【Summons.4】11

「あっはっは」

「笑うな……」


 ソヴァール家の居間。

 椅子いすに腰かけたフロウィントが、額を押さえて笑っている。

 その様子に、向かいのヴァンはねた子供のように小さくなっていた。


 今朝の騒ぎの直後。

 エルティナが不機嫌な状態のまま、ヴァンに臨時給金を渡してきた。

 ヴァンは昨日の分を五万ルースと請求していたが、エルティナは色をつけてくれた。


 精霊祭の分が三万ルース、昨日の分が七万ルースの、計十万ルースだ。


 突然、ふところがあたたかくなったことに、昨日までのヴァンならおどりして喜んだだろう。

 これでひもじい思いをしなくて済む。

 おいしい物も食べられるし、欲しい物も買える、と。

 ……だが、今はそれどころではなかった。


 エルティナが「出かける」とだけ言い残して、家を出ていってしまったのである。


 十万ルースの入った麻袋と共にソヴァール家に取り残され、ヴァンは一人で途方に暮れていた。


 そこへフロウィントがやって来て、現在に至る。


「それにしても、エロボケ狼とは言い得て妙ですなあ」

「そうなのか……? よく、意味が分からなかったんだが」

「ええ、それはもう。今のあなたにぴったりとしか言えなくらいに」


 はあ、となげくようにフロウィントが肩をすくめる。

 大人しくしていたヴァンだったが、我慢できなくなって椅子から立ち上がった。


「俺は、エルティナとキスがしたいんだ……!!!」


 心に湧き起る衝動を包み隠さず叫ぶヴァンに、フロウィントが「どーどー」と落ち着くよううながす。


「はいはい、エロボケ殿下。サカってるのは分かってます、お座りください」

「さかる?」

「あなたの今の状態を、こっちではそう言うんですよ。

 そんな状態なので、エルティナさんはお困りになったのでしょう」

「それは……そうかもしれん……」


 苛立ちをこらえるように、ヴァンは椅子にどっかと腰を下ろした。

 まるで自我が芽生えたばかりの子供のようです、とフロウィントが内心苦笑する。

 気づいたばかりの感情を、ヴァンはどう処理したらいいか分からないらしい。


「で、あなた、どうしたいんです」


 問いかけに、ヴァンは間髪入れずに口を開く。


「だから、俺はエルティナと――」

「そうじゃなくて。あなた、『色々と順番が』とエルティナさんに言われたんでしょう? ちったあ欲望を我慢してどうすべきか考えなさい。

 そんなんじゃあエルティナさんに嫌われますよ」

「それは…………………………嫌だ」

「でしょう? それに、エルティナさんは途中解約するおつもりなんでしょう? そうでなくとも、仮契約の期間だってあと半月もすれば終わりじゃありませんか。

 嫌われて更新がなければ、どのみちお別れですよ?」

「そんな……! ど、どうすればいいんだ、フロウィント!」


 テーブルに身を乗り出してヴァンが切実に答えを求める。


「その前に、あなた、精霊界には帰りたくないんですか」

「ない」


 即答だった。


 精霊界に戻れば、恋という感情は不要になる。

 けれど心は、知らなかった頃には戻れない。

 もう……決して……


「あんなに帰りたがってたのに……恋ですねえ」


 きっぱり断言したヴァンに、フロウィントは微苦笑を浮かべた。

 そうして肩を竦めて見せてから、ヴァンの問いに的確に答える。


「どうすればって、そりゃあエルティナさんに本契約を決めてもらうしかないでしょうね」

「本契約…………………………――あ」


 ヴァンは再度、椅子から立ち上がった。


 三日前に訪れた宝飾店のことを思い出したのだ。

 あの店には、本契約時に使用するという指輪があったではないか。


 あれがあれば、彼女は本契約を決めてくれるかもしれない。

 幸い、手元には十万ルースある。これを使えば、手に入れられる。


 ……だが、

(自分から「本契約してくれ」と頼むのは……かっこ悪い……気がする……)


 ヴァンは悩んだ。

 父のようなかっこよく偉大な精霊になりたかった。

 エルティナに「かっこいい」と言って欲しかった。

 そのために、過剰なほどに格好をつけてきたのだ。


 ……と、視界に白い物が映る。


 それは花瓶にされた、ヴァンがエルティナに贈った花束だった。

その意味を思い出す。


――『私はあなたにふさわしい。あなたは、私のものだ』――


「……なりり構ってられるか」

「どうしました、殿下?」


 立ち上がったまま真剣な顔でテーブル上の麻袋をにらむヴァンに、フロウィントが不思議そうに声をかけた。


「出かけてくる」

「さようでございますか。では、いってらっしゃいませ」


 楽しそうに見送るフロウィントの言葉を背で聞き、ヴァンは麻袋片手に勢いよく家を飛び出した。


(早く指輪を手に入れて、エルティナのところへ行かなければ――!)


