第28話 シラマ地区魔物討伐 その10

 


 ここに、マッチがあるとする。隣には側薬付きの擦り箱もある。このマッチに火を着けれない状況があるとすれば、どのような理由が考えられるだろう。

 ひとつ。使用者が側薬付きマッチの使い方を知らない場合。

 無垢な子供がはじめて目にするマッチを相手にとれる行動など限られている。箱を空けて中身の地面にバラけさせるか、下手をすればそれを口に入れてしまうやも知れない。

 ひとつ。マッチの頭薬が濡れてしまっている場合。

 誤って、子供がマッチを口に入れて、頭薬を湿らせてしまったとする。そうなると頭薬の発火剤としての機能が死んでしまうので、例えこれが乾いたとしても、このマッチを再び使用することは叶わない。

 ひとつ。使用者の技術が未熟である場合。

 時がたち、子供も成長した。使用方法も教わり、濡れていないマッチも用意した。だが、火を恐れるがゆえに手元が覚束なく、こすり方が拙い。残念ながら、これでは着く火も着かない。

 ―――簡単に思いつくのは、これくらいだろうか。

 だがこれらはいずれも、対処が可能である。相手が子供であろうと無かろうと。

 使い方が分からなければ、実演つきで教えればいい。

 状態が悪いのなら、新品に取り替えてやればいい。

 技術が拙いなら、回数をこなして慣れさせればいい。



 ―――だが、それらの条件全てをクリアしていても、マッチを着火できない状況があるとしたら? 



 普通なら、在りえない事だ。最早、そのマッチは偽者イミテーションであるくらいしか、考えられる要因は無いのではないか。

 だがここに、そのマッチは「偽者」ではなく、「本物」であるという条件を加えたとする。その上で、新品のマッチを、熟練の技術で擦ったとする。酸素濃度? 気圧? それも併せて通常という条件も付け加える。

 ……それでも点火させることができなかった。

 この状況をどう説明しよう。

 最早それは、物理の法則を、この世の摂理を逸脱しているといえるのではないか。



 同じことが、魔術にも言える。

 魔術式が刻印された「術具」を用意し、魔術式を正しい手順で展開する。それで「魔術」が発動しない状況というのは、最早この世の摂理を逸脱するも同義の現象なのだ。

 魔術の使い方が分からないなら、使い方を指導してやればいい。

 術具の状態が悪いのなら、新たに刻印した術具に取り替えてやればいい。

 魔術の技術が拙いなら、試行回数をこなして、術者を慣れさせればいい。

 それらをクリアしさえすれば、自然現象が如く、誰もが魔術を行使できる。魔術を扱えない体質の人間など、存在するわけが無い。存在しようがない。

 その人間が、この世の摂理を逸脱した存在であるというのなら、話は別だが―――。






 ◆◇◆◇◆






 無謀すぎる。

 サーノスは片手剣を握り締めながらそう思った。




 シラマ禁足地区。その入り口は、今は使われなくなった、シラマの石切り場の入り口でもある。

 採石のために掘削された大地が、まるで前衛芸術や建造物のような断崖絶壁を作り出し、荒涼とした大地に、秋風が冷たく吹き抜けていく。採掘用魔術で砕石したのだろう、切ったバターのように滑らかな壁面は白く、月光を反射し、淡く周囲を照らしている。

「神父。先陣、任せてもらうよ。ちょっと不信感持たれてるようだし、ここいらで一つ、自己アピールでもしておきたい。―――で、どんな方針でいく?」

「魔物達を、苦しませることなく、速やかにかつ安らかに送呈する。それが我々『冥府渡』の使命であり理念です。私の方針は、常に変わりません。それに付き合っていただけるなら、幸いです」

「―――了解。安楽死いつものね」

 ディエゴ神父が「結界」を開放した。

 まるで新装開店オープンを待っていましたと言わんばかりに、魔物達は我先にと、結界が開放された先へと殺到する。




 タイプ:ゴブリンタイプ。タイプ:バーバリアンタイプ。背丈は前者が1.5~1.7ミター。後者はどれもが2ミターを軽く越えるものばかりだ。

 姿格好シルエットだけで言えば人間に近い、二足歩行を行う魔物である。ただ、近いとは言っても、その形相や体躯は、人の姿とは似ても似つかない、禍々しき異形の輩ではあるのだが。

 筋骨や装甲は、同じ身長の人間とは比べるまでも無く屈強。猛獣の如く害意をむき出しにし、ゴフ、ゴフ、グルルルルと唸り声を上げながら迫り来れば、危機本能に否応なしに訴えかける威圧感を放つ。奴等と対等に渡り合うには、奴等の攻撃に耐え得る防御力と、奴等の装甲をブチ破るほどの攻撃力を備えなければ、話にならない。

 そこで必要なのが魔術だ。これを無くして、魔物の群れと渡りあうことは至難の業だ。

 魔物の重い一撃には「防護」の魔術でもって凌ぐ、もしくは「俊敏」の魔術でもっていなす。生身のはずなのに、信じられないほど強固な防御力は、「鋭利」「刺突」「破砕」などの戦闘用魔術で打ち砕く。または、火、水、雷などの自然の力を召還して打ち払う。間違っても、ただの鉄の鈍器一本片手に、雄たけびをあげながら突撃していい相手ではない。さながら、全身鎧で重武装を施した騎士の集団に、オモチャの剣で立ち向かうような、無謀な行為である。狂気の沙汰にすら等しい。

 だが、今まさに目の前に、その無謀を、その狂気をやってのけようとする者がいる。

「失った信頼は取り戻さなきゃな」

 臆面も無く、そんな一言を沿え、サーノスに視線を合わせる。

「前印象、覆させてもらうよ。魔物達あいつらには悪いが、最初から―――全力だ」

 そして、言い覚えのある台詞を真似される。相変わらず鋼鉄の鞘に厳重に納まったままの両手剣を片手持ちに、その肩に掛けながら。

 仮にも全力を出すというなら―――なぜその剣を抜こうとしない……?

 サーノスが考えるまもなく、アルフレッドに、先頭の一匹目が、石造りの棍棒を片手に襲い掛かるのと



 パァ……ァアン



 と。

 たった一振りの剣閃で、ゴブリンの頭が破砕し、頭骨の残骸が飛び散るのはほぼ同時だった。


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