古都動乱
「ッ!?
・・・うおぉおおぉおっ!?」
「きゃぁあぁああぁあッ!!」
『・・・・・・・・・・・・!!』
――――――世界が、震えた。
右の耳から。
左の耳から。
四方八方から。
老若男女さまざまな悲鳴と絶叫とが飛び交い、怒号となって響き渡る。
「・・・・・・!!
・・・ぐ・・・!」
「・・・~~~~~~っ!!」
俺はその場で尻餅をつき、俺にすがっていた美佳がその上に覆いかぶさってきた。
「・・・ッ、
み・・・・・・!」
俺は尻餅をついたまま、しばし――いや、時間にしてほんの一瞬だったのかも知れないが――茫然となっていたが、
すぐ目前に路線案内用の巨大なボードが立っていることに気づいて、慌てて頭上の美佳を押し退けようとした。
「み・・・・・・か!
みかっ!!
おい、どけっ!
みかっ!!」
「・・・・・・!!」
「・・・っく!」
俺は覆いかぶさってきている美佳を力ずくで横に除けると、マウントを入れ替わるようにしてその上に四つん這いになった。
この状況で、これが正しい処置なのかは分からない。
というか、多分間違ってると思う。
だが今の俺がやれることなんて、これくらいしかない。
「・・・・・・・・・・・・っ!!」
・・・・・・この時、自分より重いであろう美佳の長身を押し退ける行為がなぜか妙にスムーズに行えてたような気もするが、よく覚えていない。
無意識に覚えたての『精霊憑き』を発動してたのかも知れないし、あるいは単なる火事場の馬鹿力だったのかも知れない。
「・・・・・・!」
と。
美佳の上で俺が四つん這いになっていたその時、不自然にしっかりと大地を踏みしめている脚が前方に見えた。
『・・・・・・・・・・・・っ』
「せん・・・ぱいっ・・・」
―――ゴモリーは、その場でただただ仁王立ちとなって、上空を睨み上げている。
俺たちや周囲の人間に比べて、なぜか明らかに異変の影響を受けていないようだった。
―――――――――――――――――――――――――――――
《――緊急速報です。本日午後5時40分ごろ、京都府京都市付近を震源地として、マグニチュード7弱の地震が観測されました。繰り返します。本日午後5時40分ごろ、京都府京都市で――》
《――現地のみなさんは警察官や役所職員などの誘導に従い、すみやかに最寄りの公園もしくは学校へと向かってください。くれぐれも冷静な行動を――》
《――この地震による津波の恐れはありません。また、京都府と福井県の沿岸部、及び琵琶湖近隣の住人のみなさんは――》
「震度4.9だってさ・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
近所の自販機で買ってきた麦茶を差し出しながら、俺はうずくまる美佳に話しかけた。
「・・・いやー、体感的にはもっとデカいかと思ったんだけどなー・・・。
つっても、そんなデカい地震なんて経験したことなかったし、わかんねーよなぁ」
「・・・・・・・・・・・・」
「でももうちょっとデカけりゃ、これもタダになってたかもなー。
知ってるか?震災支援型の自販機。
震度5くらいの地震が発生すると、一部の自販機はタダで・・・」
「・・・・・・ごめん」
体育座りでうずくまった姿勢のまま、美佳がぼそりと漏らす。
「・・・・・・」
「・・・・・・わたしのせいで、サクが死んでたかも知れない」
「・・・・・・・・・」
気のせいではなく、美佳の声は涙ぐんでいた。
「・・・大げさだなお前は。
ちょっとボードが倒れてくるかも知れなかったから、位置入れ替わっただけだっつの。
結局倒れてこなかったし」
「・・・倒れてこなかったのは結果論でしょ」
「結果が全てだろ。
・・・つか、俺こそ駄目だ。
あの状況でボードが倒れてきたら、結局お前も下敷きになっちまうし。
・・・ほんと、俺って咄嗟の判断力ダメだよなぁ・・・」
――ここは、
