『キング・オブ・キングス』(その2)

『・・・わたしたちデーモンには、「王」がいる。

 その力は・・・本来なら、およそ個体の器には収まらないであろうほどの、強大な「王」が』

「・・・それが、『セーカ』・・・?」


―――部屋の奥に並列する本棚の、その一つの前で足を止めると、

後森先輩はこちらへヒラリと振り返った。


『そ。

 「聖下」というのは、文字通り、こう・・・「せいなる」「した」と書く。

 ・・・本来はあなたたち人間がカトリックの法王や教皇を指して呼ぶ尊称だけれど、わたしたちも「王」を呼ぶ際は、あえてそう呼んでいる。

 ・・・わたしたちにとって、「王」は「法」そのものだから』

「・・・・・・」

『そしてその「聖下」のお膝元にある政治機関が、聖下の御座みざという意味で「御聖座」。

 ・・・わたしたちはおおよそにおいては御聖座に従い、「王」のために動く。

 そして目下、わたしたちが目的としているのが・・・。

 はるか昔に散逸してしまった「王の力」を再統合すること』

「統合・・・?」

『・・・個体の枠に収まらないほどの力・・・と今言ったのは、例えでもなんでもないのよ。

 実際、散り散りになってしまっているの』

「・・・・・・」

『ずーっと、ず―――・・・っと大昔、とある出来事がきっかけで、「王」の力はバラバラに砕けてしまった。

 そして、世界中・・・この地球上のありとあらゆる場所に、大小さまざまな「かけら」となって散らばったの。

 でも、人々はその記憶を遺伝子の片隅に留め、ひっそりと・・・あるいは大々的に、そしてさまざまな形で、現代まで連綿と語り継いできた。

 それが・・・』

「・・・・・・・・・・・・」

『・・・あなたたち人間が今現在、神話とか伝承と呼んでいるものよ』


・・・・・・。


『わたしたちの目的は、そのあなたたちが「神話」と呼んでいる太古の記憶の中に散見される「王」の力をかき集め、今一度統合し、あるべき場所へと返還すること。

 ・・・もう、ここまで言えば分かるでしょ?

 この国に語り継がれている、とある「神話」のとある「神様」は、厳密にはこの国だけのものではないし、ましてや天津神々が我が物顔で占有していいものじゃない』


ゴモリーは本棚の一角を成す本の列を指でなぞりながら、なおも言葉を続ける。


『少なくとも、わたしたちはそう主張している。

 もちろん、天津神々は頑として認めないけれど・・・。

 そしてその見解の相違が、今回のような争乱に繋がった』


本をなぞるゴモリーの指が、ぴたりと止まった。


『この国だけじゃない。

 既にこの地球上のあらゆる場所で、この国と同様の摩擦や諍いが生じている』

「・・・」

『・・・でも、わたしたちはやめるわけにはいかないの。

 あの方のお力は、あまりに永い間、バラバラのまま放置されすぎた。

 わたしたちはただ、それを本来の持ち主に還そうとしているだけ。

 ・・・だからせめて、わたしは極力、みんなの「損」を最小限に抑える方向で目的を遂げようとしている。

 既に一ヶ所、中東のとある「かけら」はわたしの狙い通り、丸く収めることができた。

 ・・・でも、この国でも上手く行く保障はないわ。

 少なくとも天津神々は、わたしのこともアインやアンドラスと同様、単なる侵略者だとしか思っていない』

「・・・・・・」

『・・・ふふ。

 突拍子もない話に聞こえたかな?』

「・・・。

 先輩は・・・俺の性格、よく知ってるでしょう」


俺がそういう地に足の着いていないヨタ話を好ましく思わない奴だということは、後森先輩もよく知っているはずのことだった。

その上でこれだけストレートに話して聞かせてきたということは、まあ、そういうことなんだろう。


『でも、わたしがデーモンだということは信じてくれているんでしょう?

 だったら、今の話も信じてもらうしかないよ』

「俺はただ、美佳に付きまとうワケのわからん化け物どもを追い返して、普通の生活に戻りたいだけです。

 そんな・・・西宮先生ですら苦笑いしそうな地球規模の陰謀論なんて、知ったこっちゃない」

『気持ちは分かるけど、そうも言ってられないのよ。

 美佳さんが生まれ持った宿命というのは、思いの外大きいものなの』

「・・・宿命・・・」

『さっき言ったでしょう?

