管制室
『―――先刻は、置き去りにして済まなかったな。
なにぶん、危急を要したゆえ・・・』
「・・・いや。
おおよそのあらましは把握したよ」
―――眼前に座するタケミカヅチへ言葉を返しながら、俺は周囲の風景へちらちらと目を配った。
「・・・つーか、あんたこそ大変だったんだろう。
ほんとにタッチの差で大惨事を防いだらしいけど・・・」
『仕方あるまい。
我ら・・・いや、わしの不手際が招いたことでもある。
・・・それに、大変なのはむしろこれからだ』
「・・・」
・・・俺と美佳がルシファーに会いに行ったこと、責めはしないんだな。
この日本を永きに渡って支配してきた神様としての自負が、あるいはそう言わせるのか。
―――ここは、京都における天津神の拠点の、管制室。
らしい。
・・・『らしい』というのは、例によってこの管制室が拠点内のどこら辺に位置するのか、地上にあるのか地下にあるのか、そもそも管制室とは言ってるがほんとに『室』内なのか、よく分からないからだ。
まず、周囲は一面、鬱蒼とした森。
例の真っ暗な廊下から
とにかく、襖を開けた先に広がっていたのは深い森林地帯だった。
見上げても空まで緑に覆われてしまっているため、中庭のような場所なのか、それとも室内庭園的なものなのか、あるいは本当に外に出てしまったのか、それすらようとして知れない。
まあ、こういう珍妙な間取りにもさすがに慣れてきたが・・・。
『そなたらの方から赴いてくれたのは、我らにとっては幸いだ。
・・・サルガタナスの跳梁には警戒していたが、結果的には助けられる形になってしまったな』
『・・・・・・』
大樹だったのであろう大きな切り株の上で、禅を組むように座しながらタケミカヅチがそうこぼす。
・・・この切り株が『制御装置』なのだろうか。
管制室などと漠然と言われたが、具体的にここが何に対して管制を行っているのかまでは聞いてはいない。
今まで見聞きした情報からして、地脈を制御するためにタケミカヅチがここにいるのは確かなんだろうが・・・
・・・そう考えると、『切り株』というオブジェに対して忌々しさと懐かしさが入り交じったような、奇妙な感情が湧き上がってくる。
いや、あの時は切り株じゃなくて丸太だったっけか。
「・・・俺たちは、何をすればいい?」
『・・・・・・』
「それを告げるために呼んだんだろ?」
タケミカヅチは仕切り直すように口元を結ぶと、俺と美佳とをすっと見据える。
『・・・まず、加賀瀬美佳には「呼びかけ」を行ってもらう』
「呼びかけ・・・。
・・・戦力を集めるための、ですか?」
美佳はどことなく不安げな面持ちのまま、タケミカヅチに聞き返した。
『左様。
・・・既に聞き及んでおるかも知れぬが、現在、出雲にて
そなたにはその議の場へ向け、声明を発してもらいたい』
「・・・わたしに務まるでしょうか」
『・・・・・・』
タケミカヅチは今一度、涼やかな目つきで美佳を見上げる。
『・・・加賀瀬美佳よ。
言ってしまえば、そなたは自身が
さしたる興味はないのではないか?』
「!」
「・・・」
『そなたはただ、その高加索が共にいてくれるならば
戦火に身を投じるのもそこまで悪くはないと、それくらいの気構えでおるのだろう』
「・・・・・・。
・・・すみません」
・・・否定しないのかよ。
まあ確かに、ルシファーに対してもそんなようなことは言ってたけど。
『そうではない。
それが悪いことだとか、責めておるわけではなく、その有り体の本心をそなたの言葉に乗せて発すればよいと申しておるのだ』
「わたしの、本心・・・」
『然り。
声明に関して、我らの方で口上を用意することはしないし
また、そなたも心にもないような方便を捻り出す必要はない。
思うままを言って、その上で助勢を呼びかけてほしい。
・・・国津ども相手には、その方が伝わる』
「・・・・・・」
「・・・ツクヨミ、ってここに来るまでも何度か聞いた名前だけど、どういう神様なんだ?」
『月読殿は
・・・大和の人間の
「・・・あんたらの実質的なリーダーってことか」
『主上はあくまで大御神御前だがな。
・・・月読殿は加賀瀬美佳の参戦に否定的だったが、事ここに及んでは是非もあるまい』
「国津神は?
