疾駆
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アガレス(Agares)、もしくはアグレアス(Agreas)とは、悪魔学における魔神の一柱。
紀元前10世紀頃のユダヤ王ソロモンが使役していたとされる72柱の悪魔の一柱としても数えられ、またその序列は2番目とされる。
右手にオオタカをとまらせた老賢者の姿をしており、巨大なワニにまたがって召喚者の前に現れる。
あらゆる言語に通じ、召喚者が望めばそれらの知識を授けてくれるという。
また『たたずむ者を走らせ、走り去った者を呼び戻す』という性質を持つとされることから、逃亡者を引き戻す能力があるとも、元は時を司る存在であったともいわれる。
しかし最大にして最も顕著な特長は、地震を引き起こす力を有するという点であろう。
天にあった頃は天使九階級中第五位である力天使(Virtues)に属していたといわれ、
地獄においては31の軍団を指揮する大いなる公爵の地位にあるとされる。
魔術書グラン・グリモア(Grand Grimoire)においては、同じく序列1番目である魔神バエル(Bael)と共に
六柱の上級魔神の一柱である宰相ルキフゲ・ロフォカレ(Lucifuge Rofocale)に仕え、また共に地獄の東方を支配するという。
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『―――なるほど。
確かに、一杯食わされたのは認めよう。
・・・・・・が、それがなんだというのじゃ』
「・・・・・・」
―――先ほどまでの様相から一転。
俺を見据えるアガレスの眼差しは、ふたたび冷たい光を取り戻していた。
『ぬしはただ、ワシの虚を突かんがためだけに全力を傾注したようじゃが・・・
それでぬしが優位に立ったとでも?
・・・結局、ただ仕切り直しただけではないか』
そう。
この状況、別に俺が有利になったわけじゃない。
アガレスの言うように、ただ仕切り直したに過ぎないのだ。
鷹の使い魔は封じたが、それで根本的な武力差を埋めたことにはならないだろう。
「・・・・・・・・・」
・・・あるいは、不意打ちから間合いを離さず、そのまま一気に畳みかけるべきだったのかも知れないが。
けれど俺自身の格闘技術はあくまで一般人レベルだし、エーテルの吸収力でも大幅に遅れを取っている。
あれ以上接近戦を継続するのは、自殺行為に等しいと踏んだのだ。
「・・・そうだな。
仕切り直したとこで、正面からやり合えば絶望的なことには変わりないよな。
・・・・・・やり合えば、な」
言いながら、俺は左腕をすっ、と水平に差し出す。
『・・・む?』
それをアガレスが怪訝そうに見てきた、次の瞬間。
―――がっ。
『!』
差し出した腕に衝撃が走り、身体が宙に浮いた。
『・・・これは・・・』
応じて、俺を凝視していたアガレスの視線が宙を泳ぐ。
「・・・・・・!」
そのまま腕を掴み上げられると、俺の身体はやや乱暴に『鞍』の上へと引っ張り上げられた。
―――白く、ほっそりとしたその腕によって。
・・・直後、地下下水道内にざばば、ざばば、と馬が疾駆するかのような規則的な足音が響き始める。
『これは・・・
・・・ゴモリーの
おそらくは俺を見失ったのであろうアガレスの声が、地下下水道内に
そう。
足音は、馬ではなくラクダ。
もっと言えば、ラクダ型の使い魔のものだったのだ。
・・・どちらにしろ、その蹄の調子は本物のラクダとはかけ離れたものではあったが。
「・・・せん、ぱいっ・・・」
鞍の上へ腹を乗せながら、俺はその腕の主―――ゴモリーの背中をあえぐように仰ぎ見る。
『ごめんなさい、このコを喚ぶのに時間がかかって・・・
・・・でも、よく耐えてくれたわ』
俺がアガレスと渡り合っている間に、ゴモリーが使い魔のラクダを召喚して逃走の手筈を整えてくれていたのだ。
そして仕切り直しに成功した直後、ラクダに騎乗した彼女がアガレスの背後から一気に俺を引っさらっていったというわけだ。
「・・・いえ・・・」
ゴモリーのラクダには、自身の存在を乗り手ごと認識されづらくする隠匿の力がある。
相手が相手なだけに完全にとはいかないだろうが、こうして全力で遁走していればそうそう捕捉されることはないだろう。
「・・・っていうか、先輩こそ大丈夫ですか?
さっき、足に・・・」
目の前の脅威からとりあえず逃走できたことに安堵した俺は、鞍の奥側へと足を掛けながら
何気なくゴモリーの右足に視線を落として
絶句した。
「・・・・・・・・・・・・」
足がない。
右脚のくるぶし辺りより先が、まるで砕けたマネキンのようにごっそり失われていたのだ。
「・・・・・・。
先輩、それ・・・」
・・・薄地のレインコートを着込んでいる俺とは違い、ゴモリーはいつも通りの制服姿でこの地下下水道を訪れていた。
よって、革靴にニーソックスと、およそ下水道内を探索するとは思えないような足回りだったのだが・・・
・・・膝下辺りまであったはずの黒ニーソックスが脱げて、ふくらはぎがまるまる露出している。
そしてそのふくらはぎの先では、革靴が中身ごと失われてしまっていた。
『・・・問題ないわ。
人間が四肢を欠損するのとは、わけが違うから』
間違いなく、足元に緑の光が走ったあの時に負ったものだろう。
ゴモリーのリアクションからして、それなりのダメージなのだろうとは思っていたが・・・。
「大丈夫なんですか?
ほんとに・・・」
『問題ないってば。
・・・足が喰われたことより、あやうくあなたを見殺しにしかけたことの方が痛いわ』
ラクダには手綱も、
おかげで・・・というのも変だが、右足の欠損は騎乗に支障をきたしてはいないようだ。
さすがにそこは使い魔といったところか。
「『喰われた』・・・んですか?
その足・・・」
ようやく鞍の上で体勢を整えた俺は、ゴモリーの腹に腕を回しながら問いかける。
・・・美佳が見てたら怒り狂いそうな体勢だったが、およそ自然界のラクダとはかけ離れた速度と足取りで駆けているため
乗客である俺はゴモリーにしがみ付きでもしなければ振り落とされかねないのだ。
『・・・まーね。
ま、わたしがボサっとしてたのが悪いんだけど』
「でもさっきの感じだと、先輩の足元にアガレスの使い魔がいたようには見えませんでしたよ」
『・・・それは―――』
ゴモリーが何事か答えようとした、その時。
―――ごぼっ。
『!!』
「!
・・・え!?」
―――突然、前方の水面に二つの隆起が生じた。
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