第32話 湯の中、裸付合の夜 その3




「私を好きなのと同じように……?」

 鸚鵡返しのようにアリシアは聞き返す。

「左様。あなたの綺羅星のように眩い快活さも天真爛漫さも、アルフレッドの無骨で古風、かつ不器用でひたむきなところも、私は大いに気に入っている。一種の愛といっても差し支えあるまい」

「結局、異性としては見てないってこと?」

「まあ、有り体に言うとそういうことになるかな」

 少しのぼせたのか、エルフィオーネは立ち上がると、石造りの湯船に腰をかけた。

「いま、少しほっとしただろう」

「そ、そんなこと……ないし」

 ニヤニヤと、相変わらず意地の悪い笑顔だ。まさかとは思うが、心を読む魔術でも開発しているのではないだろうか。

「いずれにせよ、心配は無用さ。私はあなたの『お兄ちゃん』を盗るつもりは無い」

「―――」

 腹に抱えたモノが、心の蟠りと一緒にすべて白昼のもとに(時刻は夜だが)曝け出され、最早ぐうの音も出ない。顔を紅潮させ、アリシアは再びぶくぶくと湯の中に沈んでいく。

「何せ、まだ出会って一週間。私は一目惚れや、運命の出会いなどというのは基本的に信じない性質だし―――あと、私はもう少し年上っぽい男が好みなのでな。―――そうだな、アークライト侯などは、私の好みのど真ん中だぞ」

「お、お父様ぁ!?」

 ざぱあ。思わず立ち上がり、素っ頓狂な声でアリシアは驚愕する。

「なんだ。可笑しいか?」

「ま、まあ、確かに家族目線でも、素敵ダンディな方だとは思うけどさ……。でもちょっと好みが渋すぎない?」

「放っておけ。個人の嗜好だ」



 ちゃぷ、と二の腕に湯を絡ませながら「―――あと、話は変わるが」とエルフィオーネが切り出す。

「二階の奥の部屋にある収納棚、あれはあなたの私物かい?」

「そうだけど、何で知って……もしかして、中身見たの!?」

「掃除の際にな。―――穢れなき純麗清白の乙女といった具合で、実に結構。結構」

「じっくり観察しないでよ! に、匂いとか嗅いでないよね……」

「何度も言うが、私をなんだと―――まあ、いい。話を元に戻すが、ブラジャーとかショーツが、知らないうちに減っていたとか、位置が変わっていたなどということは?」

「な、無い無い!! 絶対ない!!」

 即答。間違っても彼はそんな事をするような人間ではないし、あってはならない。

「―――む、少女趣味というわけでもない、か。いや、実は私も、クローゼットと収納棚を一部借りて衣類や下着などを管理させてもらっているのだがな―――未だにそういうことをされた形跡が見られなくてな。……もしかして我が主は、女に興味がない手合いの人種なのかな? と思ってだな」

「下着盗らないから女の子に興味ないなんて、基準が極端すぎるでしょ……それに、女の子に興味がない人間が、果たして好色物の小説を書けるかなぁ。知ってるんでしょ? アルフレッドの裏名義のこと」

「仕事とあらばやってのけるだろう、彼なら。この間、女向けの好色物の依頼が来ていたのを、露骨に顔を引きつらせながらではあるが、受けていたぞ」

 寄宿舎の、シャーロットの蔵書のことを思い出す。男性向け女性向け双方を、ファンなら至極当然と言わんばかりに揃えており、男性向けは見るだけ不毛と、女性向けのほうを読ませて貰ったが―――偵察まえ情報一切無しというのは、やはり危険すぎた。危うく、異世界の扉が開いて、そのままフラフラと足を踏み入れてしまうところだった。我に返った後、これを書いているとき、アルフレッドはどんな精神と表情でいるのだろうと、本気で彼のことが心配になった記憶がある。

「でも、そこんところは大丈夫だと思うよ。アルフレッドは。そういう溜まったものを発散させる店、ちゃんと知ってるみたいだし」

「ほう?」

「港町イザキは結構多いからねぇ、その手の店。仕事仲間との付き合いもあるだろうし」

 バラすつもりはないが―――一度、朝帰りのアルフレッドと、邸宅の手前でうっかり遭遇してしまったことがある。たしか、去年あたりだったか。

 アルコールの匂いに、女物の香水が移り香した皺のついたジャケットと、少し乱れた髪。極め付けに首もとの少し赤みがかった腫れ―――最早隠しようがないと観念したのか、物凄く悪びれた顔の、今にも泣きそうな声にならない声で、ひたすら頭を下げられた。逆にこっちが申し訳なくなり、彼の背中を優しく叩いて慰めながらソファに座らせ、尚も項垂れているところに、二日酔いを介抱するべくトマト料理を馳走したことを思い出す。その後はお互いを気遣うあまり、まともな会話もできず、結局その日の夕方には寄宿舎に帰ってしまった。アリシアにとっては今では笑い話だが、恐らくアルフレッドにとっては絶対に思い出したくない過去(きず)の一つとして、深くふかく心に刻み付けられていることなのだろう。

