第4話

 翌日。

 マーシャは、朝も早くからアイを伴い、ローウェル道場をおとなった。

 ちなみに、アイは日も昇らぬうちから起き出して朝の鍛錬を行っており、しかも昨晩の酒はいささかも残っておらぬ様子にはさすがのマーシャも驚愕を隠せなかった。

 余談はさておき、出不精のマーシャが早朝から自分を訪ねたことに、マイカもはじめは困惑顔であったが、アイがケヴィン・ウェンライトの弟子だと聞くとすぐさま大きな興味を示した。

「して、ケヴィンの弟子というのはまことか」

 マイカが、身を乗り出して詰問するようにアイに尋ねる。

「まことか、と問われますれば某に証を立てる手立てはござりませぬが……ローウェル様、これを」

 と、師から預かったという書状を手渡す。マイカはまず、その封筒を詳しく検めた。

「むう……この印と署名……たしかに、ケヴィンのものに違いない」

 マイカが大きく頷く。

「では、ケヴィンのこと、おぬしのこと……話してもらえるかね」

 アイは自らの身の上、ケヴィンとの出会いと弟子入り、そしてケヴィンの死について語った。

「そうか、ケヴィンの奴、死んでしもうたか……」

 マイカが、沈痛な声を漏らす。

「……はい。頑強なお人でござりましたが、病には勝てませなんだ」

「そなたも大変だったじゃろうなぁ。シーラントにいる間、困ったことがあればわしを頼るがよいぞ」

「ご厚意、痛み入りまする」

「さて、書状の内容じゃが…………ふむ、ケヴィンは国を出る前に幾許かの金をとある寺院に預けたらしい。それをアイに相続させる手続きをして欲しいとのことじゃな。それから……」

 そこまで読んで、マイカがなにやら考え込むように押し黙った。

「御師匠様、いかがなされた」

「いや、なんでもない。それよりアイよ、そなたの技を見せてもらいたいのじゃが、用意はあるかね?」

「なるほど、マーシャ先生が支度をしておけと仰ったのはこのためにござるか」

 ケヴィンの弟子と聞いたからには、マイカがその実力を確かめたいと考えるのも当然の流れだ。なので、マーシャは予めアイに試合の準備をしておくように伝えてあった。

「相手は……誰ぞ道場におったかのう」

「お師匠様、ここは私めにお任せください」

 街道でのアイの戦いぶりを見てからというもの、ぜひ直にその実力を確かめたいと思っていたマーシャである。徒手空拳という今までにない相手に、久々に心躍るものを感じている。

「まあええじゃろう。では、道場へ参ろう」

 朝稽古は既に終わっている時間であり、道場ではまだ職についていない年齢の年若い門弟が数人、居残って稽古をしているのみであった。

 アイは手持ちの包みを開くと、身支度を整えはじめた。防具らしい防具は身につけないが、前腕部から手の甲を覆う手甲と、すねを覆う足甲を装着する。どちらも、艶が出るまで磨きこまれた木製である。

(やはり、速度を損なうような防具類は身につけぬか)

 マイカや公爵の話を総合するに、オネガ流は飛び込みの速度なくては成り立たぬ。身軽さを保ちつつ、打撃で痛めやすい部位を保護するというのがアイの装備の基本的な思想なのであろう。

「準備はできたかな?」

「はい。胸をお借りするでござる」

 道場の中央で、マーシャとアイニッキが向かい合う。

 マーシャは剣を両手で持ち下段に。アイは身体をやや半身に開き、両拳を顔の前あたりに構えた。

「始め!」

 マイカの掛け声が響く。しかし、二人は動かない。

 マーシャに自分から打って出る意思はない。まずはアイの技を堪能しようというわけである。

 一方のアイはというと、これは完全に攻めあぐねている状態である。もとより間合いの長さに劣るうえ、相手はマーシャである。打ち込むのを躊躇するのも無理はない。

(少なくとも、私の殺気と間合いを察知することはできるようだな)

