アルビノ(前)

「―――案外、あっけなかったですね・・・」


―――暗い小河にどっぷりと沈み込んだ、黒く、平べったい物体たちを見渡しながら、俺はぼそりとつぶやいた。


『・・・・・・』


ゴモリーは答えず、ただしゃがみこんで

物言わぬそれらの顔を覗き込んでいる。


それらは動かない。

おそらくは絶命したのだろう。


・・・それらに、自然界の生物と同様の死があるのなら、だが。



―――結局、俺とゴモリーは特に危うい場面もなく

アガレスの五体の使い魔たちを狩り終えてしまった。

想定より数が多いと知れた時は正直ぎょっとしたが、確かにヒル人間の特性をもってすれば組するのは難しくない相手だ。


『だから言ったじゃない。

 しょせん回収係だって』


そう言いながらも、ワニの死骸を見つめるゴモリーの顔からは険が取れていない。

なにか腑に落ちないといった面持ちだ。


「・・・」


俺はふと、ゴモリーの頭上を照らしている四つの光の球を見上げた。

光は青白く、ゆっくりと蛇行するように空中を飛び回りながら、ふよふよと光の尾を描いている。


奥側二匹のワニの死骸は外皮のところどころが細かくえぐり取られており、この使い魔たちの攻撃手段が物理的なものであることを伺わせた。


「ホタル・・・ですよね?

 これ・・・」

『・・・』


その下水道には似つかわしくない幻想的な光景を眺めながら、俺はゴモリーに問いかける。


「ネットで先ぱ・・・ゴモリーのことを色々調べさせてもらいましたけど、ホタルに関する記述とかはなかったような・・・」

『そりゃそうよ。

 このコたちはラクダのコと違って、ずっと使ってるってわけじゃないもの』

「そうなんですか?」

『・・・ホタルの光ってね、熱を持たないの。

 ホタルの体内にある、とある物質ととある物質が化学反応を起こして

 こういう、熱を伴わない青白い光を発するんだけれど』

「・・・?

