第57話 白鬼 その2
「白鬼……!?」「白鬼だって!?」「あの伝説の260期生の中でも、さらに伝説って言われた……。」
観戦席の生徒達がざわめく声が、微かながら聞こえてくる。
―――白鬼。
その名で呼ばれるのは、かれこれ四年、いや、五年ぶりだった。
天才、神童と呼ばれる者達が、まるで集合の一声で集ったようと形容される、「伝説」と呼ばれた、国家魔術騎士養成学校アークライト領校260期生。
その中にあって、演習では常勝無敗。『課外』では、そのあまりにも勇猛果敢かつ、荒々しい戦い方から、忌まわしき「
正直なところ、まだ忘れられていないということに驚きを隠せなかったが、その大仰な名前だけが独り歩きしている感は否めない。それが誰に冠されていたのかを知る者は、今となってはごく僅かにすぎないだろう。
「『鬼』の名を冠するなんて―――御大層な二つ名だと小馬鹿にしておりましたが―――実態は、忌まわしきその名の通りだった、というわけですわね。『魔』の道に染まりし、荒ぶる、外道の武―――あなたに、ピッタリの二つ名ですわ。わたくしのように、見た目だけの『魔』ではなく、『魔』そのものに身を侵されている貴方には、ね」
「そう。まさに仰る通り。俺の体は既にコイツに侵食されている。この剣が自分で動けないもんだから、振り回すために必要な体。それが俺。最近、本当にそういう風に思うようになってしまった」
「ふん。自覚があるなら、何故その剣を砕かれないのです?」
「……この剣がなければ、仕事にならねぇ。少なくとも、術具使いを相手にできなくなる……。剣での仕事を取られたら、それこそ俺は……何も残らなくなる。何もできないまま、惨めに、くたばるしかなくなってしまう。受けた恩の欠片すら、返せないままに……」
「―――いつか、本当に人の心を奪われ、本物の鬼になってしまうかもしれませんわよ?」
「だから、その名前で呼ぶの、やめてくれませんか。あんまり好きじゃないんですよ。割と、冗談じゃないところが」
「うふふ……そういうわけには参りませんわ。貴方との勝負の意味合いが、これで大きく変わってしまいましたもの。そう、チンケな追い出し試合ではない―――これは、わたくしに与えられた『試練』なのですから」
白金のロングブーツが再び風を纏いはじめ、白金の旋風が形成される。
「貴方という強者を、『白鬼』の名を冠する者を倒してこそ、わたくしは、次の高みへと昇ることができるのですわ。あの伝説の『白鬼』を打ち倒した女として」
肩で息をしながら、アルフレッドは笑う。
「試練、か。ミス。本当に、貴女は強くなられた。あの日の姿とは、別人のようだ。しかし、逆にこれで納得しましたよ。貴女は、そうやって自らに『試練』を課すことで、弱い自分を乗り越え、克服し、成長していったのですね。敬服、しますよ」
「―――あの日の惨めな少女なら、とうに死にましたわ。辺境を、国境を守護する貴族という、王家より給いし大任を継ぐ身でありながら、ただただ人の目ばかりを気にして、オドオドする。そんな軟弱で情けない少女は、もうこの世の何処にも居りません。この魔術の力でもって、粉々にしてやりましたわ」
こんな風に!! と、クレアリーゼは脚を振り上げ、白金色の鎌鼬を無数に射出する! 扇状に五発。横への退路は無い! アルフレッドは真正面に眼を据えると、強烈な振込みから、両手剣を思い切り振り切った!