 並の剣士ならば、いかにも悠然としたマーシャの構えに騙され、うかつに間合いに踏み込んでくることだろう。アイの実力が一定の水準を超えているのは間違いないといえる。

 しかし、このままでは埒が明かない。いつものマーシャならばここで殺気を緩め、相手を呼び込むところだが――アイは突如、自分の頬を両手で張った。

「いけない、いけない。申し訳ござらぬ、某らしからぬところをお見せしてしまった」

 そう言うと、アイはふたたび構えをとる。その眼からは、一切の迷いが消えていた。

「参るッ!」

 アイが前に出た。なんの幻惑もない、愚直な踏み込みである。しかし――

(速い!)

 マーシャが驚愕する。その速度たるや、マーシャですらかつて体験したことのない領域である。

 そして、アイはいとも容易くマーシャの懐に飛び込んだ。

「ふッ!」

 アイの左拳。肩から先をしならせるように打たれた拳は、重さはないがその分速い。しかし、マーシャに見切れぬものではない。上体をわずかに反らしてこれを避ける。間髪入れず、アイが右足を振り切った。

「むうッ!」

 マーシャは、とっさに跳びすさった。マーシャの左の脛があったあたりを、アイの足の甲が豪という音を立てて通り過ぎる。後方に跳びながらマーシャは牽制の横薙ぎを放ち、アイの追撃を断つ。両者距離を取り、一旦仕切り直しとなった。

「ううむ……!」

 マイカが唸る。

 上に注意を向けさせてからの下段攻撃。あらゆる武術において基本と言われる連撃である。しかし、然るべき技量を持つ者によって放たれる基本技ほど恐ろしいものはない。アイが放った連撃は、まさに必殺の威力を秘めていた。

(なんという速さだ。これほどの素質を持つ者がいるとは)

 マーシャとて、女性としては最高の水準に達する身体能力を有している。しかし、アイの身体能力はマーシャのそれを軽く凌駕していた。とりわけ、その瞬発力は男性と比べても遜色ない――いや、鍛えこんだ男性と比べても飛び抜けていると言えるほどのものであった。

 期せず、マーシャの口の端が上がる。強者と戦う悦び――久方ぶりの感覚に、マーシャも昂ぶりを抑えられずにいる。

「今度は、こちらから参る」

 マーシャが前に出た。一見すると全く無造作な踏み込みだが――アイは、虚を突かれたように慌てて守りを固める。

 マーシャは、特別な技術は何一つ用いていない。しかし、洗練の極みに達したその歩みによって、対戦者はまるでマーシャが突如眼前に迫ったかのように錯覚してしまう。

「ふッ!」

 瞬きほどの間に、三度の斬撃。常人ならば、最初の一撃で勝負が決まったであろうマーシャの剣を、アイはすべて避け切ってみせた。それどころか、斬撃の間をかいくぐってマーシャの脇に回り、拳を振るう。

「なんの!」

 マーシャはアイの拳を柄頭で打ち払うと、肩からアイに体当たりを食らわせる。アイがたまらず二、三歩後退したところに、鋭く突きを放った。アイは上体を捻ってこれを避けると、そのままの勢いでくるりと回転し、裏拳を放つ。マーシャは身体を沈めて拳を避けつつアイの胴を薙いだ。アイは後ろに跳び退り距離を取る。

 まさに、目にも留まらぬ攻防である。道場に居合わせたマイカの弟子数人は、みな一様に口をぽかんと開けて呆けたような表情を浮かべている。

(速さだけではない。一撃の威力もかなりのものだ。すべては、あの強靭な足腰があってこそか)

 腕や足を振るといった動作には、足腰の回転が密接に関わってくる。凄まじい速度を生み出すアイの足腰は、そのまま強い打撃を放つための土台となるのだ。

 今度は、二人同時に動き出した。マーシャの剣は鋭さを増し、それに対するアイの身のこなしも速くなっていく。絶え間なく放たれる斬撃と、その合間を縫うように放たれる拳と蹴り。しばらく一進一退の攻防が続いたが、その均衡は徐々に崩れ始める。アイが押され始めたのだ。

 マーシャが普段無意識的に抑えている実力が、アイのちからに呼応して漏れ出始めているのである。

 マーシャの放つ斬撃は竜巻のように激しく、アイは間合いを詰めることもかなわず防戦一方となる。後退を余儀なくされたアイは、とうとう壁近くまで追い詰められた。

(楽しませてもらったが、これまでか――むっ!?)

