の王・エドガー王が、病死したことに端を発する―――。

 

 


 四年。

 アルマー王国はこの短い期間に、二度、王が崩御している。それも、事故や暗殺などではなく、どちらも至極運の悪い、自然死でだ。

 二代前の王であるエドガー王は、歴代の王達に恥じることなき優れた指導力で、王国をよく治めた王だったが、ただひとつ、病弱という欠点があった。その点から、実弟であるリカルドとはどちらが王位につくか、父王だけでなく、取り巻きの貴族たちも、相当に揉めたという。

 一方、王弟リカルドは、激しい気性と豪放磊落な性格とでならす、いかにも武将や戦士気質という男だった。その武勇はまさに無双。王宮騎士団の団長を自ら勤めあげ、蛮族との戦の際は、正面切って戦陣に立ち、戦場を蹂躙しつくすという、まさに猛将と呼ぶにふさわしい偉丈夫だった。エーリック、アリシアの父である【蒼雷侯】ジェスティ侯爵とは、若い頃からの無二の親友であり、忠誠を誓い合った間柄(といっても、やくざ者同士が兄弟の契りを交わすような風であったとか)でもあったが、互いに、終生を通してのライバルでもあった。若い頃の二人が揃って戦地を駆ける様は、まさに大嵐や台風のようだったと、今でも伝説や語り草となっている。

 そんな人柄ゆえ、政のような七面倒なものは苦手で、エドガーの王位の継承は、リカルドの固辞が決め手だったとすら言われている。だが、万が一に備えての次期王位継承権は、渋々ながらも持っていた。そして、その万が一は―――起こった。エドガー王が崩御したのだ。四年前の事である。

 死因は風邪をこじらせての肺炎。医術氏の魔術をもってしても、もはや手の施しようがないほど、体が弱り切っていたという。不在の王位には、すぐさま次期継承権をもつリカルドがたてられた。

 だが、ここで一つ、不安要素が浮上してきた。

 この時点で、エドガー王には男子が居らず、その唯一の子が、内親王ジェシカ王女―――エーリックが騎士として忠誠を誓った相手である。そしてリカルド王には、そもそも、子が居なかった。つまり、『直系の男子の』次期王位継承者の座は、空白だったのである。

 このことで、リカルド王は常に頭を悩ませていた。世継ぎが生まれないことを「種無し」と嗤う不敬者もいた。

 だが、王位につけるは男子のみという憲章きまりがあるわけではない。王国の始祖や、中興の祖であるエドワード聖武王の遺影を追うかのように、男子が慣例的にたてられているにすぎない。しかし今の世は、魔術の発展により、女性が活躍する機会も格段に上がってきた。女性の地位向上、社会進出というバックも手伝い、ジェシカ王女を後継者にしてはという宮廷内外の声も大きくなった。これにより、難色を貫いた議会もついに重い腰を上げ、内親王ジェシカ王女に、次期王位継承権が与えられることになったのだ。建国より千数百年、王国では初の出来事である。

 この大事は国中に衝撃を与えたが、そんな中、再び悲劇は起こった。リカルド王が、急死したのである。去年の六の月―――夏の終わりのことだった。ごく短い期間に立て続けに王が死んだということで、真っ先に暗殺が疑われた。

 だが、結局判明した死因は「中風」。つまり、脳の血管が破裂したことによるものだった。リカルド王は酒好きでも知られており、骸が発見された王の私室には、酒瓶がいくつも転がっていたという。鞍から降り、慣れない政務という戦を、門外漢なりに懸命にこなしてきたのだ。ストレスも増える。同時に、酒の量が増えるのも、致し方ないことだったのかもしれない。

 さて、ここまでなら(言い方は乱暴だが)まだ「良かった」。不在の王位は、ジェシカ王女が継ぎ、王国初の女王が誕生する―――はずだった。だが、傾国わざわいの「種」は、見えないところで、着実に育ちつつあった。




 リカルド王の国葬を終え、ジェシカ王女戴冠の儀式の準備のために王宮内がざわつく中、亡きリカルド王の妃、エルザ王妃が体調の不良を訴えた。そして検査の結果―――王妃の懐妊が、発覚したのだ。既に懐妊より三か月。つまり、先王の「忘れ形見」が、胎内で育ちつつあったのだ。

 この報が王宮内を駆け巡るや否や、戴冠の儀は取りやめとなった。そしてその報は、大きな衝撃と動揺でもって、瞬く間に国民にも知れ渡ることとなった。その主眼はもちろん、生まれてくる子が、男か、女か、どちらかということだ。

 もし、生まれてくる子供が女ならば、何の問題もない。現行で王位継承権を持つジェシカ王女が、王の座を継ぎ、何の後腐れもなく事は解決する。

 だが、生まれてくる子供が男とあらば、話は大いに違ってくる。慣例とはいえ、これまで、ずっと王位を継承してきたのは、男子だ。しかも、先王の男子ということは、直系の男子ということでもあり、王位継承の権利については本来であれば、誰が口出しせずともその第一位を名乗れる立場だ。ジェシカ王女が持っているのはあくまで「継承権」であり、それが次期王の確約となるわけではない。もし、リカルド王が存命ならば、間違いなく、継承権の順位を入れ替えるであろう―――。それを根拠に、戴冠の儀は、強引に見送られたのである。

 六か月後。冬が終わり、雪解けの日差しも暖かい、12の月の終わり。王位の正当性で紛糾する議会をよそに、「彼」は元気な産声をあげた。そしてこの日―――王宮は、二つに割れた。

 エルザ王妃より生まれたこの男子は「リカルド」と名付けられた。先王の名を、そして王位を継ぐべき名―――「リカルド2世」である。名付け親はエルザ王妃ではなく、その取り巻きの貴族集団であるといわれている。

 この報(ニュース)に、国じゅうがどよめいた。無論、不安でだ。

 皇太子の誕生を寿ぐ者など、誰ひとりとして居なかった。

 物を知る者は、誰もが、国の行く末を憂いた。この先に待つのは、国を動かす、その中枢を担う者達を挙げての跡目争い。それが齎すものは、傾国以外の何物でもない。なぜ堕胎しなかった、生まれた子供が男子とわかった時点で、何故その首を縊らなかったと、理不尽な非難も噴出している。

 先王が指名し、渋々ながら議会も承認した、正当な王位継承権を持つ王女ジェシカか。 

 先王の直系の男子であり、先王が存命ならば、確実に次期王位を指名したであろうリカルド2世か。

 それまで一枚岩だったはずの王宮が、王女派と王子派、二つの派閥に割れ、ここに、時期王位を巡っての、跡目争いが始まったのである。本人たちではなく、取り巻きの貴族集団の争い―――エーリックは、王女の近衛騎士として、その陰湿な政争の、真っ只中に身を置いているのである。



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