Track-7 “ら” の洪水 マッス視点
ティラノが入院して10日ぐらい経った頃、俺達はアイツが入院している向陽町の中央病院に呼び出された。
放課後、あつしと三月ちゃんと待ち合わせをして俺達は病院の駐車場を横切った。少し前を歩いていたあつしが心配そうに言う。
「突然医者からティラノのことで呼ばれるなんてなんかあったのかな?様態が急転したとか」それを聞いて三月ちゃんが言う。
「え、私は本人から直接電話あったよ。なんかテンション高くて俺の歌で世界をどうとか、とりあえず体調は大丈夫みたい」
「とりあえずなにかやらかしてないか心配だな」
「そうだね。普段がアレだし」「あれ?今日病院やすみ?」
あつしが正面玄関の札を見て言う。「いや、ちょっと待って」
俺が目を凝らすと玄関横のロビーに人だかりが出来ていた。
「あいつ、まさかあそこでライブする気なんじゃ...」
「だ、だいじょぶだよ。足骨折してるんでしょ?ギター弾ける状態じゃないって」
嫌な予感は的中した。大柄の看護士に車椅子を押され本日のライブの主役が登場した。なぜか勝ち誇ったような顔をし、膝上に見慣れないギターを抱えている。
「ティラノ!」俺達は急いで患者のことなんて一切考えて作られていない回転ドアを通ってロビー前に駆け寄った。
「え~みなさん、ながらくお待たせしました!YOUICHI HIRANO オンステージ、まもなく開演いたします!チェックしときな!ベイベェ!!」
調子はずれなアイツの決めゼリフに観客(ここじゃ患者)が笑い声をあげる。
「おーおー、自分から笑いものになるなんてあのぼっちゃん、度胸あるじゃねぇか」
「彼は平凡な俺達の毎日にニュースを与えてくれる稀有(けう)な存在だよ、まったく」
隣のベンチに座っていたおっさん2人が酒臭い声でぶつぶつと呟く。「あー、あーただいまマイクのテス、テス、テスト中!」
病院のロックスターは何度もスタンドマイクの高さを看護士に調整させていた。抱えているエレアコのボディが車椅子にあたるのか、窮屈そうにギターを抱えていると「早く済ませなさい!」と背の低い医者と思われる男がティラノを急かす。
「おけ、OK!」
どこから用意したのかわからない小型のスピーカーから音が出るとぼじゃーん、と鳴りの良いギターを弾き下ろしてティラノは語りだした。
「え~、それでは~・・・んふふ ボクの大好きなビートルズのハイパー名曲、聞いてくーださい(^p^)
いち、に、さん、...イクぜ!『 Hey Jude 』!!」
急に口調を変えると大きく息を吸い込んで、ゆっくりとギターを弾き下ろした。
「へいじゅ~どんめきば~てかさ~そ~あめきべた~」
「なんでビートルズなんだよ...」俺が小言を呟くと大柄な看護士が鼻の前に指を立てた。驚いて周りを見渡すとみんなティラノの演奏を聞き入っていた。死期が近いであろうおばぁさん、びっくりした瞳でティラノを見つめる怪獣のフィギュアを手にした子供、競馬新聞に目を落としたおっさん。
つっ立って親友の演奏を聞いてる制服を着た高校生の俺達。実に様々な人間がこの1968年に生まれた名曲のカバーを聴いていた。
「座ろうか」三月さんが3人掛けのソファの左に腰掛けた。俺が真ん中、あつしが右に座った。
「りめんばーとぅれたーいんとやーはーぜんゆーきゃんすた~とぅ-めきべた~」
たどたどしい英語と弾きなれないコードと格闘しながら車椅子の上でティラノは言葉を吐き出す。演奏者の様子を見ているととてもスローな曲には感じない。なんかこう、体調が万全じゃないというのもあるんだろうが「新しい自分のスタイル」を模索しながら演っているというか、
「懸命さ」をその姿勢から感じた。
「ばめきぅわふぁ~ あんりここるだ~」
コーラスパートに入るとティラノはじゃかじゃかとギターをストロークして声を張り上げた。
「らららららららららら~、ヘイ!一緒に!!らららららららららら~」
患者達が顔を見合わせる。「らららららららららら~、ほら!らららしか言ってないから!!らららららららららら~」
三月ちゃんとあつしが小声で一緒に歌いだす。「らららららららららら~、ヘイ!もっと大きな声で!!らららららららららら~」
あつしが俺を横目で見る。しょうがねぇな。「らららららららららら~」「ほら!らららだよ!アフリカ人でも歌えますよ~らららららららららら~」
「らららららららららら~」病院のロビーに不思議な、と言うか、不気味なコーラスが流れる。「はい、先生、全員が歌うまで止めませんよ~らららららららららら~」
ずっと目を逸らしていたおっさん連中に看護士さんが歌うように促す。ほんっと、はた迷惑なヤツですいません。怪我が治ったらきつく言っときますから。
「らららららららららら~、よし、全員歌ったな!どんめきば日本!イェア!」
壮大に原曲レイプをしでかすと「ら」の洪水、ティラノ版『 Hey Jude 』は向陽病院の入り口に響き渡った。おばちゃんが「まー...」と絶句しながら拍手をする。
他の患者が拍手しようとすると「待って、まだまだ。」重症なはずのボーカリストはマイクを握り締めた。
「この曲だけで終わりだと思った!?残念!もう一曲あります!!聞いてください。オリジナルでバードケージ」
俺は思わず苦笑した。横の2人もおんなじ顔だったと思う。この場で新曲発表かよ。ティラノはギターの弦を弾くピックを力強く握り締めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます