第35話 抜剣(フューリー) その3




「氷のやじりよ……!」

 刻印された魔術式が展開される。雪原のように白い光がサーノスの片手剣を纏う。その剣を水平にゆっくりと振ると、光は、集合の号令のように各々集まりだし、氷の結晶を形成していく。

 生成されたのは、氷の刃だ。剣の軌跡に、無数の氷の鏃が出現したのだ。

「―――成程、それで魔物の群れに先制し、勢いを崩そうというのだな」

 サーノスは振り向かずに「ああ」とだけ応え、返す刃で、もう一度、氷の鏃を生成。全部で25、6本くらいになっただろうか。

「射出と同時に突撃しよう……いえ、しましょう」

「よかろう。だが、その本数では少し心許ない」

「……どういうことです?」

「ダメ押しにもう30本ほど見繕ってやろう、と言っているのだ」

 まさか……自分と同じ術式を刻印しているのだろうか。それとも、術具に刻印された魔術式も、この胸元に仕舞った髪飾りを通して共有できるとでもいうのか。―――分からない。しかし、魔物の群れとの距離は思考する間も縮まりつつある。

 だだっ広く開け、周囲を断崖絶壁で囲まれた荒野には―――見えるだけで、昨日と同じ型のゴブリンが20体、オークが半分の10体くらい。その中に混じり、岩盤で身体を装甲のように覆い、地鳴りのような足音をたてながらのし歩いてくる異形の巨体が同じく10体確認できる。

 タイプ:ゴーレム型。その名の由来は有名な創作物であり、シフォルスファ教の天地創造の神話には、その原型モデルとなった逸話も存在する。

 作内でのゴーレムは、さる王家の陵墓の墓守として創造された「無人で動く」泥人形で、創造者の『命令』という仮想上の魔術式を刻印されている。その主命に従い、侵入者を容赦なく抹殺するという、恐るべき守護者ガーディアンである。岩盤で泥の身体を覆い全身鎧フルメイルとするその特徴から、そのまま魔物の型の呼称として扱われることになったという。

 モデルが示す通り、その装甲は強固。岩の堅さに加え、表層に何らかの鍍金コーティングを施しているらしく、この氷の刃で貫くことはまず出来ないだろう。撃破するには、接近戦に持ち込み、装甲の中の「本体」を直接攻撃しなくてはならない。

 相手は、陣形や戦術などを持たない、パーティを組んでいない単純な魔物の群れだ。矢の盾となるべく重装騎士が戦線のラインを押し上げるように、もし、ゴーレムを先頭にして突っ込んで来られたなら、よほど面倒なことになっていただろう。

「まるで『早く倒して、奥に進んじゃってください』とでも言っているかのようだな」

 一体何を言っているのか。完全に小声での独り言だったので、サーノスは聞き逃してしまった。




「だが―――待っていろ。何を潜ませていようが、その企みごと打ち破ってくれる」




 エルフィオーネは続けざまに言うと、精製した氷の剣の切っ先を、魔物の群れに向けた。

 刹那。まさに一瞬だった。

 それらしき動作は全く無かった。だが、エルフィオーネの身体の周囲には、無数の氷の刃が瞬時に完成し、冷気を放ちながら宙に静止していた。突如「出現した」と表現するほうが正しいか―――いずれにせよ、それはサーノスが発動させた魔術と、全く同じものだった。

 おおッ、という三人の驚声が後ろから聞こえてくる。

「放て!」

 あまりのことに呆然としていたサーノスは、その声で我に返った。そして、エルフィオーネが氷の矢を射出するのにワンテンポ遅れ、慌てて凍りの刃を射出する。そして片手剣を手に、二人は同じ歩幅同じ速度で、魔物の群れの中に疾駆していく。

 


 

 陽の光を反射させながら水平に飛んでいく無数の氷の刃は、あっという間に魔物の群れを捕らえた。剃刀のように鋭く、弾丸のように速い冷徹なる刃が、容赦なく先陣のゴブリンと、オークに襲い掛かり、無慈悲なまでにその体躯を切り刻んでいく。ある者は胸を貫通し、ある者は手足が切断され、ある者は首を皮一枚残して斬り跳ばされる。その血液は、噴射される前にディエゴ神父が展開する「浄化」の聖法術の結界の中で、即座に光となって昇華していく。

「余計な苦痛も、余計な反撃の機会も与える必要はない。可能な限り、全員、一撃で仕留める。その心積もりで」

「……っ!」

「呼吸を乱すな。行くぞ!」

 サーノスは最後の迷いを断ち切らんとするが如く、足を切り刻まれて動けないゴブリンの頭部を、片手剣で唐竹割りにする。頭骨を叩き割り、刃が肉体を侵蝕していく嫌な感触が、剣の柄を伝わり、そして全身を駆け巡る。ゴブリンは呻き声一つあげる暇もなく真っ二つになり、一瞬にして生命活動を停止させられる。そして「浄化」の結界の中で、光の塊へと姿を変え、天に昇っていく。

 感傷に浸る間もなく新手がやってきてくれたのは僥倖だったというべきか。サーノスは反射的に仕留めたゴブリンの体内から剣を引っこ抜くと、棍棒を振り回し襲い掛かってくる新手のゴブリンに刀身を翳す。だが、咄嗟のことだったので、「反発」の魔術を発動するタイミングを完全に見誤った。