 朝、力の言紡ことつむぎをかけてもらえなかったヴァンだったが、懸命けんめいに宝飾店を目指して走る。

 中央通りを、全速力で疾走。

 そして、そのままの勢いで店に飛び込んだ。


 呼び鈴が、カランカランと、待ちわびていた客の来店に喜ぶような音を立てる。


 先日、ヴァンに対応してくれた混血モワティエの少年がいた。

 ヴァンを認めて、彼はにこやかに微笑む。


「おや、風の殿下ではありませんか。本日は――」

「指輪をくれ! 本契約用の!」


 あまりに切迫した様子のヴァンに、少年はぱちくりと目をまたたいた。


「本契約と申しますと……ご結婚用で?」

「それだ!」

「色々と種類がございますが」


 種類、と言われてヴァンは困った。

 店には目移りしろと言わんばかりに指輪が並んでいる。


 エルティナが自分と本契約をしてくれる気になれば、何だっていい。

 だが、それが問題だった。

 逆に、どれを選んだらいいか分からない。


「ううむ……」


 彼女のことを考える。

 エルティナが好きなもの。小さくて、かわいいもの。


 考えて考えて、ヴァンはひらめいた。

 前回この店に来た時、エルティナは店の前で物欲しそうに陳列窓にへばり付いていた。

 あの指輪ならば、彼女は満足するのではないだろうか。


「少年、あそこに飾られているものはいつからある? 最近中身を変えたのはいつだ?」

「ええっと……陳列窓の中を変更したのは二週間ほど前ですね。

 うちは季節によって店構えを変えているので、春の最初の日から、あそこはずっとあのままです」

「そうか。それなら、あそこにある指輪はいくらだ」


 商品を見もせず値段を聞くヴァンに、だが少年は親切に答えた。


「十万ルースです」


 値段に、ヴァンは渋い顔になった。

 十万、今日得た臨時収入全てがふっ飛ぶ。


「……随分ずいぶん高いな。前回来た時、指輪は五万ルース程度だと聞いていたが」


 不満げなヴァンに、少年は陳列窓の裏手に回った。

 彼は絹の手袋をはめ、飾ってあった指輪を台座に乗せて持ってくる。

 そして、ヴァンに言った。


「これは特別。お値段は少々張りますが、一点もので非常にいい品ですよ」


 ヴァンはうなった。

 知識のないヴァンにも分かるくらい、確かにそれは逸品だった。

 金緑石エメラルドが金の輪に映えていて、細工も手が込んでいる。

 名のある土の大精霊の作だろう。


 だが、十万――



「………………………………これをくれ」


 ヴァンは悩むのをやめた。

 例え明日からまたひもじい思いをしようとも、エルティナの手料理を食べられなくなる方が不幸だと思った。


 彼女が喜んでくれるなら、契約を続けてくれるならそれでいい。

 一緒にいられるなら、それだけで――


 小箱に入った指輪を受け取ったヴァンは、店から飛び出そうとした。

 エルティナは今どこにいるのか分からない。

 だから、一番近いほころびの穴を使って、エルティナの元へ行かなければと思った。


 精霊は綻びの穴を使い、精霊界を経由すれば召喚士の元へ行くことができる。

 力の言紡ぎなしでは具合が悪くなってしまうが、構うものか、とヴァンはいた。


 だが、そこで、


「お待ちください」


 ヴァンを呼び止めたのは、店員の少年だった。


「殿下、お相手は召喚士ですか? 今からお会いに?」

「うん? ああ、そうだが」

「店の裏手に綻びの穴がございます。よろしければお使いください」


 渡りに舟だった。

 ヴァンは小箱を握り締め、少年に背を向ける。


「是非使わせてもらう。恩に着る!」


 喜びいさんで店を出るヴァン。

 その背中に、二種族の間に生まれし少年は祝福のことぎをした。



「お二人の幸せをお祈りします」

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