045 [Tuning/Turning] into fire


 一方で、オートマトンの戦いはそれに劣らず苛烈だった。


『くっそ……ちょこまか、ちょこまかとぉ!』


 粒子弾の雨霰を、イスカはまさしく柳に風、防ぐこともせずただ走る動き一つで突破する。

 剛ではなく柔。

 しなやかな体の伸びが、不規則な足の運びが、その恐るべき見が、イスカの世界に走り抜けるべきルートを示し、あるいは生み出している。


 それこそが戦闘適応。見切り、揺さぶり、ペースを掴み、そして達人も及ばぬ技術でもって切り抜ける。


 ある距離に至って、イスカは飛んだ。

 十分に助走をつけた後の跳躍。流入した大気を圧縮して放射。

 射角の外から瞬きの間にイスカはセレネの背後に現れ、その槍を首筋に突き立てんとする。


 セレネは翼でイスカを振り払うが、素早く翻った槍先はセレネの背に傷を残した。

 ボディデータが喪失し、ナノマシンが描画すべきデータを見失い、七色の光となって散っていく。さながら血のように。


『やって……くれるわね!』


 地へ降りていくイスカへ粒子弾が放たれるが、空中をジェット噴射で渡る彼女に当たるはずもない。それどころかイスカは空中で跳ねて、再度セレネの首を狙ってきた。


『そう何度も食らうもんですか!』


 正面からの刺突を翼が受ける。イスカはその隙に翼を蹴って、素早く地上に足をつけた。

 圧縮空気の残量が心許ない。下手をして傷を負う訳にはいかなかった。


『……やはり、修二様の見立て通りですね』

『あぁ?』

『いえ。貴方は、夏希様に比べて与し易いと、それだけのことです』


 セレネの肩がびくんと跳ねたのを、イスカは見逃さなかった。


『元が電子娼婦とは思えない実力ですが、さて。私を阻めるほどではありませんね』

『……言ってくれるじゃない』


 ――夏希たちの弱点はセレネだ。

 ――とはいいますが修二様、セレネもはっきり言って格が違います。

 ――それでも、お前なら倒せる。どんな隠し玉があろうと。

 ――……お望みとあらば。

 ――ただ全体像は分かっても底が見えない。だからイスカ、あいつを煽れ。あいつら揃って「あったまりやすい」から、必ず乗ってくる。多分、セレネは――。


『後悔させてあげる。あっさり死んだら興ざめよぉ!』


 一直線に向かってくるセレネを見て、イスカは内心で感嘆していた。

 全て修二の目論見通りに話が進んでいる。


 ――多分本来は格闘型で、切り札として高威力の手持ち武器を隠してるはずだ。


(男子三日会わざれば刮目して見よ、とは言いますが)


 イスカはあくまで誘いに乗った体を崩さず、愚直に飛び込み正面から槍を繰り出す。

 セレネの体が回転し、右の翼が受け流すようにイスカの槍を弾き、こちらへ振りぬかれる左の翼の先に赤い光が灯る。


(一日見ぬだけで、貴方はこんなに変わりましたね)


