『キング・オブ・キングス』(その3)
「・・・。
ヒル人間の噂は、やっぱり先輩が流したんですよね?」
『え?
・・・あ、うん。まーね。
けっこう大変だったわ。又聞きのフリをしつつ、あちこちに言いふらすの』
「・・・・・・」
アナログ方式で言いふらしたんかい。
よくわからん力で噂の蔓延を『なかったこと』にできるなら、同じ要領で『噂が蔓延していること』にすればよかったんじゃ・・・。
「なんでそんなことしたんですか?」
『啓発のためよ。美佳さんへの』
「啓発・・・?
・・・」
先輩は本棚から抜き出した何冊かの本を抱えて、俺たちが座っているテーブルへと戻ってきた。
「そういえば、タケミカヅチたちもそんなようなことは言ってましたけれど・・・。
・・・でも、具体的に何か意味があるんですか?それ」
そもそも現代の日本人にとっては『啓発』なんて単語自体、あまり縁のない概念だ。
どうしても宗教的なイメージがついて回るし、まして悪魔が神様の生まれ変わりに施す啓発とか意味が分からない。
『もちろん。
・・・美佳さん自身が直接自分に関わりあるものと思ってなくとも、自分を取り巻く環境でそういうことがある「かも知れない」とあらかじめ意識させておくとね、いざその事態に遭遇した時に、霊的な潜在能力が発現しやすくなるのよ』
「刷り込みみたいなものですか?」
『まあ、そうね。
・・・実際、割とあっさり使えるようになったんじゃない?
星を視る力』
正確には、美佳の星読みの力はヒル人間との遭遇で初めて覚醒したわけではなく、それ以前から剣道の試合などで既に兆候があったようだが、その時点では『相手の剣筋が光の筋のように見える』程度のものだったらしい。
正解の道に星が浮かんで見える・・・なんて超常的な形態に昇華されたのは、やはりあの田んぼでの一件がきっかけだろう。
・・・じいさんが美佳に施していた修行が、逆に神通力の漏出を抑えるためのものだったことを鑑みると、なんとも皮肉な感じではあるが・・・。
「まあ・・・。
・・・でも、実際にはそれまでヒル人間に襲われた人なんていなかったんですよね?
なのに、先輩はあんな・・・俺たちがその後、実際にヒル人間に襲われた時のような・・・妙にリアルな噂を、よく先立って流せましたね」
『わたし、予知能力はちょっとしたものなのよ。
聞いたことない?』
「過去とか未来とか、隠された財宝を見通す・・・って言い伝えのことなら、少しだけ調べましたけど・・・」
・・・我ながら、本人を目の前にして『言い伝えを調べた』もないもんだ。
『そそ。
・・・なんだ、ちゃんとわたしのこと、知ろうとしてくれてるんじゃない。
嬉しいわね』
ふたたび丸椅子に腰掛けながら、ゴモリーはにんまりと笑う。
『もうあなたたちが入学してきた時点で、ヒルコ神が美佳さんに仕掛けるのは、ほぼ確定していた。
これは予知とかじゃなくて、当時の情勢から鑑みてね。
ただ、美佳さんの力が眠ったまま天津神に確保されてしまうのは、わたしたちとしては不都合だったわけよ。
この高校の周辺地域はもともと天津神の影響力が強いから、わたしもあまりデーモンとして目立った行動は取れなかったし』
「その対策が、森林伐採やら噂の流布やらの工作だったと・・・」
『そ。
周辺の緑を片っ端から排除したのは、土地を禿げ上がらせることで
そこに根付く神々の力を弱らせるためというのと、あなたたちに仕掛けられるであろう結界術の作用を弱まらせるため。
被術者の「錯覚」に働きかける術でもあるから、単純に視界を遮るものは少ない方が破りやすくなるの。
・・・まあ結果的に、市役所や教育委員会にまで
「天津神の目が厳しい地域なのに、そんなことして大丈夫だったんですか?」
『彼らはね、物理的・・・というか、アナログな工作に対しては口を出しづらいのよ。
彼らのルールにおける「テロリズム」の定義は、「人を超えた力を用いての」破壊・侵略活動のことだから。
だからいくらわたしが策を弄しても、それが人間でも可能なやり方である限り、彼らはわたしを明確に敵性と判定して拘束するのが難しいの。
・・・実質的には侵略者と見なしていようともね』
「だから、噂の流し方とか灯油の手配とか、妙に現実的な手段で手助けしてくれたんですか・・・」
『そ。
・・・そもそも、この国におけるわたしたちの建前上の扱いは
あくまで「滞在者」だから。
そこから「テロリスト」に再認定して直接的な武力で排斥するためには、彼ら自身が煩雑な手順を踏まなければならない』
・・・タケミカヅチから聞いた『侵略者』と『滞在者』の線引きの話もそうだったが。
天津神という存在は戒律や理念にこだわるあまり、自縄自縛に陥っている側面があるんじゃないだろうか。
この国の体制側だから、ということもあるんだろうが・・・
そういうとこは人間社会の公的組織と大差ないのかも知れない。
『アインやアンドラスに対してすら敵性認定でもたついているのに、まして誰かに危害を加えたわけでもないわたしに対してそんな手順を踏むのは、彼らも割に合わないと考えていたのよ』
「なるほど・・・」
・・・確かに。
人を超えた力による破壊活動が、神々の世界にとってのテロ行為と見なされるなら
それこそアインなんかは真っ先にアウトになりそうなものだが。
それすら手間取っているということは、その手順というのは相当厄介なものなんだろう。
『・・・唯一、この図書室だけはちょっと術を施したけどね。
でも別に、この図書室が特別な空間になったところで
それが誰かの迷惑になるわけじゃないし、天津神の行動を能動的に妨害することにもならない。
だからギリギリセーフ』
「いったんは流した噂を、またなかったことにしたのは?
人を超えた力を使うことがデリケートなことなら、あれも無理に『なかったこと』にする必要はなかったんじゃ・・・」
『あれはむしろ逆で、口出しさせないための後始末・・・かな』
「・・・」
・・・『逆』・・・?
『・・・と言うかね、わたしも最初は流しっぱなしにしておくつもりだったのよ。
でも放置しておくと、別の方面からわたしに対して突き上げが来そうだったから・・・』
「別の方面?」
『ヒル人間は間接的にでもヒルコ神の権能を顕すものだから、あまり長期間に渡って不特定多数の人間に認識され続けると、もっと上のとこから口出しが来そうだったの。
・・・人間の利権問題でもあるでしょ?そういうの』
「・・・」
『ヒルコ神は天津神でも長老組でね、自身はあまり表には出てこないけど、血縁にもっと面倒なのがいるから』
「アナログな手段を用いる分には問題なかったんじゃ?」
『建前はね。
・・・でも、いくら理屈の上では合法でも、いったん権力者に睨まれたりしたら、潰す口実なんていくらでも講じられてしまうでしょう?
ヒルコ神の縁者にも、そういうのがいるのよ。
・・・その気になれば、この国のあらゆる
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