「くっ……」

 辛うじて、常時発動させている「剛力」のおかげで鍔迫り合いの形には持っていけたが、そこからが手詰まりとなっていた。押しつ押されつ、だが、その後は? 「反発」の魔術をミスったことが、完全に尾を引いている。こんな時はどうすれば、どうすればよかった? 確か……。喉もとのもどかしいところまで浮かんできてはいるのに、出てこない。



「正解は―――」



 横から腕が伸びてきて、ガッ、とゴブリンの腕を掴む。途端に、ビキ、ビキとゴブリンの腕が凍結していき、力を込めると、ばきっ、と粉砕して棍棒を持った手が凍結した残骸と一緒に弾けとんだ。

 好機いまだ……!

「冷厳なる牙よ!」

 棍棒の拘束から開放されたサーノスは、片手剣に鋭く研ぎ澄まされた氷柱を纏わせリーチを伸ばすと同時に、ゴブリンの頭部を一突きにした。即座に絶命したようで、その身体が光に包まれていく。

「刻々と変わる戦況に、対応を誤ることもあろう。そんなときに備え、常にフォローのための二の手三の手を用意しておくのだ」

 まるで、躓いた身に手を差し出すかのようにエルフィオーネが声をかけてくる。

 助けられてしまった。馬車の中などで大口を叩いておきながら、何という情けない姿だろう。

「さあ、まだまだダンスは始まったばかりだ。乱れた呼吸を整えよ」

 だが、彼女はそれを嘲るでもなく、叱咤するでもなく―――あくまで支える、激励し続けるスタンスを崩さない。

「……ああ!」

 いったん、ミスしたことは心の隅に押しやろう。新手は次から次へと押し寄せてくる。

「はああっ!」

 サーノスが剣を地面へと突き立てる。魔術式の展開を示す、白銀の光が浮かび上がり、瞬間、四方から二人を襲おうとしていたゴブリンとオークたちの下半身が氷解の中に閉じ込められ、その場に完全に拘束される。

「いいぞ!」

 屈むサーノスと背中合わせに、エルフィオーネが氷剣を宙に掲げる。

 すると、身動きの取れない魔物達の足元に、魔術式の文様が浮かび上がる。そこから、鋭利にして極大の氷柱が瞬時にして生え、まるで食い破るかのように魔物達を串刺しにしながら勢い良くそびえ立っていく。

「―――汝の輪廻に、神の導きの有らん事を。せめて、来世では―――」

 サーノスは瞳を閉じ、片手で十字を切った。

 そして目を開くと、立ち上がり、再び魔術式を展開させる。

「次はあのデカブツか!」

 二人が向かうは、氷の刃では傷つかないゴーレム型。敵の姿を認識したようで、巨大な岩の腕を振り回すが、「ぬるい!」とエルフィオーネは、驚くべきことに真正面から受け止めた。展開空間が肉眼ではっきりと確認できるほど強力な「防護」の魔術のフィールドが、強烈な打撃をいとも容易く受け止め、そして、はじき返す。

 完全なる隙が出来た。

「今だ!」

「凍てつけ!」

 サーノスがゴーレム型の懐に飛び込み、顔面にある、岩の装甲の隙間に片手剣を潜り込ませ突き立てる。

「……!」

 呻き声のような低い声が漏れるも、それは次の瞬間には聞こえなくなる。剣先から発動した強烈な冷気により、泥状のゴーレム型の本体部分が凍結したのだ。

 剣を引き抜くと同時に蹴りを入れると、ゴーレム型の巨体が背中からゆっくりと倒れ、地に着くのとほぼ同時に、いつの間にかエルフィオーネが空高くに生成していた氷塊が降ってきて、轟音と共にゴーレム型の身体を完全に押しつぶした。生命活動停止。岩盤の装甲の隙間から、光が立ち込め、空へと昇る。

「このまま一直線に魔物の群れを突っ切る!」

 完全に乱れた戦線。小規模になった敵の塊を、後方のアルフレッド、アリシア、ディエゴ神父が、押し上げるように確実に撃破していく。

 お次は巨躯のオーク。

 手に持った巨大な得物が二人の間に縦から割り入り振り下ろされる。ここで初めて、サーノスとエルフィオーネは距離を離した。だが、エルフィオーネの落ち着いた乱れ一つない整然とした呼吸や、意思のようなものを、髪飾りを通して感じる。これをなぞるかのように意識してやると、サーノスの乱れた呼吸は次第に元に戻っていくのだ。エルフィオーネが次に何をしようとしいて、自身はどう動けばいいのかも、まるで手に取るかのように分かる。

「凍れ!」

 気づけば、同じ台詞で魔術を発動している。

 エルフィオーネとサーノスはオークの身体を交差地点にしてすれ違い、クロスの軌跡を描いて斬り抜き、完全に氷結させた。そして離れ際に二人揃って後ろ蹴りで身体を蹴り飛ばしてやると、ガラス細工が粉砕するかのようにオークの体躯が砕け散り、光の塊へと姿を変えていく。




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