京都駅から西に十数分ほど歩いた場所にある、大きな公園だ。
「わたしのこと守ってくれたサクがダメなら、わたしはどうなるのよ・・・。
ただの足手まといじゃない」
「いーんだよ。
お前は普段強すぎて、俺の立つ瀬がないんだから。
たまには男らしいことさせろ」
周囲は俺たち同様に避難してきた人びとでごった返している。
大半は近隣の住人や京都駅の利用客だろう。
「・・・サクは、いつだって男らしいよ」
「そりゃどーも。
・・・ま、子犬の男らしさなんて知れてるけどな」
「・・・・・・」
口にしてから、ちょっと『しまった』と思った。
美佳を元気づけるために軽口を叩いたつもりだったが、なんか皮肉っぽくなってしまったからだ。
「ご、ごめん・・・」
「ううん・・・。
サクが子犬っぽいのは、ほんとのことだし」
「・・・・・・・・・・・・」
そこは譲らねーのかよ。
――周りの避難者たちの動向はさまざまだ。
携帯をいじる者、寝っ転がる者、連れ合いと思しき人らと喋っている者、美佳と同じようにうずくまる者。
なんとなくホームレスっぽい出で立ちの人も多いようにも見受ける。
そういやこの修学旅行直前のミーティングで、生活指導の臼井が
京都はホームレスが多いからあまり関わり合いにならないようにと注意してたのを思い出した。
「・・・」
・・・よく見ると、一定の方向に向かってかすかに人の流れのようなものができている。
もしかして、もう帰ろうとしているんだろうか。
避難勧告による規制が発令されているかも判然としない状況だから、あるいはそうなのかも知れない。
地元の人たちなら、その選択肢もありなのかも知れないが・・・。
「他のみんな、大丈夫かな・・・」
周囲からは時折、アラームのような音がけたたましく鳴り響いてくる。
つーか、俺や美佳のスマホからもだ。
緊急時の災害情報を知らせる通知音だ。
もっとも、俺も美佳もあまりちゃんとチェックしていないが。
「・・・ゴモリー、どこ行ったんだろうな」
「・・・」
揺れが収まった時には、視界からゴモリーの姿は消えていた。
まあ、状況と彼女の立場的にいろいろと急用が発生したんだろうが。
「・・・わたしがゴモリーの言うことをすぐに聞いて星を見てれば、あんな危険な目に遭わなかったかも・・・」
「いや、それは無理だろ。
タイミング的にどう考えても間に合わん」
俺が広場に戻った時、二人が熱心にスマホをいじっていたように見えたのは
焦って俺を呼び戻そうとしていたからだったそうだ。
その時は気づかなかったが、後で確認したら確かに美佳からの着信が入っていた。
俺はてっきり、対戦ゲーム系のアプリでもやってたのかと思ってたが・・・。
正直、自分ののん気さがちょっと恥ずかしい。
しかし逆に言うと、ゴモリーが地震を予知してから俺が広場に戻ってくるまでは、かなり短い時間だったということになる。
時間猶予的には割とどうしようもなかったってことだろう。
「しかし、ゴモリーもちょっと大げさだよなあ。
広場の人間全員の未来が見えないなんていうものだから、俺はてっきり――」
『みんな死んじゃうかと思った?』
「!」
「・・・うぉっ!」
と。
そこで突如、背後から聞き慣れた声が――
・・・・・・って、なんか今日やたらこのパターン多いな。
「せ、先輩・・・」
『ごめんなさい、ちょっと野暮用があって』
言いながらゴモリーは美佳の横へと回り、同じようにちょこんと体育座りする。
『わたしも驚いたわよ。
・・・美佳さん、わたしが広場でボール遊びしてた子にボールを拾ってあげた時のこと覚えてる?
・・・あの時、なんとなくその子を未来視してみたのよ。
ほんと、なんとなく』
「・・・・・・」
『そしたら、何も視えないんですもの。
それでまさかと思って広場全体の人間を片っ端から未来視したら、一人残らず「もや」がかかってて・・・』
「・・・」
「・・・それって、どういうことなんですか?
