第8話 三者繚乱 その2




 なぜ。

 なぜこんな事になってしまったのか。

 無関係の者を巻き込むことだけは避けたかったのに。


 奴らは誰にも気取られることなきよう、事を遂行しようとしている。

 だが、強硬手段に出た際に、目撃者有りせば―――それを一人として生かすつもりはない。

 奴らは私の「魔術」を封じ、無力化したと思っている。

 あとは鬼ごっこを制し、丸腰の私を捕縛するだけだと思っている。

 だからこそ、力尽きたと見せかけ、あの、人目につかない場所に誘い込み、「魔法」で全員確実に始末する―――そのつもりだったのに。


 三対八。だが、奴らは総勢九人だったはず。残り一人が姿を見せないが、一体何処にいるのか。いずれにせよ、誰かを庇いながら一人あたり約三人という、人数の面でも絶望的な状況だ。

 しかし―――彼らは臆さない。完全に迎え撃つ構えだ。

 死地に立ったことを悟り、腹を括ったのか。

 それとも、この状況を打破できると、本気で思っているのか―――。


 この、痛みで薄れる視界と意識のもとでは、「魔法」の操作精密は著しく低下することだろう。彼らを援護したいのは山々だが、誤射の危険性が極めて高い。

 もし、彼ら三人が倒れることとなっても―――いま、私を介抱してくれている、このエルフの少女だけでも助け―――その骨は拾おう。

 彼らには、申し訳ないことをした。

 本当に―――。




「悪いわね! ちょーっと痺れてもらうよ!」

 剣戟をすべてはじき返し、ほぼゼロ距離の間合いまで詰め寄ったアリシアは敵の鳩尾を、双剣の柄で思い切り殴打した。と、同時に魔術「雷」を発動。バリッ! バチッ! と、弾けるような音とともに、蒼い電撃が両者の体の周りを疾走する。

 髪が焦げる臭いと共に、敵は失神し、その場にどうと倒れた。時折、小刻みにピクピクと痙攣している。

「よしっ! 次は……」

 片方の相手は片手剣、もう片方は殴打も可能な錫杖メイス―――射撃系の魔術がメインだろうか、前衛には出てこない。だが、実質二人相手―――ダブルアタックだ。

 そうこうしているうちに、人頭くらいの大きさの、紅蓮の火球がいくつも飛来してきた。

 だが、アリシアは立ちはだかったまま、その場を動かない。シャーロット達を狙撃させないよう、射線上に仁王立ちする構えでこれを受けなければならないからだ。

 つまり、回避のための横への移動はほぼ封じられたも同然だ。術者に横に動かれただけで、射線は変わる。動かされる、誘導される、どこに動くかを完全に読まれているともいえる。

「ナメないでよね!」

 アリシアは一喝すると、襲い来る火球を、剣でもって迎撃。最小限の動きで、真っ二つに切り裂き、消滅させる。

 だがすかさず、片手剣の男が、射線に入らない角度より襲い来る。剣の男は、確実にアリシアを潰してから、動けないシャーロット達を始末するつもりらしい。目的はこの場に居る者の皆殺しである以上、当然の選択だ。

 アリシアはまともには受けず、紙一重でかわす。何本か、アリシアの金髪が切られたようで、月光を反射してふわりと煌く。

 このまま反撃にうつる―――つもりだったが、いつの間にか火球の男が横に動き、斜線を変えている。アリシアは仕方なく追撃を諦め、絶好の間合いを自ら放棄して再び射線上に立った。

「ちっ! 面倒くさいなあ! もう!」

 このまま体力をじわじわ消耗させるつもりだ。アリシアは剣を持つ手に力をこめる。

「だったら私にも考えがあるんだからね! さあ、かかってきなさい!」

 いわれずとも、という速さで、片手剣の男が襲い来る。先程とは違い、アリシアは動かない。真正面から受け止めるべく、防御用の体勢で双剣を構え、腰を落とした。

 ギィィィン、と激しい金属音。

 鍔迫り合いが始まり、アリシアは完全に敵の火球の射線上で拘束された。しかも力では完全に押し負けており、この拘束から抜け出すことは困難だ。

 そして火球が、轟音とともに発射された。絶体絶命だ。

 だがアリシアはぺロリと舌を出し、不敵に笑った。

「この時を待ってたのよ……! はああああっ!」

 アリシアの体が、一際強い雷光で覆われた。

「……!!!」

 敵が気づいた。が、時既に遅かった。

 高電圧の電撃が、アリシアの双剣を伝わり、そして相手の剣を伝わる。瞬間、完全に感電した。

「今だッ!」

 アリシアは、感電して動けない相手の体を腕で掴むと、それを全力で、まるで投げ技をかけるようにして、自身に襲い来る火球の前に持っていった。

「ぐおおお……!」

 結局、アリシアの盾になる形で、火球の直撃を受け、相手は力なく膝をつき、焼けた服と、火傷を負った背中とおまけに尻を晒して、その場に倒れた。

 今際、咄嗟に、「防護」の魔術を使ったのか、フィールドを目視で確認したが、突然のことゆえ強度が全く足りていなかったようだ。もっとも、「防護」の魔術のおかげで、何とか生きてはいるようだが。

「あーあ。おっと、直接やったのは私じゃないからね~っと」

 アリシアは、火球の男に視線を向け、そして剣先を向けた。そして後ずさりしたのを、アリシアは見逃さなかった。コンビネーションはそれなりだったが、単体での実力は何となく判ってしまった。

「遠・中距離戦も結構得意なのよ、私。撃ち合ってみる?」

 言うが早いかアリシアは、雷光を纏った剣を空に振る。と同時に、高速の雷光の弾が発生。火球の男を襲う。

「……!」

 辛うじてかわす。だがアリシアは次弾を、さらに次弾を繰り出しながら、間合いをつめていく。もちろん、シャーロットと火球の男を結ぶ射線の、壁となる位置を維持したまま。

 あまりの速度と物量に、相手の火球の操作精密は大きく乱れている。たまに直撃する弾も、最初ほどの威力はなく、難なく切り裂きながら、アリシアは前進する。

 そしてクロスレンジまで接近!

 たまらず、火球の男は錫杖を振り回す。

 が、アリシアはひらりと跳躍しそれを回避。そのまま空中で捻りバック宙し、火球の男に、肩車されるような形で着地し、脚をガッチリと首に絡ませた。

 そして、天高く剣の切先を掲げた。

「落雷注意報! 落雷注意報! にひひ」

 一体何をするつもりなのかを察した敵は、必死に拘束を解こうともがくが、首を極められ、酸素の供給を遮断され、力は半減している。そのうち、雲ひとつなかった上空に、小くはあるが暗雲が発生。ゴロゴロと音を鳴らし始める。

「落雷に撃たれなさいッ! 轟雷陣ッ!!」

 空に稲妻の閃光が走った―――刹那、アリシアの剣先に、轟音と共に雷が落ち、アリシアごと火球の男を直撃した。

 小さくはあるが、天然の雷である。威力は推して知るべしだ。敵は完全に意識を失った。

 火球の男が崩れ落ちる前にアリシアはひらりと再び宙返りして、地面に降り立った。

「へへ、シビれたでしょ? 私は慣れっこだけどね」

 一気に三人を戦闘不能にしたアリシアは、安否を確認するべく、すぐさまシャーロットの元へと駆け寄っていった。

 いくら魔術の使い手だからといって、この程度の相手なら、アルフレッドとウシオマルは絶対に負けない。そう確信していたからだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る