 これで止め、とマーシャが上段からの斬撃を放った。しかし、その剣は空を切り、マーシャの目の前にアイの姿はなかった。

「上か!」

 見上げると、アイニッキはマーシャの背丈を遥かに越える高さにまで跳躍していた。そしてとんぼを切りつつ道場の梁を蹴って勢いをつけると、逆さまの姿勢で右拳の突きを繰り出した。

 多少の反撃を食らおうとも、身体ごと相手にぶつかって痛手を与えてやろうという、捨て身の技である。梁を蹴ることによって落下の速度を倍化させたアイの身体は、矢のようにマーシャに迫る。

 しかし――マーシャの反応がそれを上回った。マーシャが剣を振り下ろそうとした瞬間にアイが放った、獣のような眼光。彼女が逆転の一手を狙っていることを瞬時に看破したマーシャの身体は、既に迎撃の準備を整えていたのだ。

 マーシャは、身体を半身に開きつつ最小限の動きでアイの拳を避けてみせた。アイは着地の瞬間身体を丸めて受け身を取り、床との激突を免れたが、その隙をマーシャが見逃すはずもない。アイが体勢を立て直す間もなく、マーシャの剣が首筋に突きつけられた。

「そこまで!」

 マイカの声がかかった。勝負ありである。

 マーシャが剣を下ろすと、アイは片膝を突いて平伏した。

「参りました! いやはや、お噂は聞き及んでござったが、凄まじいばかりの剣の冴え。感服いたしたでござる」

「いや、アイのほうこそ大したものだ。正直、素手でここまでやれるとは想像以上だった」

 偽らざる、心からの賛辞である。マーシャとここまで渡り合えた相手など、マーシャが覚えている限り十にも満たぬ。

「師匠様、いかがでした」

「うむ。天晴れ。オネガ流の技、しかと受け継がれているようじゃな」

「勿体無いお言葉にござりまする。某などまだまだ未熟者ゆえ……マーシャ先生には、まったく歯が立ちませなんだ。それに、先生はまだまだ本気ではないのでござろう」

 アイが梁を蹴り、床に着くまでの僅かな時間――その間に、マーシャはアイの拳を避けるだけでなく、アイに斬撃を加える余裕さえあった。そのことにはアイも気付いている。

「まあ、今日は相手が悪かったの。マーシャに勝てる相手など、古今東西探しても見つかるものではない」

「お師匠様、あまり持ち上げないでください」

 マーシャが苦笑する。

「ともかくじゃ、アイよ。そなた、これからどうするつもりじゃ」

「これから?」

「うむ。ひとりの人間として、これからどういう人生を送るつもりなのか、ということじゃ」

 マイカの問いに、アイはしばし黙考する。

「実のところを申しますれば……よくわかりませぬ。師の教えのみが、某のただ一つの道しるべでありましたゆえに。師を喪ってからは、遺言を果たすことばかりを考えておりましたが……もはや果たすべき遺言はありませぬ。いまの某には、生きる目標というものがないのでござる」

 そう言ってアイが瞳を伏せた。目の端には、わずかに涙が滲んでいる。

「……すまなかったの。まあ、そこまで気に病むことはないじゃろ。そなたはまだ若い。考える時間はいくらでも残されておる」

 マイカが、優しくアイの頭を撫でた。

(お師匠様にとっては生き別れになった実の孫――いや、姪のようなものなのだろうな)