 はあ・・・」

『今の人間たちはね、その二つの物質をそれぞれluciferaseルシフェラーゼluciferinルシフェリンって呼んでいるのよ。

 ・・・それで、人間たちがそれらの物質をそう呼び始めてから

 なんとなく気に入って、こうやって使い魔にしたってわけ』

「・・・・・・そんな理由ですか・・・・・・」


一瞬、俺の脳裏に緋色髪の少年の顔がひらめく。


「・・・。

 それにしても、白くなかったですね・・・ワニ。

 五匹もいたのに全部普通の色とか・・・」

『・・・・・・回収済みなのよ』


ゴモリーはおもむろに立ち上がると、こちらの方へと戻ってきた。

やはりゆっくりと蛇行しながら、ホタルたちがその後へと続く。


「回収済み・・・?」

『抜け殻、ってコト。

 このワニたちはおそらく、既にアガレス老へ献上してしまった後の、ただの抜け殻・・・出涸らしよ』

「献上・・・って、エーテルをですか?」


ゴモリーは無言で頷く。


『アガレス老の使い魔は、エーテルの吸収具合によって体色が変わるの。

 抱えてるエーテル量が多ければ多いほど、白く変色していく』

「そんな分かりやすいバロメーターがあるなら教えといてくださいよ!」


俺は思わずゴモリーへ抗議の声を上げる。


『ごめんなさいね。

 ほんとは体色の変化であなたの観察力を測ろうと思ったのだけれど、予想外に頭数が多かったからそんな余裕がなくて』

「・・・・・・。

 ・・・ったく」


なんだ『観察力を測ろうと思った』って。

一応仲間として戦ってるんだから、ヘンなこと企まないでくれよ。


「でも・・・じゃあ、アガレスはもう魔力の装填を済ませた、ってことじゃ・・・」

『地震を起こすのに充分かはさておき、かなり回復してるのは確かでしょうね。

 ・・・おそらく、こんなに数が多かったのは

 京都中に放っていた使い魔たちを、この上京区に再集結させたからじゃないかしら』

「ワニたちが貯め込んだエーテルを、アガレス自身が回収するため・・・ですか?」

『そ。

 そして回収を終え、用済みになった使い魔たちを・・・

 ・・・・・・』

「・・・俺らにぶつけてきた・・・?」


・・・心臓の鼓動が、より強く身体の内側を打ちつけ始める。


『・・・不自然だとは思ったのよ。

 元々複数いたならさすがに天津神が把握してるはずだし、それをあなたに伝えない道理もないはず。

 ・・・それがいるということは、彼らはとうに役目を終えていて

 あなたの力を測るため、まとめて捨て駒にされた・・・』

「・・・。

 つまり、アガレスは・・・」


この上京区にいる。


そして、俺たちを明確にターゲッティングしている。



『・・・・・・。

 ・・・ねえ、高加くん。

 さっき、少し気になったのだけれど・・・』


ゴモリーは眉根をますますひそめながら、どこか迷いがあるような調子でふたたび口を開く。


「・・・なんですか?」

『・・・・・・さっき、あっちへ・・・』


言いながら、ゴモリーはワニが来たのと反対側の大通りへと振り返り


『・・・!!

 ・・・・・・高加くんっ!』


・・・そして、叫んだ。


「・・・え?」


その大声に俺もまた反対側の方へと振り返り


・・・そして、凍り付く。


「っ!!」



―――白い。



・・・ライトを向けるまでもなくはっきり分かるほど真っ白な『なにか』が、俺の後方・・・いや、振り返ったから前方か、

とにかく、手前30mほどの距離にいつの間にか佇んでいたのだ。



・・・・・・ワニだ。



『っ!』


そして俺が振り返ったその直後、それは突然、こちらへと向かって這い寄り始めた。


「・・・白い・・・ワニ!」


虚を突かれて思わず怯んだものの、俺はすぐさま気を取り直して後方へと飛び退く。

同時に、護衛用のヒル人間二体に前進するよう頭の中で念じ始めた。


「どういうことです!

 回収は済んだんじゃなかったんですか!?」

『・・・!』


突然の事態に、俺はゴモリーに向かって怒鳴り気味に声を上げる。

・・・が、その問いかけへの返事を待っていられるような状況ではなかった。


「・・・うぉ!」


速い。

迫り来る速度が、目に見えて速い。

そしてあからさまにデカかった。

先ほど戦った五匹はいずれもせいぜい全長2m程度だったが、こいつは・・・


・・・・・・いや、突然のことでよく分からんが、とにかくデカい!


『・・・ち!』


ゴモリーは突き出した腕でふたたびハンドサインを描くと、白ワニ目がけてホタルたちをけしかける。


たかだか30mの距離だったが、ワニは目に見えて加速していた。

迫られている側なので余計そう感じるのかも知れないが、マジで時速60kmまで加速しかねないような勢いだ。


『・・・ちぃっ、と、とぉ・・・して・・・』

『・・・・・・くだ、しゃん、せぇえ・・・・・・』


俺の思念を受け、両脇に控えていた二体のヒル人間がよたよたと身を寄せ合い

まるで門を閉じゆくかのようにワニの前へと立ち塞がろうとした。


『・・・ご、よぉ、の・・・ない、もの・・・』


・・・が、遅すぎるし、速すぎる。

このままじゃ腐肉の門が閉じきる前に、二体の間を余裕ですり抜けられてしまうだろう。


『・・・・・・とぉ、しゃ、せぬぅうぅ・・・・・・』


ああ、くそったれ。

どうでもいいことだが、この状況で『通しゃせぬ』とはひでぇ皮肉だ。



―――ヂ!!



「っ!」


と、距離を半分以上詰められたところで光の帯がワニと交差し、その外皮に縦一文字のクレバスを刻む。


ゴモリーのホタルだ。


《・・・・・・ガ!!》


・・・が、ワニはまるで意に介していないようだった。

続けざまに、ヂ!ヂ!ヂ!と残りの三匹が背中をかすめていくも、やはりワニの速度に衰えは見えない。


『なんでっ・・・。

 ・・・パワーが強すぎる!』


なんで、って、そりゃこっちのセリフだよ先輩。

回収用のワニは普通のワニと大差ないんじゃなかったのか?

いくらエーテルを吸ってるといっても、さっきの五匹と違いすぎるだろこれ。


『・・・この、このぉ、なな、つのぉ・・・』


ぬらりと伸びたぼろぼろの腕をかいくぐり、やはりワニはヒル人間の脇をすり抜けようとしていた。


「・・・ち!」


・・・どうする。


後方の四体は呼び寄せるには遠すぎるし、これ以上召喚すると制御しきれずにただの木偶になっちまう。

そもそも、もう一呼吸もないような間合いにまで詰められてしまっているのだ。

今から召喚したんじゃ、とてもじゃないが間に合わない。



――――――――と、なると・・・。

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