あの広場ではたぶん、死者とかは出てないと思うんですけれど・・・。
でも、全員の未来が見えなかったって」
『関わってしまった、ということよ』
「!」
ゴモリーは真剣な面持ちで俺の方に視線を戻してきた。
『いえ、その後関わることになる、というべきかしら。
・・・わたしの予見の力は、自分よりずっと力ある存在にまつわる運命は視えない。
・・・・・・裏を返せば、近いうち、その存在から直接なんらかの干渉を受けるであろう人びとの運命も、また視えなくなってしまうことがある』
「・・・それ、って・・・」
「・・・じゃあ、さっきの地震は、やっぱり・・・」
『・・・・・・』
ゴモリーはただ、無言で頷く。
『・・・皮肉なものよね。
「視える」ことを売りにしているはずの能力なのに、「視えない」おかげで危機を予見するなんて・・・』
「・・・・・・」
「・・・でも、どういうことです?
今の地震が、その・・・仮に、アガレスによるものだとしたら・・・」
『仮に、ではないわ。
・・・今の地震は、確実にアガレス老によって引き起こされたものよ』
「・・・・・・・・・」
――そう。
それこそがタケミカヅチが言っていた、日本にとって非常に危険な、悪魔アガレスの力だったのだ。
「いや、でも、じゃあ、そのアガレスは、もうタケミカヅチの封印を解除した、ってことですか?
まだワニの争奪をしている段階だったんじゃ・・・」
『・・・わからない。
でもそれにしては
「・・・・・・」
・・・そのサルガタナスは直前までのん気に俺とくっちゃべってたんだが。
一瞬、俺を足止めするために接触してきた可能性を疑ったが、すぐに打ち捨てた。
足止めするならあのタイミングで話を切り上げたりはしないだろうし、そもそも俺ごときをあんな短時間足止めしたところで
大勢にはなんら影響がない。
なにか企みごとがあって邪魔立てしたいというなら、足止めしなきゃならない相手はタケミカヅチとかだろう。
「そういや、そのタケミカヅチはどこに行ったんですか?
直前にどっか行ったって言ってましたけど・・・」
『正確には分からないけど、京都における天津神の拠点とかじゃないかしら。
鹿島殿は、今回の作戦における中核のはずだから』
「・・・地震鎮護の神様でもあるんでしたっけ」
『ええ。
彼がアガレス老との因縁にこだわるのは、そういうことでしょうね』
「因縁・・・」
言いながら、俺は五ヶ月前のあの始まりの怪事――異次元迷宮と化した山海高校で西宮先生から聞かされた
鹿島神宮と香取神宮の霊験の話を思い出していた。
境内に地脈制御の要石をいただく、地震鎮護の武神。
地震を鎮める神と、地震を引き起こす悪魔。
神様や悪魔もまた、因縁――宿命のようなものに囚われているのだろうか。
・・・そういや、西宮先生は無事だろうか・・・。
石山や、新見も。
この公園にたどり着いた直後に電話をかけてみたが、どうも通信が殺到して回線がパンクしているらしく、繋がらなかった。
仕方ないので学校側に事前登録させられていたメアド指定で災害用伝言板にメッセージを入れた後、家族や主だった知り合いに無事だという旨のメールを送り、それっきりだ。
もっとも、俺の親父は今インドだか中東だかに出張に行ってるはずなので、どうしようもないのだが。
・・・・・・。
・・・ほんとは、もっとこまめに災害情報を追って、学校側との連絡を優先すべきなんだろう。
当然だ。
『・・・予想よりインパクトの訪れが早かったから焦ったけど、予想ほど強い震度じゃなかったのは幸いだったわ。
もしかしたら、鹿島殿がなにかしらの手段で軽減してくれたのかも知れないけど・・・』
「・・・・・・」
・・・・・・しかし。
恐ろしいことに、この人間にとっての、天災・・・つまり不可避の不幸であるはずの災厄は、俺たちのこれからの行動如何によって、より大きな悲劇に膨れ上がる危険を孕んでいる。
そう。
俺たちは、ただの被災者・・・いや、被害者のままではいられないのだ。
――動かなければならない。
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