第9話 三者繚乱 その3
術具使い。
文字通り、魔術を行使する為の武器―――『術具』を得物とする使い手の総称で、ウシオマルやアリシア、シャーロットも同じく術具使いである。
術具使いと魔術師は、同じく術具使いと魔術師でなくば勝つことが出来ない。
それが、この世界の力関係であり、現実である。ルールといっても差支え無い。
同じレベルの武術の使い手であっても、術具による「魔術」が在るのと無いのとでは、文字通り天地の差が出る。
こと、生死を賭した勝負においては、ルールや判定勝利が無い分、尚更だ。
「防護」の魔術ひとつ使えるだけでも、肉を切らせて骨を断つという、試合には負けたが勝負には勝つという手段を用いることが出来る。
アルフレッドは剣を持つ手に力をこめた。
鞘に刻印された術式はたったの一つ。
「火」の術式である。
強化や、飛び道具にしたりするための修辞術式は一切無い、ただの「火」の術式だ。
発動したところで、そこに火が生じるだけで、せいぜい、マッチとしての役割しか果たさない。それが、いやに馬鹿でかく刻印されている。
斬撃が来る。片手剣の一閃だ。
アルフレッドは鋼鉄の鞘に納まったままの両手剣で、しっかりと受ける。
細身の片手剣の癖に、信じられないほど重い一撃だ。それに、疾い。
(「剛力」、「軽量」……)
アルフレッドは呟きながら、振りほどくように、敵の剣を跳ね上げようとする。だが、手放させるところまでは、とても持ってはいけなかった。
そして隙を補うように、もう一人が襲い来る!
横薙ぎの一閃を、アルフレッドは跳躍して回避。そのまま、唐竹割のように敵の脳天―――いや、右肩の辺りに、鈍器と化した両手剣を力の限り振り下ろした。
が、少し遅かったようで、後ろに、軽やかに飛んでかわされてしまう。
アルフレッドの一撃は空を裂き、そのまま、煉瓦の床を砕いた。
(もう一人は、「俊敏」持ち……)
そして、休ませる暇なく、先程振りほどいた片手剣の男が迫り来る。
二者のコンビネーションは抜群だ。隙を突こうにも、互いがそれを補い合うので、反撃に中々踏み出せない。
先程から、傍目から見ればどう見ても劣勢の状態が続いている。だが、アルフレッドは至って冷静。呼吸一つ乱さずに、黙々と剣戟を受けたりかわしたりを続けている。
「あっ! 動いちゃダメです!」
シャーロットの腕の中で、藤色の髪の少女が、静止を振り切って立とうとする。 「状況……状況は、どうなって……くっ」
しかし満身創痍であることには変わらず、傷元をおさえながら、力なくシャーロットの腕の中に落ち、抱きかかえられる。
「大丈夫。大丈夫ですよ。アリシア達は絶対に負けません」
シャーロットは励ますような優しい口調で、少女を宥めながら、再びその場にゆっくりと寝かせた。
「ほら、もうあっという間に二人も倒しちゃいましたよ」
「二人……馬鹿な」
少女は静かに驚愕し、薄れる目で、金髪の少女―――アリシアの後姿を見遣った。
そこには、炎と雷の閃光が暗闇を照らす中、一歩も退くことなく臆することなく、飛来する火球の中に突撃していく、一見無謀な―――否、小さくも勇壮な背中があった。
「……そんなに凄い使い手なのか? あのような―――」
「―――アリシアは天才です」
「天才……?」
「そう、戦闘の天才です。彼女は、王国随一といわれる猛将―――【蒼雷侯】ジェスティ=アークライト侯爵の娘なのですから……。だから安心して下さい……ね?」
そう言い終わるや、落雷の轟音と共に、悪漢は倒れた。アリシアは剣を鞘に収めると、まるで何事もなかったかのような足取りで、二つに結った金髪を宙にふわりと浮かせながら、足早に向かってくる。
「シャーロット!! 大丈夫!? その人、まだ生きてるよね!?」
アリシアはシャーロットの元へと駆け寄った。
そして、シャーロットの腕の中で、半開きの目で空を仰ぎ見る、藤色の髪の少女の顔を覗き込んだ。
―――きれい。
月光に照らしだされ露になったその姿に見とれ、アリシアは思わずそう洩らしそうになった。
白く透き通る肌に、端整に構築された顔つき。傷の痛みに眉を顰ひそめるその表情も、痛々しいと言うよりは、むしろ妙に艶かしくうつる。同性にもかかわらず、思わずため息の出るような―――芸術品のような美しさだった。