 微笑ましい光景に、マーシャのほほが緩んだ。

「さて、アイよ。積もる話はのちほどゆっくり聞かせてもらうが、先に一つだけいいじゃろうか」

 アイが首肯する。

「ケヴィンの奴が、なぜシーラントを出てしまったのか。その理由、聞いておらんかの」

「試合で負けたことがきっかけだ、とは聞いておりますが……師は、自身のことについてあまり語らない人にござりましたゆえ。ただ――」

「ただ?」

「旅の途中で、とある村に立ち寄ったときのことにござる。ちょうど収穫祭が行われており、葡萄酒の新酒が振舞われておりまして。酒を飲まない師も、振る舞い酒を断るのは失礼になると申されて、一杯だけ口にされたのでござる」

「ほう。あ奴はとびきりの下戸じゃったからの。一杯といえど、さぞ酷く酔っ払ったことじゃろう」

「はい。あのときの師は珍しく饒舌にござりますれば、普段あまり話されないようなことも聞かせていただいたのでござる。その中で――確か、こんなことを。『負けたことが直接の原因なのではない。私は、自分の技に嘘をついてしまった。あれは、武術家としてもっとも恥ずべき行為だった』、と。それ以上のことは、ついぞ語られませなんだ」

「武術家として恥ずべきこと……?」

 マーシャとマイカは、揃って首を傾げた。しかし、これはもはや過去のことで、当のケヴィンの口から語られないかぎりは真相は闇の中だ。マーシャは、それ以上考えるのを止めることにした。

 さて、この日アイはマイカの強い勧めにより、マイカ宅に泊まることになった。フォーサイス公爵も呼んで、一晩じっくり語り合おうというのだ。

 マーシャは昼飯を馳走になったのち、ローウェル道場を後にした。

 自宅への道すがら、一軒の建物の前でマーシャの足が止まった。そこは、あるじの急死によって廃業となった道場跡である。建物自体はさほど傷んでいおらず、立地も悪くない。新たに道場を開くにはうってつけの物件である。すぐに買い手がつくだろう。かねてからそう思っていた建物から、木剣で打ち合う音が聞こえてきたのである。

(とうとう買い手がついたか――しかし、それにしては看板も出ていないな。む、あの立て札は――?)

 門の脇にあるその立て札には、以下のように書かれていた。


『挑戦者求む。我を負かした者には、金貨六枚を進呈する。ただし、対戦料として金貨二枚を頂戴いたす』


「ほう……いまどき賭け試合とは珍しい」

 興味を惹かれたマーシャは、中を覗いてみることにした。ちょうど、二人の男が木剣を手に戦っているところであった。

 ひとりは、四十がらみの痩身の男。もうひとりは、二十代半ばと思われる大柄な男だ。マーシャは、痩身の男のほうに見覚えがあった。

「あの男は……バーグマン殿ではないか」

 バーグマンはマーシャが現役だったころ知り合った男で、王都でも名の知れた実力者である。

 若い男も決して弱くはないようだが――バーグマンとの実力差は明らかだ。奮戦空しく、バーグマンに剣を弾き飛ばされ勝負ありとなった。

 苦々しげな表情で立ち去る若い男とすれ違いに、マーシャが石敷きの道場に足を踏み入れた。

「む……? 立て続けに二人目とはありがたい。しかし女とて容赦はせんし対戦料はまからんからそのつもりで――」

 と、バーグマンの言葉が止まる。目を細めてマーシャを見やると、突如大声を上げた。

「げぇぇっ!? お前、グレンヴィルではないか!」

「お久しぶりです、バーグマン殿」

「ま、まさかお前も立て札を見て……?」

「いえ、別にバーグマン殿に挑戦しようというわけではありませぬ。面白そうなことをやっているなと覗いてみれば、見知った顔がありましたので」

「そ、そうか。いやあ、肝が冷えたぞ。五日もかけて稼いだ金を、全部持っていかれてしまうかと思ったわい」

 心底安心したように、バーグマンが大きく息を吐いた。いかにも人の善さそうな雰囲気を持つ男である。

「しかし……賭け試合とは珍しいですな」

 この手の試合は、挑戦者が勝った場合の見返りが大きくなければ成立しない。必然、挑戦を受ける側は一度でも負ければ大損することになる。余程の実力がなければ、割に合わない金儲け方法だ。

