尊天拝寺

「――んじゃ、みんな。

 悪いけど、俺らはこの辺で・・・」


駅構内の壁掛け時計をちらと見やりながら、俺は改札口前に並んでいるグループの連中へと声を掛けた。


「いやいや~。

 全然構わないよ~?

 愛し合う二人の門出を阻む権利なんて、私達にはないし。

 ・・・ねえ、石山?」

「そそそ。新見の言う通り。

 ・・・ただ、具体的に二人でナニをしてきたのか

 帰ってきたら、ほんのちょーっとだけ、根掘り葉掘り聞かせてもらうってだけだって」

「・・・・・・・・・・・・」


・・・くっそ。

確実に誤解されてるのに、状況が状況なせいで釈明できねえ・・・。


「ゴメンね、みんな。

 うちのお父さんの実家が、どうしても貴船きふね神社のお札が欲しいから、って・・・」


貴船神社というのは、鞍馬山にあるという水神を奉った神社のことだ。

もちろん、本当に用事があるのは貴船神社ではなく

その隣に敷地を構える鞍馬寺なんだが、神社の娘である美佳がわざわざグループ行動を抜け出してまで鞍馬山に向かう口実を作るとしたら、もうそんなんしかなかった。


「いーっていーって。

 ・・・ま、修学旅行中に二日連続でグループ行動ブッチしてデートとか、よっぽどのバカップルでもやんねーけどなぁ」


言うまでもなく、甚だ無理がある口実だ。

結局のところ、俺が一緒に抜け出す理由にはなってないし。


・・・だがぶっちゃけた話、口実に説得力があるかどうかはこの際あまり問題ではなかった。


「・・・すまん・・・」


なぜなら、俺と美佳がグループ行動を一時離脱したいと切り出した途端、両グループの他のメンバーは一斉に『あ、そういうことね』みたいな顔をしたから。

そもそも、俺と美佳は昨日の映画村の時点で既に前科があるわけで、そういう意味ではみんなの理解を得るのは早かった。


助かるっちゃ助かるんだが・・・。

なんか不本意だ。


「修学旅行から帰ったらみんなにメシおごるから、今日のところはそれでカンベンしてくれ・・・」

「いいよ~?

 根掘り葉掘りは聞くけどねー」

「・・・・・・・・・・・・」


・・・『後始末』の大変さを思って、思わず俺は天を仰ぐ。


「ま、心おきなくいかがわしいことしてこい。

 俺らは俺らで、心おきなく珍獣ハントしてくるから」

「・・・なんだそりゃ」

「気にすんな。

 お前みたいなオリコーサンがいると嫌がるだろうから、俺らは俺らで気がねなくやるってことだ」

「・・・・・・」


ハント・・・?

・・・・・・。

ナンパかなんかだろうか。

いや珍獣っつってんだから、動物園か?

京都市には確かに動物園があるけど、いやでも、当たり前だがハントしちゃマズいし。


まあ、どうでもいいか。




・・・と、その時。

ただでさえニヤけがちだった顔をますますニヤつかせながら、石山がついっと俺のそばまで寄ってきた。


「・・・なあ、高加さ。知ってるか?

 鞍馬山って、麓から寺の本堂に行くためにケーブルカーがあるらしいぜ」

「あん?

 ・・・だからなんだよ?」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・二人っきりだからって、中でエロいこととかすんなよ」

「・・・・・・・・・・・・」



ご っ 。



「いでッ!?

 ・・・ちょ、なにも殴るこたねーだろ!?」

「するわきゃねーだろッ!!このバカっ!!」

「えー」

「『えー』ってなんだ美佳!!」




―――――――――――――――――――――――――――――




「――さすがに山ん中は冷えるな・・・。

 一応厚着してきて良かったか」


―――12月11日木曜日、午後12時50分ごろ。朝方とは打って変わって、天候は曇り。


理解がありすぎる同グループのメンバーたちにニヤニヤと見送られ、俺と美佳は京都駅から二つほど電車を乗り継いだ先の終点にある鞍馬駅を下り、ここ鞍馬山中へと足を踏み入れていた。


「さっちゃん、昔から寒いのニガテだったもんね。

 見た目は子犬っぽいのに」

「・・・・・・。

 俺が子犬ってんなら、お前はさしずめドーベルマンだよな・・・」

「ドっ!?

 ・・・ちょ、それはさすがにヒドいんじゃない!?」


人のこと『子』犬とか言うからだ。『子』犬とか。


「・・・ところで、星はどうなってる?

 まだ先か?」

「へっ?