 「かけら」は世界中、大小無数に散らばっていると。

 世界中のあらゆる神話の中において、あのお方の影は、大なり小なりさまざまな形で息づいている。

 ・・・つまり、小さく弱い「かけら」もあれば、大きく強い「かけら」もある』

「・・・この国の神話の・・・アマツミカボシは、後者だと言いたいんですか?」


ゴモリーは無言で頷く。


『・・・かつてわれらの王は、この世の体制そのものとも言える存在に逆らい、刃を向けた。

 この国の日本書紀に記される天津甕星の逸話は、その記憶が永い時のうちに形を変えて伝わったものなの』

「・・・その言い方、なんかおかしくないですか?

 今の言い草だと、日本書紀に書かれていることはあくまで創作で、まったく異なる大元の話が日本とは関係ないところで起こっていたことになる。

 でも、俺はタケミカヅチやタケハヅチ・・・大昔にアマツミカボシと直接戦ったっていう日本の神様たちと直に会って、アイン退治を押し付けられたんですよ。

 日本書記や日本神話が創作なら、俺らに無理難題を押し付けてきたあの神様たちはなんなんですか?」

『そういうことじゃないのよ、高加くん・・・。

 確かに大和の神々には大和の神々の歴史があり、わたしたちとはまた違った道を歩んできている。

 ・・・でも、彼らの物語を綴った書物がもっと根源的なものを原型にしているというのも、また真理なの。

 現代の人々には、もう理解できなくなって久しい概念だけれど・・・』

「・・・」

『実体が先か創作が先かっていうこと自体は、この際あまり意味がない議論なのよ。

 人間という生き物は、真理というものは常に一つだと考えがちだけれど・・・でも、そうであってそうじゃない。

 この世を覆う真理の殻の外には、より大きな真理の殻が覆っている。

 現代の人間には、それが知覚できないというだけ』

「・・・分からせるつもりがあるような、ないような説明ですね」


内心では苦笑していた。

ゴモリーの今の言い草は、ただの偶然か、それともなんらかの接点があってか・・・二日前、西宮先生に聞かされた講釈とそっくりだったから。


『今は納得できなくてもいい。

 ただ、大和の神々もわたしたちも・・・矛盾しているように見えて、どちらの在り方も真理だということ。

 ・・・わたしが言いたいのはね、美佳さんの中に「在るもの」は、あなたが思っているよりもずっと、この世のことわりに対して影響力があるものだってことよ。

 天津甕星という神格は、我が主の無数の力の中でも、最も大きなものの一つを司っているから』

「・・・俺でも理解できるようなものですか?

 その『力』っていうのは」

『・・・・・・』


こちらに視線を向けたまま、ゴモリーはその指先をあてどなく本の谷間へと這い回らせる。


『・・・星の力』

「!」

『あなたも何度か目の当たりにしたでしょ?

 美佳さんの、「星」を視る力を』

「・・・」

『星は古来より、人々にとって希望と導きの力の象徴・・・

 すなわち、指導者の力だった。

 我が主も、明星に象徴される導きの力を持っている。

 だけどその力の本質ははるか昔に飛散し、この国へ堕ち、星神・天津甕星アマツミカボシとして封じられてしまった』

「だから・・・悪魔とこの国の神様とで、アマツミカボシの『所有権』を巡って争っている・・・か」

『そういうこと。

 ・・・天津神々はね、甕星ミカボシ神が恐ろしいのよ。

 星というのは希望の象徴であると同時に、天にあらがう反逆の象徴でもあるから。

 美佳さんの中に在る「反逆者」がどんな形で目覚めてしまうか、戦々恐々としているの』

「反逆者・・・。

 ・・・美佳が・・・」

『彼らから見たら、わたしたちデーモンのしていることは

 わざわざ遠い地から蜂の巣をつつきにきているようなものでしょうね。

 ・・・「ヤブヘビ」っていうんだっけ?この国では』

「自分で言ってりゃ世話ないですよ」


・・・『油揚げをかっさらわれる』って慣用句はナチュラルに使ってたくせに。

なんで今さら微妙に異邦人ぶるんだこの人。

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