 一昔前までは、王都レンでもこの手の辻試合がそこかしこで行われていたという。しかし、武術試合が興行として成立している今日こんにちにおいては、賭け試合で金を儲けられる実力があるならば、普通に試合に出たほうが安全に金を稼ぐことができる。

「それが、早急に金を稼ぐ必要があってなぁ。なりふり構っていられんのだ」

 金の話となると、あまり無遠慮に首を突っ込むわけにもいかぬ。そんなマーシャの思案顔を見て、バーグマンが苦笑する。

「いや、別に隠さねばならんような話ではない。聞きたいことがあるなら遠慮はいらんぞ」

「そう仰るなら……仔細をお聞かせくださるか」

 バーグマンは、このほど新たに道場を興そうとしていたところであった。道場を興す場合、道場審査会という国の機関に届出を出さねばならないことは前に述べた。バーグマンは実力・人品ともに道場主に相応しい男であり、実際バーグマンはとある武術局関係者筋から審査はほぼ間違いなく通るだろうという話を聞いていた。いい物件は見つけたし、あとは認可さえ下りれば晴れて新道場設立、という段階になったところで問題は起きた。

「審査会の特別顧問、ファーガス・ドレイクが横槍を入れてきた。なんのかんのと難癖をつけて、一向に認可を下ろさないのだ。要するに、自分に賄賂を渡さなければ認可はくれてやらん、ということらしい」

 バーグマンはこの手の不正は嫌う性質であったが、これが災いした。

「無論そんなものはきっぱりと断ってやったがな。しかし、認可が下りなければ商売が始められん。この道場はすでに月賦で買う契約を済ませてしまっていたし、なんとかして金を稼がないと月々の支払いができない、というわけだ」

 バーグマンはそれまでの蓄えで道場購入の頭金を払い、残りは門下生からの入門料や月謝で払っていくつもりだったのだが、認可が下りないことで予定が狂ってしまったのだ。

「それは、災難でしたな。しかし……ドレイク殿が賄賂を取っているとの噂はやはり本当でしたか」

「あの男、とんだ卑劣漢だぞ。あんな奴がウェンライト殿を破ったというのが、わが目で見届けたこととはいえ未だに信じられんよ」

「バーグマン殿、ウェンライト殿とドレイク殿の試合をご覧になったのか」

 王の御前試合ということで、その試合を観戦できたのは一握りの上流階級の者に限られていたはずである。

「ああ。当時、父の旧友が王城警備隊にいてな。警備要員のひとりとして潜り込ませてもらったのさ」

「どのような試合だったのですか」

「うーむ。ドレイクの技が冴えていたことは否定しないが……それ以上に、ウェンライト殿の動きが鈍かったように思う。体調が悪かったか、あるいはどこか怪我をしていたのかもしれん。ウェンライト殿『らしくない』戦いぶりだったことは確かだ」

 マーシャにとって、実に興味深い話であった。

(それにしても、ここでもウェンライト殿とドレイク殿、か。なにか運命めいたものを感じるな)

 バーグマンの道場を出たマーシャは、歩きながら考える。ケヴィンは自分の技に嘘をついた、とアイに語ったという。そして、バーグマン曰くケヴィンらしからぬ、というドレイクとの戦いである。

 八百長、脅迫――あまり穏当でない言葉が、マーシャの脳裏をよぎる。武術大国であるシーラントでは、一つの勝利によって大金や大きな名誉が手に入ることも珍しくない。なので、不正を働いてでも勝利を手にしようとする――悲しいかな、そんな輩も後を絶たないのだ。

「まさか、な」

 頭に浮かんだ可能性を、マーシャは首を振って否定する。仮にも王の御前で試合をしたほどの武術家が、そのようなことをするものか。しかし――いったん思いついてしまった一つの仮定は、マーシャの頭にこびりついて離れないのであった。

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