第29話 シラマ地区魔物討伐 その11

 



 魔物モンスター

 


 

 彼らが一体何者で、何故生まれ、どうして存在するのか、その生態はいかなるものなのか。それを明らかにした者はいない。

 その多くは、人ならざる姿をした異形の者であり、常人であれば、直面すれば迷わず裸足で逃げ出したくなるような、あるいは恐怖に思わず腰を抜かしてしまうような、禍々しい姿をしている。

 はっきりと分かっていることは唯一つ。人間を明確に敵視しており、ほぼ無条件に攻撃を仕掛けてくるということである。

 つまり、敵なのだ。人間の。有史以前より、人類は彼等―――魔物との戦いを、それこそ日常のように、幾度となく繰り返してきた。

 どんなに安定し、平穏無事な国であれど、魔物は必ず発生し、人間に対し牙を剥く。この大陸で、戦争がないにも関わらずハンターや傭兵稼業が成立するのはこのためだ。正体は不明であれど、存在自体は非常に身近なものなのだ。



 彼―――ディエゴ神父も、普段は教会の神父として神の教えの伝道や信徒達を導くための説教など、布教活動に勤しむ身ではあるが、裏にもう一つ、本業とでもいうべき顔を持っている。それが「冥府渡めいふわたし」という教会内の職名である。何をするのかというと、早い話が、拠点とする教会がある地域のギルドに所属し、魔物を討伐する任務につく僧侶のことだ。

 なぜ、よりによって宗教団体の内部に、このような職が存在するのか。

 それは教会が定義する、魔物という存在の性質や概念に由来している。

 以下、教会の教えにいわく。

 洗礼を受けずに死んだ者の魂や、邪な心を悔い改めずに死んでいった者の魂は、いわゆる「魔界」と呼ばれる世界に行く。そして巡り巡って、穢れや邪念の権化たる魔物として、この世界に転生し、人間の手によって討伐される宿命を背負わされる、という。つまり、洗礼を受けていない、邪な人間の成れの果ての姿だというのだ。それが真実であるかどうかは定かではないが、身近にある物を使った、うまい勧誘ではある(魔物になるのが嫌なら、神を信じろウチの宗教に入信しろというわけだ)。

 さて、魔物ももとは人の身(仮定)。無碍に惨たらしく殺され野晒しにさせるには忍びない。ゆえに出来たのが「冥府渡」である。

 彼らも魔物を狩るのは同じなのだが、決定的に違うのは、たおした魔物の肉体と魂を「送呈」「浄化」と称し、この世から消し去る(あくまで視覚的なもので、実際は「冥府」という場所への転送だという)「術」を行使することである。

 魔術とは違う、教会に属する人間のみが行使できる―――神の祝福を受け、その御名の元に伝授されるという、門外不出にして秘伝の術法―――。



 名を「聖法術せいほうじゅつ」という。



 神による洗礼と精錬とを賜ったという、魔術のさらに上を行く術法との触れ込みの、「聖法術」により、魔物と渡り合い、その魂を安らぎの地へと送呈するのである。



 ◆◇◆◇◆



「ふむ……。想像以上だな、これは」

 石切り場の荒涼とした大地を、魔物達の叫びと、肉体とが破壊される音と、そして雷鳴とが交じり、響きあいながら駆け抜けていく。エルフィオーネはローブのフードを脱ぎ、その光景を、腕組みしながら凝視していた。

 討ち洩らしをフォローしてくれとのアルフレッドらの依頼を受け、エルフィオーネ、サーノスは後衛―――石切り場の出入り口で、外に出ようとする魔物を待ち構えている。

 だが、その任務の内容を忘れたかのように、二人は―――特にサーノスは、唖然としてアルフレッドとディエゴ神父、そしてアリシアの暴れっぷりに見入っている。

「少年。実戦というものがいかなるものか、よく見ておくのだ。―――ほら、あそこ」

 再度、雷鳴が轟く。

 蒼の雷光を纏ったアリシアの双剣が疾駆し、自身の二倍はある背丈のバーバリアンを、左肩口から袈裟懸けに斬り抜く。そして、着地するや否や、感電して動けなくなっている相手を確認する間もなく、着地のバネを利用して飛翔。雷の閃光と共に、バーバリアンの、丸太のような素首を一振りで刎ね飛ばした。ドサリと首が落下するのに遅れ、ドドォ、とバーバリアンの巨躯が膝をつき、倒れる。そして、それを見遣って確かめることもせず、アリシアは次々に襲い来る魔物達に向かい疾駆していく。