 ・・・あっ、うーん・・・」


俺の問いかけに、美佳ははたと我に返ったかのようにフツノミタマを握りしめ直す。


「・・・まだ、遠い・・・・・・かなぁ・・・。

 少なくとも、本堂よりさらに奥から見えてるみたい」

「・・・そうか」


俺たちが今いるのは鞍馬山の南側中腹、鞍馬寺の本殿があると思しき場所の、おそらくはやや手前辺り。

12月の山の寒気かんきに手をかじかませながらも、俺は美佳の星標に従い

鞍馬山中を縫うようにして敷かれているこの参道をひた歩き続けていた。


「・・・やっぱ、魔王殿ってとこなんかな」


麓でもらったパンフレットによると、鞍馬寺は本殿からさらに先へと伸びる参道があり

その道はいわゆる奥の院と呼ばれる場所に繋がっているとのこと。

そこには博物館を兼ねた霊宝殿や、源義経ゆかりのお堂なんかがあるらしいんだが・・・しかしそれよりも俺たちの気を引いたのは、そのものズバリ『魔王殿』と呼ばれる社の存在だった。

奥の院参道の、さらに一番奥にその魔王殿とやらはあるらしい。

・・・んだが。


「やっぱ、バスに乗って西門から行くべきだったか・・・。

 けっこうキツい山登りになりそうだ」


魔王殿は裏手側にあたる西門からは近いのだが、麓にいた時点では具体的に鞍馬山中のどの施設から星が見えているのか判然としなかったため

とりあえず正面から登ることにしたのだ。


「えー?

 やだよ。

 せっかくのさっちゃんとのデートなのに、短縮しちゃうなんてもったいないし」

「・・・・・・。

 お前は平気そうだな・・・」


なにせ、俺と美佳とじゃ体力に天地の開きがある。

美佳は今もケロっとして山道をすたすた歩いているが、俺は正直、早くも足の裏が少し痛い。

それでなくても寒いし。


ちなみに石山が言っていたケーブルカーは到着先が星の方角とは異なっていたため、結局乗らなかった。

つーか、乗車時間二分じゃヘンなことなんてできるわけな・・・



・・・・・・。



・・・いやいや、何考えてんだ、俺。


「・・・・・・・・・・・・。

 ね、さっちゃん」

「・・・ん?」


と。

そこで美佳が今一度、こちらへおもむろに顔を向ける。


・・・先ほどまでとは一転して、その表情は心なしこわばっているようにも見えた。


「さっちゃんは、なんでゴモリーを追いかけようと思ったの?」

「・・・・・・・・・・・・」


それまで山の頂を見上げるように歩いていた俺は、そこで少し顔を伏せ、口元に手を当てる。


「・・・正直、自分でもよくわからん。

 なんとなく、としか・・・」

「・・・」


いや、それはウソだ。

この鞍馬山を訪れる上で、俺も美佳も学生としては少なくないリスクを背負ってきている。

グループの連中への説得やこの後の埋め合わせもそうだし、西宮先生には他の教員にバレないためのフォローを頼んでいる。

何より――そもそも従う義理もないとはいえ――タケミカヅチの指示に逆らって来ているのだ。

『なんとなく』で、そんなリスクを背負いこんだりはしない。


「・・・さっちゃんでも、そんなふわふわした理由で動くことがあるんだね」


しかしじゃあなぜかと自問してみても、明確な動機は浮かんでこない。


・・・そもそも、俺はゴモリーをどうしたいんだろう。

あまり関わりたくないと思いつつも、雲隠れされると追いかけて

友達として付き合う一方で、他の神様や悪魔ごと元の場所へ帰って欲しいとも思っている。



神様とのしがらみより、友情を優先した・・・と言えば、聞こえはいいが・・・。

・・・・・・・・・・・・。



「お前に言われたくねーよ。

 ・・・つか、お前こそどうなんだ?

 ゴモリーに会ってどうする?」

「わかんない。

 なんとなく追いかけてるだけ。

 ・・・さっちゃんと、おんなじ」

「・・・・・・」


どちらかと言うと、俺なんかより美佳の方こそゴモリーに会って色々と問いただしたいと思っているんだろうが

それが美佳にとってタケミカヅチに逆らうほどの動機となるかはまた別の話だろう。


「でも、そうするのが正しいっていう、ちょっと確信みたいなものもあるよ。

 ・・・わたし、昔からそうだった。

 ヘンにあれこれと考え込むより、『なんとなく』で動いた方が、逆にいい結果になりやすかったから」

「・・・そうだったな」


美佳は下手に理屈をこねるよりも、直感に身を任せて動いた方が結果を出すタイプだということは

俺もよく知るところだった。




・・・結局。

俺たちはただ、『納得』がしたいだけなのだろうか・・・?

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