第27話 シラマ地区魔物討伐 その9
投棄されたゴミのように地面を這い蹲る暴漢二人と、野次馬たちの拍手喝采とを背に、一行は酒場を後にしていた。
「これで当分、
「さすがはアルフレッド! ほんと、胸がスッとしたわ」
アリシアは心底溜飲が下がったという顔でアルフレッドの腕を抱き、ご満悦な様子だ。
「ねえ、王子……じゃなかった。サーノス君もそう思うでしょ?」
「……あれくらいの相手なら、僕でもなんとかなるよ。ただでかいだけで、技巧も何もあったもんじゃない」
そう、図体と術具がでかいだけで、とんだ見掛け倒しだった。加えて酔いで戦闘用魔術も十分に扱えていない状態とあらば、いかに術具使いとはいえアルフレッドの敵ではない。一振り目の斬撃を受け止めたときにそれを見抜き、次の攻撃は、振りかぶっている隙に至近距離まで接近し、無防備になっている鳩尾に剣の柄を叩きつけ、悶絶しているところを顎にアッパーを叩き込んで吹っ飛ばした。あっという間の出来事に、野次馬達は何が起こったのか、ざわめきを起こす暇も無い。怯んだ片割れも、先の男と同様、魔術もまともに発動させていない破れかぶれの斬撃を、出鱈目に振り回すだけだった。適当に捌いてやった後に術具を弾き飛ばした後、軽く、鞘に納まったままの剣で頭部を殴打し、気絶させた。その後は今度馬鹿な真似をしたらと、意識のある方を足蹴にしながら、たっぷりと脅しをかけてやった。ここまでやれば、あの店にはもう近寄りさえしないだろう。
「相変わらず見事な腕前ですね。昔より、さらに洗練されたように思います」
「相手が弱すぎる上に、酔っ払いだ。普通の術具使い相手は、こうはいかないですよ神父。特に国家魔術騎士クラスだと、逆に俺のほうがああなってる」
仮にここでアリシアと斬り合いになったとしよう。そうなれば何合か斬り合った後、どこかの時点で「反発」の魔術で剣を跳ね上げられ、次の瞬間には電撃を纏った蹴りなり斬撃なりでバッサリ。ものの数十秒で地面を舐めさせられる事になる。それが、真の術具使いと、そうでない者との実力の差だ。―――「抜剣」でもしない限りは、万に一つの勝機もないだろう。
もっとも、彼女相手に「抜剣」することなど、億に一つもあり得ないし、あってはならないことなのだが。
「でもアルフレッド。もしあいつらが仮に国家魔術騎士だったとしても、駆けつけたでしょ?」
「―――まあ、仕事だからな。出来うる限りのことはしただろうさ」
「ふふっ。アルフレッドのそういうところ、大好き」
アリシアはアルフレッドに視線を合わせると、煌めくように明るい笑みを浮かべる。サーノスは体を寄せ合い並んで歩く二人を、後ろから無言で眺めていた。
「ところで、エルフィオーネ」
つと、黙りきりだった背後のエルフィオーネに声をかける。先刻のハンターとの喧嘩の後よりずっと、アルフレッドの後ろ腰の剣を凝視しており、さすがに視線が気になったからだ。
「うん? 何だ、我が主よ」
「さっきから俺の尻に、無駄ーに熱い視線を感じるんだが」
「馬鹿を言うな。あなたの尻に興味など―――あ、いや。無いわけではないが」
「そこは否定しないのかよ……。で、俺の剣が、何か?」
「うむ……。その剣なのだが、どこかで見覚えがある気がしてな」
へぇ。アルフレッドは感嘆の息を漏らし、ぽん、と柄を軽く叩きながら剣へと視線を向ける。
「あなたと最初に出会った時から、ずっとずっと引っかかっていて、思い出そう思い出そうとしてはいるのだが―――いまいち名前が出てこない。喉もとの、こう、もどかしいくらいに近いところまでは来ているのだが……」
「こいつは驚いた。鑑定士の免許でも持ってるのか?」
「暇人だからな。免許証も今出せるぞ。―――ああ、答えは言わなくて結構。自分で思い出させてくれ」
「当てても、何の賞も出さないぜ」
―――アルフレッドの後ろ腰で、分厚い革の止め具に固定された両手剣。
鞘には不気味な文字列の御札が無数に貼られ、それと共に、幾重にも巻きつく鎖と蝶番がまるで蛇のように絡まり、鞘口はやけくそなくらいに厳重に封印されている。何があっても抜剣したくないという、意思のあらわれであるかのようだ。
「ねえ、さっきから気になっていたんだけど―――これ、本当に『術具』なのかい?」
怪訝な表情を浮かべながら、サーノスが唐突に問いかけてくる。エルフィオーネと同じく、剣を観察されていたらしい。まずった。
「な、何言ってるんだ? 術式なら、ここにあるじゃあないか。ほら」