「ふむ、いちおう、健全な男子ではあるということか。それは何より。だが、何故だろう。何か、こう、物足りぬとは思わぬか?」

 顎に手をあて、瞳を閉じながら謎の頷きを繰り返すエルフィオーネ。この仕草は、また妙なこと考えている。確実に。

「健全が聞いて呆れる。あの塀越し、ないしは隙間、風穴より、私達を垣間見んとする気概や気炎が、『向こう側』から全く感じられん。そうは思わぬか?」

 絶句した。

 呆れるのは寧ろこっちの方だ。

「……覗かれたいの?」

「そういうわけではないが、気配すら感じられぬのは、逆に心外だ。女として」

 その心理には賛同しかねるが―――『向こう側の』顔ぶれを頭に描いてみる。

 生真面目を拗らせているアルフレッドに、そう言った事柄にまず免疫が無さそうなサーノスに、そもそも聖職者であり確か妻子持ちだったはずのディエゴ神父。斯様な愚行をはたらく姿は想像すらできないような面子だ。

 それに、ちょうどいい具合に―――のぼせてきた。とんだ長湯になったが、そろそろお開きだ。

 アリシアは立ち上がり湯から出る。そして、にこりとエルフィオーネに微笑んでみせた。

「お話に付き合ってくれてありがとうね、エルフィオーネ。いろんなコト話したけど、なんて言うか、モヤッとしたものが晴れた気分」

 周囲に湯気はあれど、確かにその笑顔は澄み切り、一点の曇りも無いものだった。エルフィオーネも、つられて破顔一笑し、重畳だ、と会話を締め、共に脱衣所へと歩き出す。




 ◆◇◆◇◆



 

「あちらさん、静かになったな。妙に盛り上がっていたようだが」

 独り言のように、女湯とを隔てる塀を見つめながらアルフレッドが言う。

 たっぷり4ミターは離れたところにサーノスがいる(彼が入ってきたとき、その中性的な見た目と線の細さから、てっきり少女が入ってきたと勘違いし、女湯と間違えたかと仰天して思わず目を閉じて一目散に逃げ出そうとしてしまったのはさておき)。ディエゴ神父は、祈りを済ませてからとのことで、この場には居ない。

 サーノスは終始黙ったままだった。視線を合わそうともしない。

 戦闘の前にアルフレッドに言い放った啖呵のことが思わぬ失言となってしまい、居た堪れなくて仕方がないと見える。言いたい事が、決してあるはずだ。その機会を与えるべく、アルフレッドは視線を合わさず口を開く。

「なあ」

「あの」

 あちらが意を決するのと同時だったらしい。

「ああ、お先にどうぞ」

 アルフレッドが掌を差し出すと、おずおずと小声ではあるが、サーノスが口を開く。

「さっきは、その……ごめん、なさい……」

 お互い、視線は合わさない。

「いいよいいよ、気にしちゃ居ない。俺と一緒に仕事するやつは、大体初見で同じコトを言う。慣れっこさ」

「……知らなかったんだ。そんな体質の人間が居るなんて……」

「だろうね。俺も、自分以外には知らない」

「何より、許せなかったんだ。仮にも、民が魔物の脅威に怯えて困っているのに。ろくな術具も持たず扱えずに、金目当てで知り合いについてきて、美味しく報酬だけいただこうとする―――そんな神経の持ち主だったのかって思って。ついカッとなって……」

「―――正しい怒りだな」

 アルフレッドは星空を見上げながら言う。

「実際、この業界でも、そういう金魚の糞みたいな神経の持ち主が居るから困る。そんなふざけた野郎にはガツンと言ってやらなきゃならねぇ。正しい怒りだよ、それは。民のためにも怒れる君は、いい指導者になれるよ。サーノス王子」

 はっとして、サーノスはここに来て初めてアルフレッドに視線を向ける。

「あんた、僕のことを知って……」

「いや? ウチの姫様が迂闊にも何回か口を滑らせてるから、ああ、成程ってね」

 第何王子なのかまでは知らないが、仮にも隣国ルテアニアの王子に何かあったとなれば、えらい外交問題だ。地位の如何に関わらず、これをネタに、強力な外交カードとして扱われることも最悪考えられる。主席のアリシアを子守役あいかたにつけるのも納得がいく。

「……この『王子』の名は、所詮は『名』だけの張りぼてだよ。何の意味もない。意味を成さない。空虚なものさ」

 この必要以上に卑屈な口ぶりと内容から察するに、庶子である可能性も出てきた。

「だからこそ、『実』が欲しいんだな。こんな、何がある分からない依頼(クエスト)にまで出張ってまで。気持ちは分からんでもないが……無茶をする」

「お願いがあるんだ。アルフレッドさん」

 アルフレッドはサーノスと視線を合わせる。

 確固たる意志と覚悟とを秘めた目だ。戦闘時のアリシアにも通ずる、責任を背負う者の目。―――それに加え、遠大な目標や目的を見据えた、男の目だった。

 しかし、彼自身が纏う、筆舌に尽くしがたいほどの脆さと危うさは、依然拭いきれない。二つ返事で了承できる自信は、なかった。その「お願い」の内容が容易に予想できるからこそ、尚更―――。

「明日の討伐任務―――先陣は、どうか僕につとめさせて貰いたいんだ」





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