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79 二〇一六年 二月十九日
二〇一六年、二月十九日。
あれから時が経ち、僕の周囲も多少の変化があった。
けっきょく、『騒音の怪物』は編集の方がごたついてしまったので、なしになってしまった。あれだけ力説してたのにと、少し悲しかったが仕方がない。
ものごとは何でもうまく行くとは限らないのだ。
鏡を見る。
シャワーを浴びたあと、脱衣所にある鏡を見た。……しまった、湯気でこっちまで湿ってしまったのか。全然姿が見えない。手でふいてみるが……んぅ、ダメだ。やはり、何も見えない。
僕はあれからも小説を書いている。
一度、両親が来たことあるが、僕はそれでも黙々と小説を書いていた。両親は悲しそうに泣いていたが、仕方ない。僕は小説を書くのに忙しいのだ。
僕の自室にはあの日からずっと消えない幻がある。
白い封筒だ。
何故か、これがずっと机の上にあって消えないのだ。困ったことだ。
こんなものよりも、僕は残したいものがあるというのにだ。
それは、僕がようやく書けた小説――僕が、僕が書いた小説と認められる『騒音の怪物』。
そして、野上冴子のことを記した『僕は2000年を振り返ろうと思う』。
この小説をどうしても後世に残したい。
それなのに、手段がない。
これまで使っていた方法がもう使えなくなってしまったのだ。どうしよう――と、一瞬だけ悩んだが、よく考えたら手紙でこの館の設備はしばらくそのままにしておいてくれ、と伝えてあった。
なら、問題ないじゃないか。
インターネットに二つの小説を投稿すればいい。『騒音の怪物』は、丁度この時期に大手出版社が小説投稿サイトを開くらしい。
名前は、カクヨム。
おおっ、コンテストまでするそうじゃないか。運が味方してると、僕はこれに飛びついた。
紫剣吾という名はもう使えないから、名前を変えよう。そうだな、とネットを探していると、ある人物を偶然発見した。
彼には行動力があり、そのおかげで見識はある方だが、いかんせん気合いが入りすぎてそれが空回りしてる節があった。彼の名前は
多少の罪悪感があるものの、僕は彼の名前で投稿することにした。
ついでだから、はてなブログも使わせてもらおう。
多少なりとも、偽名だとしても存在してる実感がないとやりにくいだろ。
その代わり、印税が入ったら彼の両親の口座にでも振り込んでもらうことにするよ。
ごめんね、蒼ノ下雷太郎。
その代わり、最後だけはありのままを語ることにするよ。
ただ、小説の中では僕はあくまで小説の登場人物として描かれるから、真相をみんなが信じることはないだろうけどね。
そう、これは小説だ。
事実なんて一つも入ってるはずがない。全てが夢まぼろし。ゆめ幻だ。虚実入り交じって何が何だか分からない世界なのさ。
館のトビラを開けると、玄関の前には花束が置いてあった。
もう、随分前に置かれたもので枯れてしぼんでいる。
――鳴いていた。
今日も、庭で騒音の怪物が鳴いている。
「……おはよう」
そして、さようなら。
「もう、僕はここで生きていくことにするよ」
トビラを閉めた。
だって、僕にクチはなしって言うんだろ?
(了)
騒音の怪物 蒼ノ下雷太郎 @aonoshita1225
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