25 雪山で一人になって全裸になる男

 私は毎朝六時に起きる。前の夜に、彼が私を求めなければいつもこの時間に起きられる。目覚まし時計を用意する必要もない。私の中にある時計が勝手に私を起こしてくれる。冬だと、この時間はまだ夜中で、夏だとこの時間は日が出ている。

 小鳥は鳴き、陽射しは薄暗い早朝を照らしていた。微かに閉じた私の目蓋は寝ぼけた頭で、どうにか朝を確認する。シーツを体から剥がし、成長した赤ん坊の頃の姿を部屋の中に晒す。私がベッドに入るときは、いつも服を着ない。彼が求める求めない関係ない。私はいつも、この裸の姿で寝ている。でなければ、寝られない。鏡を見ると、女の裸体が映る。自分の体に『美しい』とは言えないが、標準以上の女ではあると思う。私の小さな手じゃ掴みきれない乳房、引き締まった腰、柔らかくまん丸なお尻、つい鏡の前で長い黒髪を整える。どうせ、意味のない行為だと知りながら。

 寝ているときに浴びた汗が気になり、まず風呂場に向かうことにした。ここは先生の館だが、特に恥じらいを感じる必要はないだろう。バスタオルを一枚、体に巻いて部屋を出た。その足で風呂場に向かおうとする。

 その前に、私の足は先生の部屋へと向かった。先生の朝はいつも遅い。私を抱く抱かない関係なく、私よりも大分後に起きる。先生が起きるのは、九時からだ。

 先生の部屋のドアを開け、先生の寝顔を覗き見る。

 死人のように静かだ。

 目蓋は刺繍されたかのように閉じ、開く気配がない。心臓は本当に動いてるのだろうか。寝ている先生の姿は、生きている私たちとは違う世界にいるようだ。

 目を凝らして、ずっと見つめる。

「ああ、もう朝か」

 先生は起きた。

 私が瞬きをした間にでも起きたかのように、突然起きた。私はずっと瞬きさえもしないで見つめていたはずなのに、先生は突然起きてしまう。目蓋が閉じてる間に、ある程度意識が覚めたのかもしれない。ともかく、先生は半身を難なく起こし、そして足を床に置いて立ち上がった。寝ぼけなど、私たちとは違い、この人には存在しないのか。機械のように直角な起き方だ。

「え、あ、すいません、先生。起こしてしまって何ですけど、ちょっとお顔を拝見したかっただけと言いますか――ちょっと寄っただけで、まだ朝食の支度も出来ておりませんので」

「何だ。そうだったのか」

 一瞬の怒りもなく、彼はまた寝床に就いた。何の迷いもなかった。

 左右に分かれた道があり、左が岩で塞がれてるから右に行くような。そんな当たり前さ。何々がダメでダメなら仕方がない。と、どうしてこうもこの人は人間的じゃないのだろう。機械的だ。この人は、小説を邪魔するものが人間だったとしたら、ためらいもなく殺すのではないか。

「………」

 きっと、私も殺せるのではないか。

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