アルフレッドはあっけらかんとした口調ではぐらかす様に言い、鎖と御札の中に半ば埋没しそうになっている、ある箇所を指差さす。
そこに描かれていたのは、紛れも無く魔術式だった。燃え盛る火をそのまま絵にしたような絵柄の、「火」を意味する魔術式だ。
魔術式が刻印された武具―――それが、「術具」である。その定義からは全く外れてはいない。だからサーノスの質問への答えは、「イエス」に他ならない。
「からかわないでよ」
だが案の定、サーノスは納得する様子を見せなかった。それどころか、まさに疑惑に「火」がついてしまったようで、アルフレッドを詰問し始める。
「こんなの、術具のうちに入るもんか。火を火球にして飛ばす修辞術式もない、それどころか、剣に纏わせたりする修辞術式すらない。これじゃあただの、馬鹿でかい鋼鉄のマッチでしかないじゃないか」
マッチ。
この術具を言い表すときの表現は、国や世代を問わず、これである。
ああ、やっぱり彼にも、俺のこの恥ずかしい「体質」のことを説明することになるのか―――。
「それとも、鞘を抜いた先の、刀身のほうに何か魔術式を刻印してるの?」
「―――いいや」
それがサーノスにとって、どれだけ衝撃的な一言だったかは、想像に難くない。
「俺の持ち物の中に刻印されてる魔術式は、これだけだ。シャツやパンツの中を探っても、これ以上は出てこないよ」
絶句。まさに文字通り、開いた口が閉まらないようだ。
サーノスが足を止める。と共に、その場の全員が足を止める。そして、沈黙が周囲を包んでいく。
「ダメかな?」
アルフレッドが、ばつの悪そうな半笑いで、頭を掻く。
驚愕、呆れ、そして怒りが、サーノスの心を満たしていく。彼の表情は強張ったままだが、わなわなと、声と拳が震えだす。
「あんた……ふざけてるのか? まともな術具も持たずに、この仕事(クエスト)に参加しようと、本気で思っているのか? さっきの華麗な剣捌きは!? あれは結局、まぐれだったのか!?」
「……」
「そうかい。口では散々偉そうに、人間が出来てるように言って……」
アルフレッドは無言だった。その間隙を縫うように、罵声がとんで来る。
「既にやり手のハンター達が何人もやられてる。油断の出来ない仕事だってのは分かっていたハズだし、あんた自身もそう言っていた。それなのに術具も携帯せず、あんたは一体何しにここに来たんだい?」
「ねえ、サーノス王子……その辺に」
「黙っててくれないか」
宥めようとしたアリシアだったが、サーノスの剣幕に、押し黙ってしまう。
「あなたもあなただ、アークライト侯女殿。知り合いだか何だか知らないけど、こんな口だけの輩を持ち上げるなんてね」
「違うの! アルフレッドはそんなつもりじゃあ―――」
「アルフレッドさんだっけ? 帰れよ。これはお遊びじゃないんだ。喧嘩の鎮圧でもない。ろくな術具も持っていない、ただの警備員風情なんて、お呼びじゃないんだ。帰って、原稿の続きでも書いてればいい」
「信徒サーノス。すこし落ち着きなさい」
「聞こえなかったかい? 術具を持っていない奴なんて、足手まといだって言って―――」
「―――静粛に!」
先刻までの温厚な口調の持ち主とは思えないほどの、雷鳴のような怒号。サーノスは驚き、言葉を失った。
「アルフレッド、そろそろ種明かしをしてあげたらいかがです? 罵声を浴びせられ続けるのは、趣味ではないでしょう?」
「―――そうは言っても、これ言うの結構恥ずかしいんですよ。体質のことですからね」
まるで
「いいえ、このままではチームワークに支障をきたします。話しなさい」
「……本当は、内緒にしておきたかったんですがね」
中々踏ん切りがつかなさそうなアルフレッドにかわり、ディエゴ神父は再びサーノスに向き合い、言う。
「信徒サーノス。彼はふざけるつもりなど、毛頭たりともありません。何故なら―――彼には、どんな強力な術具を持たせたところで、『意味が無い』からです」
「えっ……」
「そんな物より、多少のことではビクともしない、この無骨な鋼鉄の塊のような剣こそが、彼にとっては何より信頼できる武器なのです」
「……どういうことですか。まさか魔術を使うことが出来ないからだとでも―――」
「―――正解だ」
アルフレッドは俯いていた顔を上げると、罵声を浴びせ続けていたはずの少年に向かって、清々しいほどの笑顔で、白状した。
「俺はね、使うことが出来ないんだよ。魔術を」
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