 噂には聞いていたが、これほどだったとは―――。

 無駄な動きの欠片も無い、瞬きする暇さえ与えない、華麗なる剣技だ。サーノスは戦慄し、息を呑んだ。

 そのすぐ隣で、鉄球付錫杖モーニングスターを振り回しながら大立ち回りを見せるディエゴ神父の周囲では、異様な光景が展開されている。

 光。

 紺碧の、光の群れだ。まるで、大量の蛍が飛び交い舞うかのような、荘厳かつ幻想的な光景だ。

「―――主神よ。お導きください」

 「聖法術」によって強化された膂力から繰り出される、ディエゴ神父の得物の一撃が魔物達の体躯を破壊。引き千切れた手足が、同じく「聖法術」の秘術によって、まるで蒸発・昇華するかのように紺碧の光と化し、宙へと昇っていく。

 これが、「冥府渡」の神父が行う、「浄化」「送呈」の儀である。名目上は「戦闘」ではなく、あくまで、神聖な「儀式」なのだ。さながら、ステンドグラス越しの月光が照らす中で行われる荘厳なる礼拝の儀と同等の。

「ふんッ!」

 錫杖と鉄球を結ぶ鎖がゴブリンに巻きつく。ディエゴ神父は思い切り鎖を、引っこ抜くように手繰り、ゴブリンを自身へと引き寄せる。そして衝突の瞬間、ディエゴ神父が突き出した足が、まるで砂で出来た像を壊すかのように、ゴブリンの体をグシャグシャに破壊しながら貫通していく。一撃で生命活動を停止させられた体躯が「浄化」され、紺碧の光となってフワフワと周囲を舞いだす。

「―――汝の魂に、救いの在らん事を」

 開放したモーニングスターの鎖を、今度はバーバリアンに巻きつける。巻きつけたバーバリアンを、ハンマー投げのハンマーのように軽々と振り回しながら、叫ぶ。

「アルフレッド!」

 剣を両手持ちに切り替え構えるアルフレッドに、バーバリアンの体が放り投げられると、アルフレッドはそれを思い切り振りぬく。頭部を完全に破壊―――生命活動を、即座に停止する。




「これで信用してあげれるか? わが主を」

 視線は変えずに、エルフィオーネがサーノスに問いかける。

「……悪夢みたいだ」

 立ち尽くしながら―――あれで魔術を使ってないなんて、どうかしてる。人間業じゃない。サーノスはしきりに呟く。

 先程からの、後方支援を依頼されたときの不本意そうな、いついてもたっても居られず吶喊しそうな顔は、アルフレッドの勇猛っぷりの前に完全に立ち消えてしまっていた。

「たしかに、魔術を使ってはいない―――が、それ以外のものを使っている可能性は、大いに在り得る」

 サーノスは思わずエルフィオーネのほうを向く。

「まさか、聖法術……」

「も、違うな。あの不信神っぷりを見ても分かるだろう」

 聖法術は、シフォルスファ教教会の僧侶にのみ伝授される秘伝の術法だ。当然、テキストは販売されてはいないし、無断でその奥儀を流布することもできない。国法で禁止されているからだ。

 国教として扱っているわけではないが、アルマー王国は僧侶を保護する立場をとっており、シフォルスファ教がらみの国法がいくつか存在する。その国法に違反したとあらば、国境を越え、「総本山」より異端審問官が介入してもよい事になっている。例え、その「異端者」が信徒であろうと無かろうと、宗教的な秩序を乱そうとする輩を、「総本山」の審問官達は決して許さない。身の毛もよだつような拷問でもって、その存在をこの世から完全に消し去ってしまう。

「では、一体なんだと?」

「その答えは、やはり、あの剣にありそうだな」

「あの、ただの鉄塊みたいな武器に―――?」

「感じていたのだよ。ずっと。彼に最初に会ったときから」

 無言で魔物たちの頭を破壊し続けるアルフレッド。聖法術で浄化される魔物達が発する、光の中で鈍く妖しく輝く鋼鉄の剣を、エルフィオーネは凝視しながら言う。

「―――下法の気配がね」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る