30 雪山で一人になって全裸になる男
扉を開けると、大きめの空間に出る。
小ステージのように段差の上に置かれたレコードプレイヤーとスピーカー。天井ではプロペラがゆっくり回っている。床は木目調。歩くと、靴と音の喧嘩をする。部屋の奥の壁には二つの窓があり、開けると蒸し暑い風が侵入してきた。慌てて窓を閉め、机の上に置いてあるリモコンでエアコンを起動する。
蒸していた空間に冷気が入る。窓の近くには大きめの机があり、その上に私のノートパソコンが置いてある。机の表面には傷がない。まだ買ったばかりの新品だ。先生が、私のために買ってくれた。机の脇にはコーヒーメイカーがあり、ボタンを押してコーヒーを作った。マグカップに注ぐと、今はまだ熱すぎるのでちょっとだけ口に付けて机の上に置く。机の棚からチョコレートを出して、囓る。私は小説を書くときに、かならずチョコレートを食べる。脳のためだ。食べるのはいつも『カカオ八〇%』と書かれているもの。それくらいないと、脳には効かないらしい。
ノートパソコンを起動し、執筆を始めた。気が乗らないと、執筆をするのに時間が掛かる小説家が多数いるらしいが、私にはそれがない。スイッチを入れるかのように、すぐに執筆に取り掛かれる。それはまるで、地球の物理学を根底からひっくり返したかのようだ。初速も加速もなく、最初から私は全速力で駆け抜ける。指は止まることなく踊る。私は建築家のように設計図となるプロットは立てない。必要ない。そんなものは打ちながら、頭が勝手に考えてくれる。私は映像となって小説の物語を脳内に思い浮かべられる。私の脳は映像を受信し、それを文章にコンパイルするために指は八本を駆使して文字を打つ。
打つ。打つ。打つ。
ひたすら打つ。
文字という文字が液晶の中に映り、次から次へと文字を進め、改行し、二時間もすれば一つの短編が出来上がる。と言っても原稿用紙で三十枚程度のものだ。しかし、それでも作品は一つ完成する。この作品では、三十路の終わりを迎える女が孤独のクリスマスを過ごしていた。私はまだ二十代前半なのに、そんな役柄の女を演じて書く。脳は勝手に演じてくれる。小説家は言うなれば脳内の役者だ。妄想の舞台上に立つ孤独な俳優だ。勝手に脚本を書き、脚本の中で台詞を吐いて何にでもなる。何にでもなる。男でも女でも、老人でも若者で、殺し屋でも聖母でも、何でもなる。
「だからこそ、小説家は人生で体験した全ての経験を生かせるのだよ。漫画家は映像化されたことで、ある種の縛りを食らう。しかし、小説家は文字しかない故に不自由だが自由を得た。私達が地面を与えられ空を飛べない代わりに大地を歩けたのと同じだ。どんな経験でも生かせる。若い頃に失恋したなら、失恋の話を、恋が実らなくて何があったのか。何を考えたのか。何をしたのか。書ける。経験を生かせる。漫画家は絵がなくてはならない。しかし、小説家は文字だけだから、自由な絵を描ける」
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