今、具体的にどういう立場を取ってて、あんたら天津神とはどういう関係にあるんだ?」
『・・・』
「そこら辺の事情をよく聞かないまま、ここまで来ちまったんだけど・・・」
『以前語って聞かせた、天孫降臨の神事は覚えておるか?』
「あ?ああ。
あんたらが日本に最初に降り立った時のエピソードだよな?」
・・・我ながら、
『うむ。
国津神々というのは、その頃より大和の各地に根付いていた、先住民・・・土着の神々のことだ。
そこに我らが降り立ち、各地に住まう彼らより大和の支配権を譲り受けた。
今では、我ら天津が・・・そうだな、与党のようなものだとすれば、国津は野党に当たるか』
「・・・必ずしも味方とは言い切れない、と?」
『この大和の危急に際して国を憂い、力を尽くすことに、天津も国津も違いはない。
・・・が、森羅万象、万物には「しがらみ」というものがある』
「しがらみ・・・?」
『・・・以前申したように、わしは天孫降臨の際
それに先んじてその露払いを担った
・・・当然、武威に訴えることも少なくはなかった』
「・・・・・・」
『国津どもの中には、それを未だに禍根として捉えたままの者もおろう』
つまり、侵略の側面があったわけか。
まあ、戦国時代とかよりもっとずっとずっと昔の話だろうから、現代の価値基準で善し悪しを量るべきじゃないんだろうが。
「・・・だから、甕星の生まれ変わりである美佳のひと声が欲しいわけだ」
「・・・」
『左様。
かつて天津の内にありながら、纏ろわぬ神として最後まで我らの戦刃に抗った甕星は
彼らに好ましく思われる傾向にある』
「・・・でも、わたしには天津甕星としての自覚がありません。
そのわたしの言葉が、
『先ほども申したように、「天津甕星としての言葉」を無理に意識する必要はない。
我らもそうだが、国津神々が知りたいのはただ単純に、そなたがしたいことと、そのしたいことの動機だ。
・・・そこに真摯さと誠心が感じられるならば、それでよい』
「・・・」
真摯さか。
それはゴモリーからも、ヒルコからも聞いた言葉だった。
「じゃあ、俺が出しゃばって原稿考えるとか、そういうのも一切要らないよな」
「へっ?
・・・あ、うーん・・・」
美佳はあからさまに残念そうな顔で俺を横目に見てきた。
・・・どうやら、タケミカヅチにここまで言われてもなお俺に頼りたかったらしい。
まあ、こいつは口頭で人に語って聞かせるというのがヘタクソだから、不安になるのも仕方ないが。
『と、言うかな、索よ。
そなたには、別件を引き受けてもらいたい』
「!」
「え!
・・・俺?」
予想外の言葉に、俺は思わず自分で自分を指さしながらタケミカヅチに聞き返す。
『うむ。
・・・ただ作戦行動としては独立しているが、加賀瀬美佳が国津神々を説き伏せる上で重要な布石でもある。
そなたはそちらに回ってもらう』
「・・・・・・。
・・・具体的には?」
『アガレスの使い魔の掃討だ』
『!』
・・・すぐ後ろで、俺たちのやり取りを黙って見守っていたゴモリーが
一瞬、ピクリと震えたような気がした。
「アガレスの・・・?
でも、ワニは残党たちに回収されちまったって・・・」
『そうだな。
・・・今回言うところの使い魔というのは、その大鰐とはまた少し異なる』
「どういうことだ?」
『・・・アガレスは現在、わしが三年前に魔力を封じ込めた大鰐を回収し、その力を完全に取り戻しておる。
・・・・・・が、乾坤一擲で放ったのであろう地震攻撃は事実上の失敗に終わった』
「・・・・・・」
『今、アガレスは魔力の再装填に全力を傾注しているはずだ。
そしてその手段が・・・』
『「端末」のバラ撒きね』
と、そこでようやく、ゴモリーが俺たちの会話に割って入ってきた。
「端末・・・?」
『おそらくアガレス老はね、何体かの使い魔をこの京都中に放っているのよ。
で、そのコたちにエーテルを回収させて、魔力を装填しようってわけ』
「回収・・・って、エーテルってこの京都のどこかにあるものなんですか?」
『・・・・・・』
『・・・・・・』
一瞬、ゴモリーとタケミカヅチが顔を見合わせる。
・・・あれ?
今俺、なんかおかしなことでも言ったんだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます