PM05:43

「―――じゃあ、なぜこんな不自然なタイミングでそのワニとやらはポンっと現れたんだ?」

《・・・・・・》


俺はいるかどうかかも分からない虚空の一点を見据えながら、見えざる悪魔へ問いを続ける。

こいつに害意がないというのはさすがに信じる気になったが、状況的に釈然としないものが残っていることには変わりがなかった。


「まさか、ほんとにただの偶然とか言い張る気か?」

《・・・汝が今言ったように、この京都に鰐を連れ込んで解き放った者が、おそらくは存在する。

 ただ、聖下や私の陣営ではない》

「・・・。

 それじゃ答えになってねーだろ」

《候補はいくらかいる。

 残党もそうだし、天津神々の内の内通者かも知れぬ》

「・・・?

 待った。残党がワニ連れてきたっつーのはおかしいだろ?

 残党の手の内にワニがいるなら、それこそとっととアガレスの封印を解けばいいじゃねーか」

《・・・それは、残党が一枚岩であったならの話であろう》

「!」


・・・思わず、何もないはずの空間へと目を見張った。


《残党とは、文字通りの残党だ。

 それら全てが志を同じくしている方が不自然であろう》

「・・・」

《そもそも我らデーモンは、聖下への忠の許に一つとなるべき存在なのだ。

 それを捨てたたわけどもの結束など、知れている》

「・・・・・・」


・・・おめーらだって内輪揉めばっかしてるじゃねーか・・・。


「じゃあ何の目的でワニを出したり引っ込めたりしてるってんだ?

 つか、アガレス本体を匿っている奴とおんなじ奴なのか?」

《そこまでは分からぬ。

 ・・・だが、アガレスはおそらく、三年前に力を封じられた直後から今の術者に匿われている。

 この三年間、天津神々は元より、転移させた私自身の探知にすら引っ掛からなかったわけだからな》

「・・・」


・・・本当に、単純に見失ってたのか。


《裏を返せば、残党どもの背信は長期に渡る計画的なものということだ。

 アガレスもアインも、来日するより以前からそのつもりでいたのであろう》

「・・・・・・」

《汝らの学徒旅行と鰐の発見が時と場所を同じくしていることに関して、因果関係があるかは断言できぬ。

 もしかしたら、汝・・・というよりも、加賀瀬美佳を試すつもりでやっているのかも知れん》

「美佳を・・・?」

《あるいは、私や聖下が状況証拠的に疑われるように仕向けて、遊んでいるのか・・・》

「試すってんなら、そのルシファーサマだって俺らを試す気満々だし、俺らで遊んでいるようなもんだろ。

 そのワニ匿ってる奴とお前らとで、そんなに違いがあるとは思えないがな」

《聖下は汝らをもてあそぶつもりなど、微塵もない。

 ・・・あのお方は、もてあそぶという行為を軽蔑しておられる》

「・・・はあ?」

《そこには真摯さがないゆえな。

 ・・・試しているのは確かだが、それは聖下のお考えを成す上で必要なことだからだ。

 遊びでは断じてない》

「はあ・・・」


・・・自分の力をエサにして手下同士でせめぎあわせるのは、もてあそんでることにならないのか?

よく分からん。


「・・・・・・。

 俺らの修学旅行先に、たまたま大魔王サマが来てたのは?

 それも偶然だってのか?」

《偶然も何も、聖下は日本においてはあの鞍馬山より外には出られぬ。

 我らの視点では、汝らの旅行先にたまたま聖下がお越しになられたのではなく

 聖下の拠点にたまたま汝らが来たのだ。

 お会いになりたいと仰せられたのも、昨日になって突然のことであった》

「・・・今までの話、ゴモリーは知ってるのか?」

《無論、知っている。

 汝から見て短慮とも取れるのは、あれの立場的に表立っては言えぬこともあるというのと、単純に腹が立っているからであろう》

「・・・・・・」

《あれは、精神の在り方が根本的に『娘』なのだ。

 幾星霜とよわいを重ねようとも、それは変わらぬ。

 ・・・我らは、そういう風にできているからな》


・・・・・・『できている』、か。


《あれが他の神魔といがみ合ってばかりいるように見えるのも、あれ一流の交渉術なのだ。

 本当に険悪ならば、愚にもつかぬ口論などせぬからな》

「・・・そういうものか」


つーか、言われてみりゃ確かにあの悪魔ひと、俺が面識ある神様や悪魔の大半と口ゲンカしてんな・・・。


《・・・・・・では、ここらでおいとましよう。

 お互い、これから忙しくなるであろうしな》

「・・・・・・」


・・・結局なにしに来たんだかよくわかんねーな、こいつ。


「・・・ゴモリーが、お前は本来はすごく無口な奴だって言ってたぞ」

《・・・・・・》

「喋り相手が欲しいなら、俺なんかじゃなくてよそを当たれ」

《・・・・・・ふん》



―――その鼻を鳴らすような一言を最後に、それっきり見えざる悪魔の声は聞こえなくなった。


「・・・・・・。

 ・・・まっ、たく・・・」



―――――――――――――――――――――――――――――



―――なんとなく、くたびれたような気持ちを抱えながらも俺が広場へと戻ると、

先ほどよりも駅の入り口に近い場所で美佳とゴモリーの姿を認めることができた。


「――わりぃ、遅くなった。

 石山たちから連絡来たかー?」


歩み寄りつつ、俺は十数メートルほど離れた場所から二人へと声を掛ける。

二人は妙に熱心にスマホをいじっていたようだったが、俺の呼びかけに気づくと

すぐさまそれを切り上げ、こちらに向かって駆け寄ってきた。


「・・・あれ?

 タケミ・・・建部さんはー?」


改めて周りを見渡してみたが、タケミカヅチの姿が見えない。

広場には人が多かったが、あんなガタイのいい警備員姿のおっさんがいたらすぐに目につくはずなんだが。


「さっ、さっちゃん・・・。

 ・・・えと、えーっと、その・・・」

『・・・・・・』


二人へ視線を戻すと、その様子が少しおかしい。

駆け寄り方が少し慌ただしいというか・・・

・・・どこか、焦ってるように見える。


「・・・?

 どうしたんだ二人とも。

 つか、タケミカヅチはどこ行ったんだ?」

「さっちゃん・・・。

 えっ・・・と、あの・・・」


美佳は俺の目の前まで来ると、なにか言葉に詰まったようにしどろもどろになっている。

俺がきょとんとしていると、まるで助けを求めるかのように隣のゴモリーへと顔を向けた。


・・・こいつがゴモリーにそんな視線を送るなんて、すげー珍しい。


『・・・高加君。

 今からわたしが言うことを、よく聞きなさい。

 ・・・・・・美佳さんも』

「・・・?

 先輩・・・?」

『時間がないから要点しか言わないし、二度は言わないわ。

 質問にも答えない。

 だから黙って聞きなさい』

「先輩、一体・・・?」


と。

そこまで言いかけて、俺はようやく気づいた。


・・・ゴモリーが、かつてないほど真剣な面持ちになっていることに。


「・・・・・・」

『・・・あそこに、京都タワーが見えるわよね?

 あのボーリングのピンみたいな塔よ』


ゴモリーは大通りの先にある、白く大きな塔を指し示しながら言葉を続ける。


『わたしの話が終わったら、まずまっすぐあそこへ駆けていって

 それでそこの大通りを、左・・・西に曲がるの』

「・・・・・・」

『曲がったら、またそのまままっすぐ走って。

 そうしたら、突き当たりに小学校があるはずよ。

 ・・・そこに駆け込みなさい』

「え・・・」

『いい?ただ駆け込むだけじゃダメよ。

 駆け込んだら、校庭のなるべく真ん中に行きなさい。

 タイミング次第ではそこの教員や生徒に咎められるかも知れないけど、無視して』

「・・・タイミング・・・?」


俺が要領を得ないでいると、美佳が横から割って入ってきた。


「あ、あのね?

 いきなりなんだよ?

 ・・・急にゴモリーがケンカしてたと思ったらそのケンカをやめて、いきなりそれでゴモリーが剣を持てとか言い出して、わたし・・・」

「お、おい・・・?」

「建御雷様はこんなとこにいる場合じゃないからってどっか行っちゃって、それで、それで、最初はゴモリーのいうことなんて聞くことないと思ってたんだけどっ、でも、でも・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「真っ暗なのっ!ぜんぶっ!!・・・ぜんぶッ!!」

「・・・は・・・」


わめき散らす美加の顔は、今にも泣き出しそうになっていた。


『美佳さん!説明は後!

 ・・・高加くん!!美佳さんを連れていきなさいっ!!』

「・・・ゴモ・・・リー・・・?」


その尋常ならざる剣幕に、思わずゴモリーに向かって一歩踏み出そうとしたが。



・・・いつの間にか、俺の足は震えていた。



『この広場にいる、全ての人びとの「未来」がえなくなっている!

 もはや、美佳さんに星を見てもらっている猶予すらないッ!!』

「!!」


『・・・・・・・・・・・・っ!!

 ・・・まずいッ!!波長の訪れが、予想よりはや―――』































2014年、12月11日。午後5時43分。




――――――その日、京都市が震えた。

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