 分かっている奇襲ほど与し易いものはない。

 イスカは脚部と肩部のブースターをあべこべに起動し、凄まじい回転と共に全身を九十度横へ倒す。

 鼻先数センチをかすめる赤い粒子刃を見送って、回転の勢いのままに下から上へ、槍を一閃。


 かち上げた翼の裏側、彼女の淫らな肢体のすぐそばまで潜り込む。


『こ、の!』


 だがセレネもまたさらに体を捻り、背面を見せる形で右の翼を槍目掛けて叩きつけた。イスカは潔くバックブーストで一歩引いて着地する。

 その翼の独特の形状、長方形の板を連ねたその形は、櫛で頭皮を引っ掻くように槍をすり抜けてイスカ自身を突き刺し得た。


『その程度で全力ですか。買いかぶっていたか、主の面汚しか』


 ところで。

 あまり吹聴したことはないが、イスカは煽るのも得意だ。


『貴方風に言えば……楽しめませんね?』


 冷淡に吐き捨て、こんこんと石突きで地を叩く。

 明らかな退屈の仕草。


『――っ!』


 イスカは、もしセレネに脳があったら、今頃血管の切れる音が聞こえていただろうなと感じた。


『絶対に! 許さないわよ!!』


 ついにセレネが、今までと違う動きを見せた。

 翼の一部分が開き、格納されていたものをセレネは無造作に掴みとった。


 それは複雑な意匠を施された、投擲用と思しきナイフ。

 両手に四つずつを構え、セレネは怒りのままに吼えた。


『懺悔なさい!』


 投げ放つ構えは決して不慣れなものではなく、複数の投擲も問題なくこなす様子。

 であれば投擲の機能しない距離に潜り込むのがやはり最善。


『――接続リンク開始スタート


 踏み出したイスカに対して、セレネはまず、横一直線を引くように二つのナイフを地に落とした。


掌握クリア。アセイミ、起動ラン


 突き出されたイスカの槍がセレネの眼前に迫り、セレネは笑ってそれを睨みつける。


『――『阻め』!』


 なにもないはずの空間がイスカの槍を押し返した。


 ことここに至ってイスカはそれを確認出来たことの重大さを噛み締めていた。

 間違いなく戦況をひっくり返すだけの力を持った、それは魔法だった。


 セレネはその向こう側で更にナイフを扇状に六つ投げ打つ。明後日の方向へも飛んで行ったナイフにイスカは脅威を感じ、大袈裟にも空中へ飛び上がって回避した。


『『燃え尽きろ』! 『灰へと還れ』――!』


 遅れて、ナイフの軌跡を追うように撒き散らされる粘性の液体――ポリスチレン濃化物五割、ベンゼン、ガソリン共に二割五分――が着火し、九百度前後のナパームの炎となってアスファルトを覆い尽くした。


 融点を遥かに超える灼熱がアスファルトを溶かす。大気が膨張して熱風となり、イスカの肌を舐めていく。

 ビルもアスファルトも、全てが溶解して崩れていく。


 紅蓮地獄の中、セレネは悠然と浮遊していた。


『――コンバットハッキング』

『ご明察』


 その手に新たなナイフを呼び出して、セレネは渦巻く炎の中で笑った。


 それは、ごくごく限られた才能。

 電子戦闘と構造体の改竄――それを両立する、稀有な能力。


『……驚きました。まさか電子サイバー娼婦プロスティテュートが、電子魔術を扱うとは』

『疑うようなことじゃないわ? あくまでこれは知的活動。貴方みたいな脳筋と違って、私はそっちを鍛えただけよ』


 必死にね。そうセレネは笑ってナイフを構える。


 イスカはビルの壁面に槍を突き立て、そこに足をかけた。戦場は焼け爛れ、あれでは歩行も不可能だろう。

 中央の立体交差点はナパームで溶け落ち、骨組みが僅かに残るのみの窪地となった。

 どうにか範囲を免れた修二を遠目に見て、セレネの狙いは決してイスカだけではなかったと悟る。


儀礼短剣アセイミはまだまだあるわ――さぁ、サバトを始めましょう!』


 セレネとイスカは同時に飛び立ち、空中で幾度か矛を交わした。電磁加速砲EMCの弾となったナイフ。それを捌くイスカの槍先。研磨剤を混ぜられた水によるウォーターカッター。

 粒子弾の礫を縫うように、手を変え品を変え放たれる凶悪な威力の技の数々を、イスカは冷静に見極める。

 その底を。セレネのウィザードとしての質を。


『なるほど、強い』

『そりゃあ、夏希に見捨てられないくらいには、ねっ!』


 ナパームのような大技は控えている。それ一つ一つは決して派手ではない、単純な原理のCCHばかりだ。

 単純で効果的な、発動の早いものだけを選りすぐって習得した、という様子。

 恐らく時間を与えれば、また大技を使うのだろうが――その本質は明らかに、格闘を交えた中近距離戦闘を志向している。


 やはり侮れぬ女だ。天使と見紛う姿と裏腹に彼女は魔女に属するもので、なるほど今となってみれば、その振る舞いは魔的とも言える。

 夏希の隣に立つだけはあるのだ。


 物理法則に従いながらではあるものの、これほどの破壊をナイフを投げる動作だけで生み出すというのはかなり優秀な部類。

 イスカの知る――戦時中のコンバットハッキングとは、どちらかと言えばライラウスに似た物理法則を無視して放つ大掛かりな範囲攻撃が基本で、彼女のような、コンパクトな攻撃はあまり覚えがない。


 炎の終端、交差点上で翼と槍をぶつけあい、二人は弾かれたように距離をとった。

 互いの主の隣へと降り立ち、イスカは槍を、セレネはナイフを構え直す。

 熱風が渦を巻いてうねりとなり、その余波が互いに吹き付ける。


 仕切り直し――その言葉が四人の脳裏をよぎる頃、炎は少しずつ鎮静を始めた。

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