「うおおおッ!!」
踏み込みで、石造りの床が砕ける。
両手剣の勢いと衝撃とで、形成された鎌鼬は、跡形もなく消滅。僅かに残った刃が、アルフレッドの頬に、黄色の判定色を残していく。
「はああああッ!!」
だが、その大振りの動作の間に、クレアリーゼは間合いを詰めてきている。踏み込みから、突出し蹴りが来るか! アルフレッドは、元の太刀筋を逆になぞる様に剣を振る。しかし手ごたえはなく、剣は宙を切る。
上……だが、視線を上げても姿はない。だったら、もっと後ろに……。
「そこかッ!!」
半ば勘頼りではあったが、何とか成功した。
中空でバック宙し、アルフレッドの後頭部を蹴り抜かんとしたクレアリーゼの爪先。それをアルフレッドは両手剣を後頭部に遣ることにより、刀身の腹で蹴りを食い止めていた。
「……!! 馬鹿な!! 完全に死角に入ったと思ったのにッ!」
衝撃を隠せないまま、クレアリーゼは着地する。
そして、息つかせる間もなく、必殺の近距離(クロスレンジ)に接近! 再び、剣とキックの嵐が巻き起こる。
避け、打ち合い、打ち合い、避け、避け、打ち合い―――。
まるで、完璧に息が合うまで打ち合わせと練習とを積み重ねて実現した、舞台の殺陣(たて)のような、荒々しくも美しい白金色の攻防に、ギャラリーは息を呑み、くぎ付けとなっている。
そして再び、回し蹴りと剣とが鍔迫り合いを展開する。
「あなたは、このわたくしが高みに昇る、その踏み台として、相応しき相手。―――敬意と全力をもって、打ち倒してみせますわ」
「ああ……いいな、その目。魔術の力が最高に高まってるのを感じるますよ。不能者ながらね」
「うふふ……お分かりになって? あなたも騎士学校を追い出されて以来、手強い術具使いと戦うのは久方ぶりで、タマっていたのではなくって?」
「へ……へへ、なんですか、そのイヤらしい言い方は。貴女、伯爵令嬢でしょうに」
「あら、ご挨拶ですわね。平民のあなたに、合わせてあげているのですわ。話すにしても、戦うにしても、随分と、窮屈そうでしたから。これだから平民の男は、下品で困りますわ」
「気遣い、どうも。ですが俺も一応、臨時ではあるけど教官(せんせい)としてここに来てる。その職務を、全うさせてもらいますよ。貴女へのアドバイス、今、じっくりと考えてるところです!!」
「―――減らず口を!!!」
お互いに弾き返しあい、数歩引き下がる。だが、両者ほぼ同時に前へと踏み出し、そしてまた、蹴りと剣が織りなす旋風が巻き起こる。
「すごい……こんな激しい試合、見たことない」
攻めるも互角。守るも互角。アリシアは、つい、ため息を漏らしていた。
噂を聞きつけ、やってくる生徒達は尚も増え続ける。「白鬼」の名を聞きつけてやってきた者も、少なくはないはずだ。ついには、他の教官達までやってくる始末だ。
「リズ……楽しそう」
クラウディアがぽつりと呟く。
「私には、挑発されて怒ってるようにしか見えないんだけど……あれ、楽しんでるの?」
顔を引き攣らせながら、隣に居た女子生徒が言う。それを「わかってない」とでも言いたいかのように無視するクラウディア。
「それにしても。あの白髪頭が、『白鬼』……。そうか、あれが。あれがアルフレッドか。兄上の言ってた」
その名を聞き、アリシアが振り返る。
「クラウディア。アルフレッドの事、知ってるの?」
眠たげな表情のまま、アリシアの顔を見、頷く。
「ん。兄上から聞いて知ってる。『白鬼』の二つ名も。『白雪頭』って呼び方も」
「え? 『白雪頭』?」
「うん。『
「あなたの兄上って……たしか、セレーネ姉さ……じゃなくて、トゥルカ辺境伯家の婿養子になったっていう……」
「そう。『狂炎』のクロード。『白鬼』は、兄上に負けて、この魔術騎士学校を追い出された」
アリシアが言い終わる前に、クラウディアが応える。相変わらずの眠たげな声で。
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