「……アークライト侯女殿か……?」
「ふぇっ?」
不意に名をよばれ、妙な声が出てしまった。
慌てながらアリシアは一つ咳払いすると「侯女モード」に口調を切り替えた。
「あー、あー、ごほん。いかにも。アークライト領侯爵ジェスティ=アークライトが娘にして、不肖、領主代行を任されております、アリシア=アークライトと申します。大丈夫、悪漢どもには、指一本触れさせません。安心なさって下さいませ。それより―――」
アリシアは、真剣な目つきで問う。
普段は殆ど見せない、侯爵家の一族としての、責任を背負う者の目つきだ。
「奴らは、何者なのですか? 何故、あんな大人数で貴女を追っているのですか?」
唐突な詰問に、慌ててシャーロットが静止をかける。
「アリシア……重症なのですよ? あまり喋らせないほうが」
「判っています。ですが、悪事を企む輩から、領民を護るために、少しでも早く情報を得、早急に対策を講じねばならないのです。……ご協力願えますか?」
無体だとは判っているが、アリシアも本気だった。領主代理としての使命が突如現実に降りかかってきて、若干戸惑い、焦っていたこともあるのかもしれない。
だが、藤色の髪の少女は、少し安堵したような、やわらかい笑顔を見せると、ふうー、と息を吐きながら、ぽつりと呟いた。
「……燦々と眩く、時には凛として気高く―――そして美しい」
「えっ?」
「いや、何でもない……貴女の気高さに敬服しただけのこと」
妙に古風で中性的な、独特な言い回しの口調。だが、深い気品を湛えた声だ。ひょっとすると高貴な身分の人間なのかもしれない。急に賛辞を送られ、アリシアが頬を紅潮させたところまで確認すると、少女は続ける。
「侯女殿には申し訳ないが―――先刻の質問の答えは、『わからない』だ……ゴホッ!」
「……わからない?」
「左様……アークライト領の収穫祭巡りと洒落こむべく、物見遊山のつもりで、ネーオの町から、このイザキの港町にやってきたのだが……突如、何者かから襲撃を受け、この通り、負傷してしまった。人目につかぬ所まで逃げつつ……おびき寄せ、その者だけは排除したのだが―――」
間違いない。アルフレッドが昼間遭遇した事件のことだ。その真相は、やはり、正当防衛だった。周囲の状況が、それが嘘でないことを如実に物語っている。
「何時の間にか、配下の者に連絡されていたようなのだ。そんなわけで、こうやって昼間から大人数相手にかくれんぼと鬼ごっこを強要され、今に至るというわけだ……。目的は恐らく私の捕縛もしくは殺害。それを目撃した貴女達も対象となってしまったのは、見ての通りだ。理由は―――全くもってわからん。清廉潔白をモットーに生きている、ただの暇人の魔術師なだけに、尚更……ゴホッ」
「は、はあ」
冗句のような言い回しに、アリシアは拍子抜けしたような相槌を打った。
だが、驚きもしている。
負傷した状態で、敵のリーダー格を文字通り灰燼と帰さしめ、且つここまで長時間の逃走劇を展開してもなお生きている―――そんな超人的な生命力と高度な魔術の使い手が目の前に居るのだ。
まだ、自分とそこまで歳も変わらないだろうに。
直後に、少女は至極真面目な声色で呟いた。
「……一人」
「ひとり?」
「奴らは全員で九人だったはず……。足りないのだ……」
アリシアとシャーロットは思わず顔を見合わせた。
この場に居るのは、アリシアが倒した三人に―――
「ぐあぁあ……」
「アガリじゃあ!」
ウシオマルの防衛ゾーンに居た、最後の一人の敵が倒された。
ドサッ、ズザザザ……と、その身を投げ出され、アリシアたちのすぐ傍までスライドして、止まる。死んではいない。ただ、顎を砕かれているようで、完全に気を失っている。
いま、ウシオマルが倒した三人目を合わせて、六人……。
そして今まさに、アルフレッドが斬り結んでいる、二人を合わせて―――。
「しかし、あの者……」
少女の視線がアルフレッドの背中のほうに向く。
「まともな術具も持たずに……術具使いに勝てると、本気で思っているのか……?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます